「――向井慧吾さん。あなたはこの度、三十歳の生涯に幕を閉じてしまいました」
パチリと目を開けると、真っ白い空間が広がっていた。
目の前に、美人な女性が儚げな微笑を浮かべて俺を見つめている。
「ここは……」
「天界です。あなたは命を落としたため、この場に召されてしまったのです」
俺は――死んだ、のか?
にわかには信じられないが、どこか納得感があった。
直前の記憶を思い出す。
「……そうだ。たしか仕事の帰り道、夜道で暴走するトラックと遭遇したんだ。それで、そのトラックの進路に女性がいたから、咄嗟に体が動いてしまって――」
「女性の代わりにあなたがトラックにはねられ、そのまま天界へ」
最後に、「女性は無事でしたのでご安心ください」と補足された。
そうか。
彼女は無事だったのか。
顔も名前も知らないまったくの赤の他人だったけど、俺が命をなげうった甲斐はあったってわけだ。
「とはいえ、俺が死んじまうとはなぁ」
「あら、意外と取り乱したりしないんですね?」
「まあ、大して未練のある人生でもなかったですし……」
平凡な大学を卒業した後は、この歳になるまでずっとブラック企業に奉仕するばかりの人生だった。
自分の時間なんてロクに取れず、彼女も友人もいない。
家族から連絡が来ることもなく、ここ数年はお盆や正月ですら実家に顔を出していなかった。
「それで、俺はどうなるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
女性はニコリと笑い、ごほんと咳払いをした。
「申し遅れましたが、私はソフィーレといいます。日本と異世界を繋ぐ、女神の一人です!」
「め、女神様!?」
マ、マジか……!
女神様がいま俺の目の前に……!?
「天界から日本の一角を見下ろしていたら、偶然あなたがトラックに突っ込んでいく姿を発見しましてね。本来ならば亡くなった方の魂は天界を通じて天国か地獄のどちらかに流れて行くのですが、今回は特別に私があなたをここに招待したのです!」
「そ、それはなぜ?」
「もちろん、『異世界転生』のためです!」
「異世界転生!?」
それって、あのネット小説とかでよく見るやつ!?
学生時代にチラッと読んでいた時もあったけど、マジで実在してたのか!?
驚愕する俺を無視して、女神様はパチンと指を鳴らした。
すると、俺の目の前に大きな物体が出現した。
全長は三メートルくらいで、角張った形状。
俺は、その物体に見覚えがあった。
「これ……ガチャガチャ?」
女神様が召喚したのは、巨大ガチャガチャだった。
透明な上半身からは、内部にぎっしりと詰まった大量のカプセルが見える。
ややあって、得意気な解説が聞こえた。
「これは『SSRガチャ』です!」
「SSR……?」
「はい! 異世界に転生する時に搭載される、稀少なスキルたちがガチャガチャ形式で入っています! ここは一つ、転生前の運試しということで一度回してみましょう! 出てきたSSRスキルが、慧吾さんが転生時に獲得するスキルとなります!」
なるほど。
いわば、チートスキルが排出されるガチャ、ってことか。
「異世界転生とかまだ信じられないけど……でも、チートスキルは転生モノの醍醐味だよな……!」
俺は意を決してガチャガチャのレバーに手を添えた。
俺の手でも掴み切れないくらい大きなガチャガチャのレバーに手をやり、がしっと力を込める。
――出てこい、SSRチートスキル!!
俺は全力で掴んだレバーを回す。
鈍い動きで、ぐるん……、と一回転したレバー。
少し遅れて、ガチャガチャの内部が動き、ゴトンと何かが落下する音が響いた。
そして、ガチャガチャの排出口からコロコロコロ~、と勢いよく一つのカプセルが転がってくる。
「おっと!」
俺は無くさないように転がってきたカプセルをキャッチ。
ガチャガチャの大きさに比例して、カプセルも片手でちょうど鷲掴めるくらいの大きさだった。
「出てきましたね! 開けてみてください!」
「は、はい」
カプセルを開けてみる。
パカリ、と口を開いたカプセルの中には、一つのプレートが収まっていた。
そのプレートを手に取り、大きく記載されている単語を読み上げた。
「SSRスキル――【賢者】」
「おおー! おめでとうございます!」
女神様が笑顔で拍手をした。
「【賢者】は極めて強力な魔法適性を持てるスキルですよ! あらゆる属性の魔法が発動できますし、魔力も極限までアップします! 異世界では、究極の魔法エキスパートとして活躍できることでしょう!」
「ほ、本当ですか!?」
すげぇ!
