6時にサイカイ橋で。





 体育館に射しこむ陽が、橙色から茜色へと変わり始める。
 7月が目前に迫り、梅雨の晴れ間となった今日は、暑い上に湿気もあり、ねっとりとした重い空気が汗ばんだ肌にまとわりつくようだった。
 ピーっという笛の音で、ボールを床に打つ音が一斉に静まった。

「集合ー」

 ステージに座った顧問教師の号令で、部員たちがボールを手に集まって来る。

「明日からは試験前で部活も休みになる。昼休みの体育館使用も禁止されるから、ちゃんと勉強に集中するように」

 体育が専門の内山田先生が念を押すように俺を一瞥したのは、俺が毎日昼休みにシュート練習していることを知っているからだろう。

「では、今日の練習を終了します」

 新キャプテンとなった2年の先輩の言葉を合図に、俺たちは声を揃え、先生に向かって頭を下げる。

「ありがとうございましたー!」

 続いて回れ右をし、体育館のフロアにも同様に挨拶し、今日の練習が終了した。

 体育祭が終わったと思ったらインターハイ予選が始まり、うちの学校は公立にしては健闘し、都予選のベスト8で敗退した。3年生は引退し、今は2年生中心のチームになっている。

 フロアのモップがけをしモップを片して部室に向かっていると、久我山が話しかけてきた。

「小田。お前、長谷川と同中だったんだろ?」
「元、同中な。あいつ、三年の夏に転校したから」
「でも、今も仲いいんだろ?」
「まあ……、腐れ縁ってやつ?」
「あいつがバスケ部入らない理由って知ってる?」

 思わず足が止まった。

「汗臭いのは中学まででいいって言ってたけど……。もしかしたら、家が遠いのもあるのかな」

 再会した当初は、外見もチャラくなっているシバを見て、バスケより遊ぶことを選んだのかと思った。でも、「汗臭いのは中学まででいい」と言いながら、未だに昼休みは汗だくになって俺のシュート練習に付き合ってくれるし、腹筋はバキバキで体を鍛えている節もある。

「千葉から通ってるんだっけ? でも、千葉なら、部活できない距離じゃないだろ?」
「バスと電車乗り継いで1時間以上かかるって言ってたから、かなりキツい距離ではあるけどな……」

 遅刻を見逃してもらえるのも、それが理由かと思っていた。

「確かにキツいけど……。うちは朝練があるわけじゃないし……、どうしても無理なんかなぁ。中体連の優秀選手が帰宅部なんて、もったいなさすぎるだろ」
「まぁ、そうだけど。急にどうした?」
 
 久我山やシバと一緒に合コンに行ったのは、体育祭の日だ。あれから一カ月が経つ。それ以降も昼のシュート練習のあと、シバが俺を送ってきたときに井筒や久我山も交えて雑談していくこともあったのに。なぜ今ごろになってシバの勧誘を仄めかすのか。

「長谷川のこと、名前だけは知ってたけどあんまりいい噂聞かなかったから。最初はちょっと苦手だったんだよな。でも、話してみたら普通に真面目だし。昼休みに練習に付き合ってくれてるってことは、バスケを嫌いになったわけじゃないのかもと思って……」

 久我山が視線で促し、並んで歩きだす。

「俺も……ずっと気になってたし、もう一度だけ誘ってみようかな……」

 そう答えながら、胸の奥に刺さっていた小さな棘がチクっと痛んだ気がした。
 思い出したのは、あの先輩の言葉だ。

『あいつのこと何にも知らないくせに、バスケの練習につき合わせるなんて、よくそんな残酷なことができるね』

 でも、先輩は『知久の全てを知る覚悟がないなら、これ以上あいつに関わらないで』とも言っていた。それは裏を返せば、知る覚悟があるのなら、これからもあいつと関わってよいということだろう。

 ……覚悟って……なんだよ……。

 蒸し風呂だった体育館から出ると、雨の気配を纏った夜風が、ぬるいながらも心地よくもあった。

 試験が目前。そしてそれが終われば夏休み。
 約束を果たせなかったあの季節が、また巡って来る。