駅前のカラオケ店は、体育祭帰りのうちの生徒で賑わっていた。
体育祭が終わるより先に桐ノ宮の子たちが部屋を取ってくれていたおかげで、俺たちは店に着くと受付だけ済ませ、指定された部屋に直行した。
広めの個室で、長テーブルを挟んで、男子四人と女子四人が向かい合う形になった。
クラスの女子と違ってキャピキャピしたノリでないのは助かるが、初対面の女子たちとカラオケという初めての状況に緊張する。
俺たちは全員制服で、シャツにスラックス。
対して女子は、全員私服で、いかにもお嬢様学校らしい落ち着いた服装だった。
「じゃあ、とりあえず自己紹介から始める?」
仕切り役は、お調子者の井筒だ。
「じゃあ、私たちから」
井筒の前に座っていたショートボブの子が、にこやかな笑みを向けた。
「私たちみんな一年の同じクラスで、私は美鈴と言います。部活は吹奏楽部」
続いて、その隣の眼鏡をかけた優等生風の子。
「琴音です。文芸部所属」
その隣が、グラウンドで話をした気の強そうな吊り目の美人で、一番端が俺が電車で声をかけた子だった。吊り目美人がシバの前、電車の子が俺の前に座っている。
「朱里です」
「桜子です」
二人が名乗り、朱里さんが「私たちは二人とも帰宅部」と補足する。
桜子さんと一瞬目が合い、彼女が控えめにはにかんだ。グラウンドでも顔が真っ赤だったけど、今もその頬はほんのりと赤い。
女子高だし、男子と喋るだけで緊張するのかもな。
「じゃ、次、俺たちね。俺は翔太。サッカー部」
女子に倣って名前で自己紹介した井筒に、久我山も続く。
「蒼生です。草冠に倉の蒼と生命の生。バスケ部です」
「長谷川です。帰宅部」
久我山の丁寧な紹介のあと、ぼそりと呟かれた声に、俺は思わずバッと隣を見た。
ノリ悪っ!
っていうか、苗字? 名前? どっちなん?
一瞬混乱し、慌てて顔を前に戻す。
「お、小田です。名前は朔太郎だけど、長くて呼びにくいから小田って呼んで。俺もバスケ部」
……とりあえずこれでいいよな?
同意を求めて井筒と久我山を見たが、二人とも、シバに対し「ノリ悪っ!」と言いたげなうろんな顔をしている。
直後、桜子さん以外の女子三人が、示し合わせたように身を乗り出してきた。
「長谷川君って、合コンに来るってことは彼女いないの?」
「遊んでる相手くらいいるよね?」
「どんな子がタイプなんですか?」
シバは一瞬チラリと目の端で俺を見た。
中学の頃なら、いつもこんなとき、助けを求める視線を送られていた。でも、今の視線はそのときとは違っていて。
「俺ってそんな軽く見える? こう見えて、結構一途なんだけどなぁ」
困り顔で、頭を掻いてみせる。
女子三人がキュンとときめいたのが、表情からありありと伝わってきた。
一方で、井筒と久我山は、俺に向かってくわっと顔を険しくする。
言いたいことはわかる。「こいつをどうにかしろ!」とか、そういうことだろう。俺はシバの保護者じゃないんだが。
「あ……アハハハ。そうそう。こいつこう見えて、中学のときも彼女いなかったんだよ。とりあえず、飲み物頼もうか」
「私、オーダー取るね」
空気を読んだのか桜子さんも端末を手に取る。彼女のほんわかした雰囲気のおかげで、室内の温度差も緩和された感じだった。
やがて店員が飲み物を運んできて、全員に行き渡ったところで井筒の号令でグラスを合わせる。
「かんぱーい!」
最初の曲がかかり、それなりに盛り上がりはじめた。
「長谷川君も、何か歌ってよ」
甘えるような朱里さんの言葉に、「いや。俺オンチなんで」とシバがまた、にべもない返事を返す。
こいつ、ここに何しに来たんだ?
「嘘つけ」
俺はシバの肩をひっぱたいた。
「いてっ」
シバがわざとらしく肩を押さえて顔を顰める。
「こいつ、引くくらい歌上手いけど、みんな聴き入ってシンとするから、それが嫌なんだよ」
「やっぱり、サクは俺のことよくわかってんな」
「何年のつき合いだよ」
端末を操作しながら続ける。
「ティップオフの1期から入れてくから、お前も一緒に歌えよ」
「二人はいつから友達なの?」
ニコニコと柔和な笑みを浮かべ、桜子さんが尋ねた。
「小5のときにこいつが転校してきて、そっから」
中3でシバが転校していったことは、省いて説明した。
「えーそうなんだー。私と朱里も、幼稚舎から一緒なの」
「幼稚舎って幼稚園ってこと? それはすごいね」
「小学生の長谷川君って、どんな感じだった?」
シバのことに話題を戻したのは、朱里さんだ。よほどシバのことが気にかかるらしい。
「今よりすげー人見知りだった。バレンタインでチョコくれたクラスの女子に、『あまり知らない人から食べ物もらうのはちょっと』って突っ返して、泣かしてた」
「じゃ、小田君は?」
桜子さんの質問に、俺ではなくシバが先に答える。
「背伸ばすために休みの人の牛乳飲んで、毎回、腹壊して午後の授業中にトイレに行ってた」
「おい!」
眉を吊り上げ、目を見開く俺を見て、桜子さんがくすくすと笑う。
朱里さんが桜子さんの脇腹を肘でつつき、彼女は「あっ」と何かを思い出したような顔をした。
「あ、あの……。私、お菓子作りが趣味で……。もし迷惑じゃなかったら、お礼に作ってきてもいいですか?」
お礼と言うのは、痴漢されていたときに声をかけたことへのお礼だろう。
「え? いいの? めっちゃ嬉しいけど……。でも本当、気にしなくていいのに」
「私がお礼したいの。あのとき、声、少し震えてたから……。すごく勇気がいったと思って」
「バレてた? なんかカッコ悪っ」
俺が髪を掻いていると、朱里さんが何やら意味深な笑みを浮かべて口を挟んでくる。
「じゃ、連絡先交換しといたら?」
「そ、そうだね」
桜子さんがスマホを出した瞬間――。
「サクだけずるい。俺も桜子ちゃんのIDほしい」
シバがふざけて、俺の肩に寄りかかってきた。
――え? なに? お前、もしかして桜子さん狙い?
いやでも、あの先輩のことが好きなんじゃねーの?
自分から合コンに参加したいと言い出したわりに自己紹介ではやる気がなく、今になって急にスイッチが入ったシバの情緒不安定ぶりに俺は戸惑うばかりだ。
「じゃあ、ついでに私とも交換して!」
俺も桜子さんも咄嗟に反応できず、一瞬微妙な空気になったが、朱里さんの弾んだ声に助けられた。四人でIDを交換していると、朱里さんの隣にいた琴音さんが、くいくいと彼女の袖を引いた。
振り向いた朱里さんに、何やら視線で合図を送っている。
「私たち、ちょっとお手洗いに行ってきます」
琴音さんが朱里さんの腕を引っ張る形で強引に立ち上がらせ、桜子さんも後に続き、四人は部屋を出て行った。

