昼下がり。蒼瑛が書斎でいつものように、山と積まれた書類に目を通していると、陳偉がやってきた。
「衣装の件で捕らえられた犯人は、紫雲の名を出していました。彼女にけしかけられたと」
紫雲――後宮出身の楽府の歌人だ。
蒼瑛は言う。
「けしかけたとは? 指示された訳では無いのだろう?」
「はい、なんでも翠蓮殿が孤児だと言う噂を流布していたようです。
紫雲は十代前半で、後宮の歌坊に入っています。しばらくはぱっとしなかったようですが、二年前から大きな役を与えられていますな」
蒼瑛は筆を止め、書類を横に置く。
「二年前に何かあったのか?」
「炎辰殿下と出会ったころでしょうな……」
「兄上と出会ってから、歌の才能が伸び始めたと?」
陳偉はもごもごと言う。
「紫雲殿は、炎辰殿下と関係がお有りなので」
「……兄上の想い人ということか?」
蒼瑛は驚いた顔で聞き返す。あの兄に、特別な人がいるとは知らなかった。
「いえ……炎辰殿下の "複数" いらっしゃるお相手の一人ということです」
蒼瑛は、その言葉を聞いて固まった。
「……そ、それは……規律違反ではないのか?」
皇子は女性関係も政治事の一つとみなされるため、本来は皇帝や皇后の許可なしに" そういったこと "は御法度のはずだった。
あまつさえ"複数"いるということに蒼瑛は衝撃を受けていた。
陳偉は歯切れ悪く答える。
「表向きはそうでございますが……皇帝陛下は黙認されています。」
皇帝自体が奔放で、皇子たちを縛りつけるタイプではない。おおよそ、成人した息子の女性関係に口出しなどしたくないというところか。
蒼瑛は、頭の中で炎辰の挑発を思い出す。
――翡翠の鳥はどんな声で
「いやいや……」
その続きは思い出さぬように頭を振る。ただの揺さぶりと思ったあの台詞だが、まさか、兄は本当に翠蓮を"そのような"対象として見ているのか。
蒼瑛は気分が悪くなってくる。
「そうか……。英雄色を好むと言うからな……」
どこへ向けていうでもなく、自分を納得させる。
蒼瑛は気を取り直し、改めて衣装破損の件に話を戻した。
「とにかく、指示したわけではないなら紫雲を罰することはできないな。
紫雲は厳重注意とするか」
「かしこまりました」
