6時にサイカイ橋で。



 合コンは、その後は大きな波乱もなく終わった。
 カラオケ店を出ると空はすでに薄暗かったが、駅の入口から漏れる光で辺りは明るかった。

「じゃ、連絡待ってるー!」

 手を振って駅の改札へと向かう女子たちを、手を振り返して見送る。

「意外と時間経ってたな」

 スマホを見ると、6時半だった。

「なんだかんだ言って楽しかったな」

 最初は楽しんでいるのかどうか微妙だったシバも、珍しく女子とID交換もしてたし、曲を入れて無理やりマイクを渡せばちゃんと歌っていたので、場が白けるようなこともなかった。

「お前、誰狙い?」

 久我山が井筒に尋ねる。

「俺は美鈴ちゃん」
「マジ? 俺、琴音ちゃん」

 二人はがっつりと握手を交わした。

「そういうことで、よろ」

 俺ではなく、シバに向かって指二本で敬礼し、喋りながら二人が改札に消えていく。

「よろ? ってなんだ?」

 よくわからなかった俺は、シバを見上げた。

「その二人には手を出すなってことだろ」
「なるほど」
「お前は? 桜子ちゃんとつき合うのか?」
「はあ? まともに喋ったの今日が二回目なのに、なんでいきなりそうなるんだよ!?」

 痴漢されていたときも、喋るには喋ったが、向こうはかなり動揺していたし、「はい」と「ありがとうございます」くらいしか声を聞いた覚えがない。

「向こうは明らかに気があるだろ。今度手作りお菓子持ってくるって言ってるし」
「いや、それはだから、単にお礼だって。今までお前が隣にいて、俺のこと好きになる女子がいたか?」
「それは……」

 シバが言い淀む。
 否定されないのも腹立つんだが。

「お前こそ、朱里ちゃんに狙われてるだろ。告白されたらつき合うのか?」
「まともに喋ったの、今日が初めてだぞ?」

 シバが俺の口真似をして、ニヤッと笑う。

「じゃあ、初めてじゃなくなったら、付き合うのか?」

 普段、俺がこの手の話題でここまで深入りすることはないからか、シバは軽く瞠目した。

「『会いたい人』には、告白するつもりはないんだろ? じゃあ、もし、他の誰かが本気でお前のこと好きになったら、付き合うのか?」

 自分でも、自分が何のためにこんなことを聞いているのかわからない。
 たぶん俺は、シバとあの正宗と呼ばれる先輩に、上手くいってほしくないのだろう。シバの傍に俺じゃない誰かがいるとしたら、それはシバにふさわしい、美人で優しい女子がいい。
 でも、そんなふうに思ってしまう自分を、シバに知られたくはなかった。

 気圧されていた表情が、ふっと苦笑にほどける。
 
「俺、こう見えて意外と一途だから」

 真剣な眼差しに居心地の悪さを覚え、俺のほうから視線を逸らせた。
 目を泳がせ、他の話題を探す。

「……えっと……遅くなったから、今日はうちに泊まらないか? シャツも洗って干しておけば、明日返せるし」
「今日は遠慮しとく。ばぁちゃん、もう飯作ってるだろうし」
「そ、そうだよな。急には無理だよな。シャツは週明けでもいいか?」
「洗わずに、そのままでいいよ」
「ちゃんと洗うに決まってんだろ!」

 ようやく調子を取り戻してツッコミを入れ、改札に向かって連れ立って歩き出した。

「俺、こっちだから」

 改札を抜け、ホームに上がる階段の手前でシバが足を止める。
 俺とは逆方向で、線路を挟んで向かいのホームだった。

 そう言えば、今までずっと夕方は部活があったから、シバと駅で一緒になるのはこれが初めてだと気が付いた。
 子供の頃、学校からそれぞれの家への帰り道はサイカイ橋を渡ったところで左右に分かれていて、家に誘わない限り、橋を渡り終えればお別れだったことを思い出した。
 今は駅の改札が、俺たちのサイカイ橋だった。

 階段を昇っていくシバの後ろ姿に、橋のたもとで別れて、ふと振り返ったときの、どこか寂しそうなあいつの後ろ姿が重なって見えた。

「シバ!」

 思わずその後ろ姿に呼びかけていた。
 シバが怪訝そうに振り返り、特に用もなかったから、俺のほうが焦った。

「あ……げ、月曜日! 学校来るよな?」
「振り替えはないんだろ? 来るよ?」
「そ、そうだったな……。じゃ、月曜に、また」

 手を振り、俺も自分のホームへと向かった。

 なぜ、シバを呼び止めてしまったのか。
 あいつがまた、このままいなくなるんじゃないか――そんな不安に駆られたからだった。