翡翠の歌姫は後宮で声を隠す

 
中々合否を口にしない蒼瑛に、翠蓮は焦れる思いだった。

(もう、どちらでも良いから、早く答えて――)

 翠蓮が緊張に耐えきれず目を閉じた時、蒼瑛はやっと声を発した。

「……合格で問題ない」

 その言葉を受け、審査員は手元の書類を読み上げる。


「では翠蓮、明日二次試験を行いますね。今日は部屋を用意しますので宿泊を……」


 『合格』の評を聞き、先ほどまでの緊張が一気に解けていく。 翠蓮は思わず膝を折り、漆塗りの床にへなへなと座り込んだ。
 

「大丈夫か――」

 そう聞こえたと思ったら、甘い香りがして、翠蓮は蒼瑛に支えられていた。
 彼に触れられた指先が、雷が走ったように痺れる。
 
「――っ」
 胸を焦がすような懐かしい思いが、指先を通して強制的に身体に流れ込んでくる。 
 

「失礼! つい……」
 蒼瑛は手を離し顔を伏せた。
 わずかに頬が赤い。
 彼は軽い咳払いをし、口の上に髭を生やした男性に手を上げた。


陳偉(チンエイ)、一人では心配なので部屋まで付き添ってやってくれないか」

「承知いたしました。蒼瑛さま」


 翠蓮は、陳偉の後について、よろよろと試験の間を後にした。





 試験の間を出た翠蓮は、陳偉と共に広大な宮廷を歩いていた。
 朱塗りの柱や、木の透かし彫りが並ぶ廊下。

(……まさに豪華絢爛)

 故郷にいたら一生目にすることはなかったであろう煌びやかさに、翠蓮はキョロキョロ首を動かす。


 不意に目が止まる。

 廊下の突き当たりにある、人の背丈ほどもある大きな絵。引き寄せられる様に足を進める。


「これは……?」
 絵の中心には太陽が描かれている。
 その周りを囲うように、赤い龍と、青い龍が生き生きと描かれていた。


 陳偉が口を開く。

 「そちらは皇族の紋章ですよ。神話になぞらえているんです」


 それなら翠蓮も知っていた。

 二匹の龍の争いを“声”で鎮めた者がいて、龍は宝になった――
 そんな話だった。

 育ての父はこの話が大好きで、「音楽には特別な力があるんだぞ!」と何度も話していたっけ。父の最期を思い出し、翠蓮は胸が苦しくなった。


 陳偉は口の髭を撫でながら言う。

「歴史上も声を持つものは実在したとあります。私共は、楽府がその再来になることを願っております」


 翠蓮はふと、龍の目が鋭く光ったように見えた。

(えっ!?)
 慌ててもう一度絵を確かめるが、先程の光は失われていた。
 
「どうかされましたか?」

「いえ……」

 陳偉は心配そうにこちらを見ている。

(優しい……)
 この半年で大分前を向けるようになった。それでも、ずっと辛いことばかりだった翠蓮には、陳偉の優しさが身に沁みた。
 聞けば陳偉は、蒼瑛皇子の幼い頃から教育係として仕えているらしい。


「さぁ、お部屋はこちらでございます」

 翠蓮の視線の先には木の開き戸がある。陳偉に礼を言い、そっと扉に手をかける。

 一人部屋のはずなのに、中に人の気配を感じる。

(……誰かいる?)
 
 耳を澄ますと、かすかに布が擦れるような音がした。

 気のせいじゃない――