桜の散らない街で 僕は君の夢を見る

第1章



「ヒロト。お前、コーヒーは好きか?」
 放課後。ホームルームが終ると同時に、真っ先に教室を出ようとした俺を、聞き慣れた陽気な声が呼び止める。
 鞄を肩掛けしながら振り返ると、坊主頭の光幸が、怪しげに笑みを浮かべていた。
「……まあ、好きかな」
「じゃあ、試してみるか」
 光幸は、何かをかき混ぜる仕草をしながら、えへん、と鼻を鳴らす。
「調合に成功したんだ。粉のスポーツドリンクと、インスタントコーヒーの融合。試しに部のみんなに少しずつ飲んでもらったが、軒並み不評だ。でも、無類のコーヒー好きのお前の口になら、きっと合うと思っている」
 俺は知っている。
光幸という、俺にとっての唯一の友人は――たしかにいつもふざけているが、食べ物で遊んだりするほど非常識ではない。それどころか、自分が喘息を患って走れなくなった分、マネージャーになってみんなを支えたいという、誰より熱くていいやつだってこと。
 そして、一年近くも陸上競技から離れている俺に。こうやって色々と妙な口実を作って、部活に顔を出せるように計らってくれている。
でも、それでも。俺の答えは――いつだって同じだ。
「悪いが……やめとくよ」
 すると、光幸が力なく笑う。
「……そっか」
 分かっているとはいえ、胸の奥がズキズキと痛む。
 俺は呆れていた。もちろん、声を掛けてくれた光幸ではなく、自分に対してだ。
 光幸は俺に気を遣ってか、大げさなくらい明るく振舞いながら、俺の肩を叩く。
「そ、そうだよなー! でも……みんな寂しがってるぞ。後輩たちも、お前に会えるのを楽しみにしてるし」
 楽しみに……か。
 正直、今の俺にとってその言葉は心に重くのしかかった。
 もう、一年前の俺はどこにもいない。ここにいるのは、もう一度立ち上がる気力も、勇気も失ってしまった、ただの弱い人間だ。
「ごめんな」
 その言葉を残して、振り返ることもなく。早足で廊下を歩き、階段を下りていく。
「いつでも待ってるからな!」
光幸はひとことだけ、俺の背中に優しく投げかけて。追いかけては来なかった。

