後宮の歌姫は声を隠す―特殊な目を持つ歌姫が、後宮で2人の皇子と出会って、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る―【中華×サスペンス】



 翠蓮は宮廷から少し離れた観光名所に来ていた。

太凱(タオガイ)、ちょっと……まっ……」
 人波にのまれ、はぐれるのは一瞬だった。太凱は気づいていないのか、先へ歩いて行ってしまった。

 追いかけるのは難しそうだ。仕方なく翠蓮は端に避難し、周りを見渡す。

「ここどこだろう……」
 今日は太凱と、明鈴(メイリン)の誕生日プレゼントを探しに来ていた。こんな混み入った所で、太凱にもう一度会えるだろうか。

「任せきりだったからなぁ……」

 肩を落とし、前の店に目をやると楽器店だった。音楽に関わる者の性なのか、翠蓮は吸い寄せられるように中に入った。表の賑やかさが嘘のように静かだ。


「わ……これ素敵……」
 楽器を小さく模倣したものに、紐が通してある。二胡(にこ)のキーホルダーが目に入ると、ふと蒼瑛のことを思い出す。


 土産はいらないと寂しそうに言った顔。外出してみたいと言った時のすねるような声。そして――


 近距離に迫った蒼瑛の顔を思い出して、ぶんぶんと頭を振った。

 翠蓮は手に取ったキーホルダーを、指でなぞる。
「うん、これにしよう。蒼瑛さま二胡を弾かれるって言ってたし」


 購入して店を出ようとしたところで、入りがけの人とぶつかってしまった。男性は、よろけた翠蓮に手を差し出した。

「失礼、大丈夫ですか?」

(この声――)
 聞き間違えるはずはない。だけど、こんなところにいるはずがない。


「翠蓮?」

「蒼瑛……さま?」

 やっぱり蒼瑛だった。しかし、宮廷で見る彼と様子が違う。変装しているようだ。
 声を聞かなければ、彼だと気が付かなかったかもしれない。
 蒼瑛はしーっと言い、人さし指を口の前に立てた。注意深く周りを見る。

「すまないが……呼び捨てしてもらえないか?」

(えぇ!? 呼び捨て……)


「なぜここにいらっしゃるのですか……?」
 とりあえず名前を呼ばずに話しかけてみる。
 蒼瑛は困った顔をして、一層声を落とした。


「町の音楽団を視察していたんだ。
敬語もなしで……友人だと思って話してくれ」

(えぇ……無理だよそんなの……)

 翠蓮が戸惑っていると、変装した陳偉が入ってきた。


「おぉ、蒼瑛。勝手に離れてはならぬと言っただろう」

「あ、叔父さんすみません」


 あまりのことに翠蓮は目をパチパチさせる。あの陳偉が、思いっきりタメ口で蒼瑛にしゃべっている。
 蒼瑛は翠蓮に向き直ると、眉を下げる。

「な、そんな訳だから……今日だけと思って……」


「わ、わかっ……た……」
 気圧されつつもひとまず頷く。そしてあることに気づき、ハッとする。

「私、太凱を探さなくちゃ……」

 その名前に蒼瑛がぴくりと反応する。


「太凱がどうした?」

「それが、はぐれてしま……はぐれちゃって」

「そういうことなら一緒に探す」

「そうですな、人手は多いほうが良い!」
 陳偉はウキウキしながら出ていってしまった。


「…………」

 二人の間に沈黙が流れる。
 その時。

ぐぅ~
 
 (わー……なんでこんな時に!?)
 真っ赤になってうつむく翠蓮に、蒼瑛は吹き出した。

「……()も昼はまだなんだ。気にしなくていい」

(俺……そっか。本当にお忍びなんだ)

「一緒に何か……と言いたいが、太凱が見つからないことにはな」
 蒼瑛は翠蓮に手を差し出した。

「さぁ、行こう」

 
 翠蓮は差し出された蒼瑛の手をじっと見る。おずおずと触れると、胸に熱いものが込み上げる。

(手、大きいな……。ううん、手だけじゃなくて……)
 線が細く見えるが、意外としっかりした首や肩に目が行く。
 なぜこんなにどきどきしてしまうのか。なんだか、邪なことを考えてしまった気がして、思わず視線を伏せる。


 外の混雑は相変わらずだ。
 蒼瑛は目を細め、遠くの雑踏を見ている。

「さて、どこから探すか」

「すみません。付き合わせてしまって……」

「いや、翠蓮と一緒にいられるのだから、太凱に感謝かな」

 さらっと人を喜ばせるようなことをいう蒼瑛を少し恨めしく思う。蒼瑛は、隙さえあれば女性に囲まれているが、いつも丁寧に対応しているところ。きっと慣れているのだろう。


(そう。だから蒼瑛さまの言葉に他意はないんだって……一々反応しちゃ駄目)
 自分にだけ優しいなんて勘違いしては、後で憂き目を見ることになる。今は太凱を探すことに集中しなければいけない。


「さっきは、ちょうどここを歩いていて……」
 言いながら振り返ると、蒼瑛は周りの屋台に気を取られていた。

「すごい活気だな。色んなものがあるし、色彩も多い」

「そう……だね」
(来たことないのかな? ないよね、きっと)


「なにか気になるもの……ある?」
 タメ口に慣れずにいちいちつっかかってしまう。


「全部食べたいな」

 その返事に、翠蓮は「子どもみたいだな」と思った。彼は大真面目に言っているようで、真剣に屋台を眺めている。


「ふふっ……小籠包、串焼き、揚げパン、飴……他にもいっぱいありますよ」
 にこっと笑いかけると、蒼瑛はぴたりと固まった。翠蓮は首をかしげる。

「どうかしましたか?」

「翠蓮……」

 蒼瑛が何か言いかけた時、


「蒼瑛~!!」
 陳偉が大急ぎで走ってやってくる。それを見た蒼瑛は、たじろぎながら返事をする。


「な…なんですか叔父さん」

「太凱殿が見つかったぞ! 従者が送り届けるから心配はいらない」

(見つかってよかった)
 翠蓮は胸をなでおろす。


「探していただいて、ありがとうございます。では私達も……」
 帰ろうと言いかける翠蓮に、陳偉はにんまり微笑む。陳偉は、不思議そうな顔をする二人の腕を引いた。