後宮の歌姫は声を隠す―特殊な目を持つ歌姫が、後宮で2人の皇子と出会って、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る―【中華×サスペンス】

 
 中々合否を口にしない蒼瑛に、翠蓮は焦れる思いだった。

(もう、どちらでも良いから、早く答えて――)

 翠蓮が緊張に耐えきれず目を閉じた時、蒼瑛はやっと声を発した。

「……合格で問題ない」

 その言葉を受け、審査員は手元の書類を読み上げる。


「では翠蓮、明日二次試験を行いますね。今日は部屋を用意しますので宿泊を……」


 『合格』の評を聞き、先ほどまでの緊張が一気に解けていく。 翠蓮は思わず膝を折り、漆塗りの床にへなへなと座り込んだ。
 

「大丈夫か――」

 そう聞こえたと思ったら、甘い香りがして、翠蓮は蒼瑛に支えられていた。
 彼に触れられた指先が、雷が走ったように痺れる。
 
「――っ」
 胸を焦がすような懐かしい思いが、指先を通して強制的に身体に流れ込んでくる。 
 

「失礼! つい……」
 蒼瑛は手を離し顔を伏せた。
 わずかに頬が赤い。
 彼は軽い咳払いをし、口の上に髭を生やした男性に手を上げた。


陳偉(チンエイ)、一人では心配なので部屋まで付き添ってやってくれないか」

「承知いたしました。蒼瑛さま」


 翠蓮は、陳偉の後について、よろよろと試験の間を後にした。


 ◇ ◆

 試験の間を出た翠蓮は、陳偉と共に広大な宮廷を歩いていた。
 朱塗りの柱や、木の透かし彫りが並ぶ廊下。

(……まさに豪華絢爛)

 故郷にいたら一生目にすることはなかったであろう煌びやかさに、翠蓮はキョロキョロ首を動かす。


 不意に目が止まる。

 廊下の突き当たりにある、人の背丈ほどもある大きな絵。引き寄せられる様に足を進める。


「これは……?」
 絵の中心には太陽が描かれている。
 その周りを囲うように、赤い龍と、青い龍が生き生きと描かれていた。


 陳偉が口を開く。

 「そちらは皇族の紋章ですよ。神話になぞらえているんです」


 それなら翠蓮も知っていた。

 二匹の龍の争いを“声”で鎮めた者がいて、龍は宝になった――
 そんな話だった。

 育ての父はこの話が大好きで、「音楽には特別な力があるんだぞ!」と何度も話していたっけ。父の最期を思い出し、翠蓮は胸が苦しくなった。


 陳偉は口の髭を撫でながら言う。

「歴史上も声を持つものは実在したとあります。私共は、楽府がその再来になることを願っております」


 翠蓮はふと、龍の目が鋭く光ったように見えた。

(えっ!?)
 慌ててもう一度絵を確かめるが、先程の光は失われていた。
 
「どうかされましたか?」

「いえ……」

 陳偉は心配そうにこちらを見ている。

(優しい……)
 この半年で大分前を向けるようになった。それでも、ずっと辛いことばかりだった翠蓮には、陳偉の優しさが身に沁みた。
 聞けば陳偉は、蒼瑛皇子の幼い頃から教育係として仕えているらしい。


「さぁ、お部屋はこちらでございます」

 翠蓮の視線の先には木の開き戸がある。陳偉に礼を言い、そっと扉に手をかける。

 一人部屋のはずなのに、中に人の気配を感じる。

(……誰かいる?)
 
 耳を澄ますと、かすかに布が擦れるような音がした。

 気のせいじゃない――