マジでこれチートスキルのガチャガチャだったんだ!
ちょびっとヤバいスキルとかも混じってるんじゃないかとビビってたが、それは杞憂に終わったようだ。
「こ、このチートスキルで、俺は異世界転生を果たすのか……! ああ、異世界に行ったら取り敢えずゆっくり体を休めてスローライフな生活を送りたいもんだなぁ……」
連日の長時間残業に加えてパワハラ上司にペコペコする毎日。
正直、もう心は完全にすり減っていた。
だからしばらくは、ゆっくりと休養を楽しみたいところだ。
あと、可愛いもふもふ動物とも触れあいたいな。
「では、そろそろ旅立ちの時ですね」
女神様がそう言うと、俺の体が白い光に包まれていった。
「新たな地で素晴らしい人生をお送りいただけることを心よりお祈りしております!」
「あ、ありがとうございました! 俺、異世界でも頑張ります!」
そう告げると、俺の視界が真っ白に染め上げられ、意識が遠退いていくのだった――――
向井慧吾を異世界の地に送り届けた女神――ソフィーレは、ふぅ、と息を吐いた。
「慧吾さんは行かれてしまいましたね。日本ではかなり過酷な生活を強いられていたようですから、異世界の地では少しはマシな暮らしを送って欲しいものですが」
ソフィーレはそう独り言を言いながら、慧吾が回した巨大ガチャガチャの元に歩んでいく。
「でも、このSSRスキルガチャを回したので、きっと大丈夫ですよね! さっきも【賢者】なんて超強いスキルをゲットしてましたし!」
【賢者】のスキルがあれば異世界で困ることはないだろう。
安心したソフィーレは、このガチャガチャを異空間に収納しようと手を伸ばしたところで――はたと動きを止めた。
「……ん? なんですか、これは」
女神ソフィーレは、ふとガチャガチャの排出口の内部に留まっていた球体を発見する。
ソフィーレが排出口に手を突っ込み、それを取り出した。
ソフィーレの手にあったのは――漆黒のカプセルだった。
「これはスキルガチャのカプセルですか? あれ、でもさっき慧吾さんが回したカプセルの中には【賢者】のスキルが入っていましたよね? この黒いカプセルとは別のものだったはずですが……まさか、二個同時に排出されたんですか!?」
そうなれば、前代未聞だ。
SSRスキルは、一人につき一つまで。
これが原則だった。
「な、なら、この黒いカプセルの中には何のスキルが……!?」
ソフィーレは、漆黒のカプセルを開封する。
そこには、不吉なスキル名が記載されたプレートが入っていた。
「こ、このスキルは――……っ!!」
それと同時、女神ソフィーレは思い出す。
この『SSRガチャ』は稀少性が高いスキルを集めた特殊なガチャガチャだ。
稀少性が高いということはそれだけ優れた能力を宿すスキルであることがほとんどだが――中には『例外』が存在する。
SSR級のチートスキルの中には、SSR級のバッドスキルも含まれていたのだ。
「そんな……! つまり慧吾さんは、SSR級のチートスキルとバッドスキルの両方を備えて異世界転生してしまったということですかー!?」
女神ソフィーレの叫びは、誰もいない純白の空間に吸い込まれていくのだった。
○ ○ ○
ふわり、と柔らかい風が肌を撫でた。
俺はゆっくりと目蓋を開け、目を覚ます。
「うっ……」
どうやら仰向けで寝ていたようだ。
上体を起こすと、辺りは一面、鮮やかな緑で覆われていた。
「ここは、森か?」
木漏れ日が差す、自然あふれる森だった。
俺の頭上をファンタジックな姿の鳥たちが飛び去っていく。
そこで、俺は確信した。
「そうだ、俺は女神様に天界に呼び出されて、それからチートスキルを得て――異世界に転生したんだ!」
ガバッ、と立ち上がった。
そして、自分の体を確認する。
「体は……特に問題なし。服も簡単なものだけど異世界チックな装いだな。これも女神様の配慮か?」
ふと視線を切ると、隣に川が流れているのを発見した。
そこに向かってみる。
「川か……そういや、ちょっと喉渇いてたんだよな」
水分補給がてら、行ってみるか。
ざっ、ざっ、と土を踏み締めて歩いていく。
と、そこに広がっていたのは、透き通るような清流だった。
目を凝らすまでもなく、川の底まで丸見えだ。
透き通るような清流を両手で掬い、水を飲む。
「ごく、ごく、ごく……ぷはぁ~! なんだこの水!? めちゃくちゃ美味い!!」
まるで極上の天然水を飲んでいるようだ!
