8日目のタイムマシン

プロローグ

Side 林未来 2018年 8月5日 日曜日 AM11:20


陽気な音楽が流れるリサイクルショップ。
【どこよりも高価買取】と書かれたポップが置かれた買取レジの前で、私の思考は停止していた。言葉が出てこない。そして、右手に少し痺れを感じていた。
前日にテレビで観た健康番組は脳の病気の特集回で、そのときの状況にいくつか項目が当てはまっていた。現在18歳。大学1年生。確か年齢は関係なかったと思う。
「お客様、お客様、あの、」
リサイクルショップの店員さんが心配そうに私に呼びかける。
「サーフボードのお買取価格は3600円になりますが、いかが致しましょうか?」
少しだけ冷静を取り戻せた私は、金縛りが解けたように思考が動き出す。
右手が痺れているのは、私の身長よりはるかに長い木の板を持ち歩いたためで、思考が止まり、言葉が出てこなかったのは、予想していた1/10にも満たない金額にショックを受けたからだった。私の後ろには他のお客さんが並び始めていた。

今日はバイトの給料日だった。
私は、3月から編集プロダクションで働いている。
大学卒業後は出版社で働きたいと思い、経験のために選んだバイト先だったが、仕事内容は主に雑用である。
それでも良かった。1番の目的は、教習所に通うためだったから。
金物屋を営む父が仕事の合間に祖母を病院に送り迎えしていたのを私が手伝うことが出来ればと考えた。
これまで学校終わりや休日、コツコツと貯めたバイト代金額約25万円。
今月のバイト代を合わせれば、教習所に通うための費用30万円が貯まるはずだった。
それなのに・・・・・・。
今から30分前、バイト先の社長から「申し訳ない。今月分の給料が払えそうにない。でも、リサイクルショップで売ったら20万円くらいになると思うから」とサーフボードを渡された。
会社を畳むらしい。家賃も滞納しているらしく、不穏な空気が漂っていた。
反論できる雰囲気ではなかった。
まさか1ヶ月分のバイト代6万5000円がサーフボード代3600円に変わるなんて。

「このロングボード、日本ではあまり知られていないですが、ビックサンダー社っていうアメリカの老舗メーカの、それも30年以上前の物で、下取りよりもオークションサイトで売った方が高値で取引が出来ると思いますよ。正直、僕も欲しいです」
とリサイクルショップの店員さんが言った。

「ちなみに、おいくらぐらいでしょうか?」
「んー何とも言えませんが、20万前後ですかね」
なるほど、社長は、嘘はついていないらしい。
ただ未来不確定の20万円じゃなくて、現実の現金6万5千円が欲しかった。

「あの6万5千円でいいんで、個人的に買い取って貰うことはできませんか?」
「すみません。従業員規則で個人的なやり取りは禁止されていまして」
「そ、そうですよね」
私は納得し、その場を後にする。
私は3メートルあるだろうサーフボードを持ち、出口に向かう。
今日これ電車に乗って帰れるのか。一抹の不安が頭をよぎる。
いや、それよりももっと重大なことがある。
私は今日、ずっと好きだった男の子に花火大会へ誘われていた。待ち合わせ場所に、何の前触れもなく、突然、サーフボードを持った女子が現れる恐怖。想像しただけでも気が滅入った。肩を落として店を出て、信号を渡りカフェの前で佇んでいると「すみません」と声を掛けられた。振り返るとその人は私にニッコリと微笑みかける。誰だろう。でも、どこかで会ったような気もする。