 校門を潜り抜け、グ ラウンド脇の金網の前を歩きながら、まだ誰もいないグラウンドを見つめる。もうあと十分もすれば、ここは野球部、バレー部、サッカー部、そして陸上部が陣地を分け合う。
 校舎の向かい側。グラウンドの端の、白線でレーンが引かれているあたりに、用具倉庫がある。その周辺は、陸上部がアップをするスペースだ。
 一年前までの俺は――部活が始まると、いつもあそこに座って入念にストレッチをしてから、倉庫にしまってあるハードルを運び出して練習していた。
 今も――あそこにいた頃の自分の感覚が、頭と体に沁みついている。
 集中力を高めながら、スターティングブロックに足を合わせる。目の前には、高さ1.067メートルの、十台の壁が聳え立つ。
 両足でブロックを蹴り、前傾姿勢で飛び出すと、徐々に体を起こしながら――最初のハードルまで、八歩。ハードルとハードルの間は三歩ずつ。テンポよく、なるべく無駄がないフォームで、ギリギリの高さでハードルを飛び越えながら。一秒、0,一秒でも速く、110メートルのトラックを駆け抜ける。
 時間にしておよそ十三秒の闘いを、何度も何度も繰り返した。
 俺は、負けるのが嫌いだった。だから、誰よりも練習して、誰よりも努力して。誰よりも、ハードルという競技に真剣に向き合ってきた。
 でも――今の俺は、あの場所から遠い場所にいる。
 金網の向こう側――目の前に見えるあのトラックに、俺はもう戻れない。
 なぜなら、たったひとつのミスで――全てが台無しになったからだ。
 あの瞬間から、約一年。とっくに傷は癒え、痛みはなくなったのに。
 思い出せば――俺は幼い頃から、かけっこでは負けたことがなかった。
 幼稚園でも、学校の運動会でももちろんぶっちぎりの一位。先生に勧められて、小学校五年から地元のクラブで陸上を始めた。
 そこで初めて俺は、違う学校にはもっと早い奴がいることを知った。県大会の百メートル走の決勝に残れず、悔しくてその夜ひとりで泣いたのを覚えている。
 中学生になっても、初めはタイムがなかなか伸びず。夏ごろになって、試しにハードルを跳んでみると、先生に「センスがある。練習をすればもっと伸びる」と褒められた。
 それをきっかけにハードルに転向した俺は、すぐに性に合っていると感じた。技術が必要なハードルは、練習量と努力では誰にも負けない自信がある俺には、うってつけだった。
 二年生になると、急激に成長した身長と共に、タイムもメキメキと伸びた。
 並みいるライバルを退けて、県大会を制し、全国へ。決勝まで進んだが――中盤でスピードに乗れず、結果は六位。表彰台には登れなかった。スタンドから表彰式を、涙を堪えながら見つめたのを未だに覚えている。
 高校からは、何校か誘いが来た。学費を免除する条件で、陸上の名門校へ指定校推薦で入学が決まった。
 春になり、家からバスで通いながら、俺はハードルに打ち込んだ。
 入学して早々の記録会で好記録を残すと、五月頭の県大会で一年生ながら優勝。六月のインターハイの予選に向けて、部の仲間や顧問の先生らの期待は更に高まった。
 全国の舞台で――立てなかった表彰台。あの悔しさをバネに俺は、朝練、放課後の練習に取り組み、家に帰ってからもケアを欠かすことはなかった。週末は県の選抜にも選ばれ、合同強化合宿にも参加した。
 この頃から、軽い貧血に掛かってしまったこともあり、軽度のけいれんを起こすことが多くなった。それでも俺は、練習の負荷を減らすことはしなかった。
 もう負けたくない――その一心で練習に打ち込み続けた結果――ついに筋肉が悲鳴を上げた。
 診察結果は、肉離れ。全治二週間の故障を引き起こしてしまい、大事なインターハイの予選に間に合うかどうか微妙になった。
 このままだとまずい――。でも、とにかくやれることをやろうと、俺は松葉杖をついて学校に通いながら、トレーニング室で上半身の強化に努めた。懸命のリハビリの甲斐もあって、足のケガも順調に回復した。
 予選の二週間前。松葉杖も取れ、部分的にではあるがグラウンドでの全体練習にも復帰した。医者には少しずつ負荷を掛けていくようにと忠告されていたが、スプリントだけではなく、ハードリングの感覚を取り戻さなくてはと、俺は焦っていた。
 大会が一週間後に迫り、テーピングで足をグルグル巻きにしながら本格的な練習に復帰。ハードルの調整に入ったら、思った以上に感覚が狂っていた。
 足が合わない。力が入らない。体が硬くなっている。
 これじゃだめだ。
 焦りが焦りを呼んで、俺はペースを上げた。顧問の先生には「まだ一年生。来年も再来年もあるんだから無理をするな」と諭されたが、聞く耳を持たなかった。
 大会数日前。ハードリングの感覚はまだ戻らない。完治したと思い込んでいた足も、徐々に痛みが出ていて、本番は痛み止めを打って臨むと決意した。
 大会前日の放課後。本来であれば疲労を残さないように軽い調整で済ませるが、ハードリングに不安があった俺は、倉庫の前にハードルを並べた。
 何度もスタートを繰り返すうちに、足がズキっと痛んだ。しかし、まだ納得がいかない。あと一本――とスターティングブロックに足を掛ける。
 本番を想定し、集中力を高める。前傾姿勢で、力強くブロックを蹴り、一歩、二歩とスパイクで土を刻む。しかし、ふくらはぎに力が入らなくなり、足がもつれる。
 体はバランスを崩し、そのままの勢いでハードルに突入――。
 足は重さ十キロのハードルと激しく衝突し、粉砕開放骨折。骨が皮膚を突き破るほどの重傷だった。
 救急車で病院へと運ばれた俺は、足に何本もボルトを埋め込む緊急手術を受け、病院で一夜を明かした。
 それから約一年。幸い無事に骨は繋がり、痛みもなく普通に日常生活を送れている。
 しかし――二年生に進級した今も、俺は一度も部活には顔を出せていない。
 グラウンドから視線を逸らすと、目の前のバス停に、ちょうどバスがやってきた。小走りで乗り込むと、まばらに席が埋まる車内を見渡し、一番前方の座席が空いているのを見つけ、窓際に体を寄せた。
 すぐにポケットから、スマホを取り出す。ゲームを起動し、目的地までの十五分――時間を塗り潰す作業に入る。
 少しでも時間を見つけるとこれだ。別に好きでも熱中しているわけでもないが、こうして何かに縛られていると安心する。過ぎていく時間という感覚を麻痺させ、自分自身の声が聴こえなくなる。この小さな画面の中に、自分の居場所があるような気がした。
 バスが信号で停止する。ふと顔を上げると、橋の近くに桜並木が見えて、窓の外の風景に意識が切り替わる。
半月前まで満開に咲き誇っていた桜は、先週の大雨の影響か、見る影もなく散ってしまっていた。
 どうして桜は、咲いてすぐに散るんだろうな。
 そう心の中で呟いたと同時に、信号が青に変わり、バスが動き始める。
 すると――橋の上を吹き抜ける風に流されたのか。河川敷の桜の花びらの残骸が、窓にひとつ張り付いて。すぐにどこかへと消えていった。