渇いた喉を潤したところで、ふと川の水面に反射する自分の顔が見えた。
「あれ、なんか顔つきが若々しいような……もしかして、肉体が若返ってる!?」
前世の俺は三十歳の社畜リーマンだった。
けど、水面に反射する自分の顔にその面影はない。
十八歳くらいの若々しい顔になっていた。
あらやだ、ピチピチ。
「そうだ、改めて俺のスキルを確認しておきたいな。たしか、【賢者】って名前のやつだったと思うが……どうやって確認するんだ?」
そもそも、スキルの確認ってできるのか?
そこら辺は女神様にも聞いていなかった。
だが、ここは異世界だ。
なら、ネット小説で見たあのセリフを言えば解決するかもしれない。
俺は手を広げ、高らかに叫んだ。
「ステータスオープン!」
直後、俺の目の前にウィンドウ画面が表示された。
――――――――――――――――――――
名前:向井慧吾
種族:人間
レベル:1
魔力:999999
攻撃力:500
防御力:500
敏捷性:500
賢さ:100500
幸運:-100000
スキル:【賢者】、【愚者】
――――――――――――――――――――
「よしキタ! やっぱステータス画面見れるんだな! えーと、俺のステータスは……って、『魔力』高ぁっ!?」
ステータスを上から順に見ていけば、まず真っ先に異常な数字が表示された『魔力』の項目が目に飛び込んでくる。
「それに、『賢さ』の数値も他のステータスと比べて突出してるなぁ。もしや、この『魔力』と『賢さ』の桁外れの数字が【賢者】の効果か?」
そう仮説を立ててみると、一番下に『スキル』の項目があった。
そこに、俺がガチャで獲得した【賢者】のスキル名がある。
俺はより詳細なスキル効果を知りたいと思い、【賢者】のスキル名をタップしてみた。
すると、新たなウィンドウ画面が表示される。
――――――――――――――――――――
スキル:【賢者】
あらゆる魔法を生み出し、行使することができる非常に稀有なスキル。
イメージするだけで大抵の魔法は発動可能。
ステータスの『魔力値』がカンストする。
『賢さ』のステータス値に100000ポイントが付与される。
神から与えられる天賦の才。
――――――――――――――――――――
俺は【賢者】のスキル効果を確認した。
「な、なるほどコイツはすごいな……! イメージするだけで魔法が使えるとか、神から与えられる天賦の才とか、もう明らかにチート臭プンプンのスキルだ!」
ステータスで『魔力』と『賢さ』の値がバグってたのも、【賢者】のチートスキルのおかげらしい。
ちなみに『賢さ』、と言ってもあくまでも魔法を操れる能力を表したものであり、俺が超天才に進化したわけではないようだ。
また、『賢さ』の数値が『100500』という中途半端な数字から見ても、『人間』という種族の基礎ステータス値は『500』になってるっぽいな。
「ん? つーか、【賢者】のスキルの横にもう一つ別のスキルがある? なんだこれ……【愚者】?」
こんなスキルあったか?
俺がスキルガチャで入手したのは【賢者】のスキルただ一つだけだったと思うんだが……。
小首を傾げながら、【愚者】のスキル名をタップしてみる。
――――――――――――――――――――
スキル:【愚者】
あらゆる行動が裏目に出て、様々な不運を招く非常に稀有なスキル。
イメージした理想通りの暮らしを送ることは至難。
『幸運』のステータス値にマイナス100000ポイントが付与される。
神から与えられる災厄の破滅スキル。
――――――――――――――――――――
「は、はぁあああああっ!? なんじゃこりゃああああああああ!?」
思わず叫んでしまった。
いや、でも仕方ないだろ!?
なんだこの無茶苦茶なスキルは!?
「よ、よく見たら『幸運』のステータス値が『-100000』になってる……!? お、おいおいコレは一体どういうことだよ!」
女神様は、俺にチートスキルを授けてくれたんじゃなかったのか!?
いや、たしかに【賢者】のスキルは貰ってるんだけど、なんか【愚者】なんていう超絶不要なスキルもくっついてきてるんだけど!?
「女神様はこれを知ってたのか……!? クソッ、これ大丈夫なんだろうな……!?」
だんだん怖くなってくる。
チクショー!
さっきまで【賢者】のチートスキルっぷりにルンルン気分だったのによぉ!!
「と、とにかくまずは情報収集だな。ひとまず、誰かに会いたい。近くに村か街でもあれば良いんだが――」
俺が川下へ向けて歩き出そうとした、その時。
「――きゃあああああああ!! 誰か、助けてぇええええええっ!!」
「っ!?」
突如、人の声が響いた。
声からして、女性のものだ。
「今の、悲鳴か……!?」
俺はごくりと生唾を飲む。
ここは異世界だ。
どこに危険が潜んでいるか分からないし、もしかしたら魔物なんていう凶悪な怪物がうろついているかもしれない。
まだロクにこの異世界の情報も分からないし、魔法の扱いだって初心者の俺だが――
「でも……助けを求めてる人を見捨てられねぇだろ!」
俺は川を飛び越え、悲鳴が聞こえてきた方向へ走っていく。
距離からして、そこまで遠く離れてはいないはず。
そうして、木々をかきわけて森を走っていると、一人の少女がうずくまっているのが見えた。
桃色の髪が、拒絶するように揺れている。
「い、いやぁ……来ないでぇ……!」
「グゲゲ……ッ!!」
少女の前に、巨大なオーガがにじり寄る。
体長は二メートルを優に越えていて、少女を見てじゅるりとヨダレを垂らしていた。
「見つけた! アイツ、あの子を食うつもりか……!?」
早く助けないと、少女がオーガの餌食になってしまう!
あの少女を助けるためには、俺がオーガと戦うしかない、か……!
「くっ! ぶっつけ本番だが、やるしかない!」
【賢者】は、イメージした魔法を発動できる。
なら、異世界で定番のあの魔法ならきっと生み出せるはずだ!
俺はオーガに向けて右手を突き出した。
「食らえ! ファイアボールッ!!」
俺の手のひらから、火球が放出する。
「グガッ!? ガァアアアアアアッ!!」
ファイアボールがオーガに命中。
オーガは一直線に吹っ飛んでいき、樹木の間を抜け、遠くにあった巨大な岩石にぶつかる。
それから、もう動くことはなかった。
即死したようだ。
「ふぅ、何とか助かった、か……」
「あ、あの……誰、ですか」
ほっと胸を撫で下ろすのもつかの間、少女が俺に顔を向けていた。
俺は敵意がないことをアピールするように両手を上げて歩んでいく。
「驚かせてしまってすまない。偶然近くにいたら、悲鳴が聞こえたから助けに来たんだ」
「私を、助けに……あ、ありがとうございます!」
少女は急いで立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
そして、俺はハッと目を見開く。
「え、えっと、キミの頭についてるそれ――『猫耳』か……!?」
「え、あ……っ!」
少女は頭にぴょこんと立つ猫耳を両手でさっと隠してしまった。
顔も俯いていて見えず、その表情は伺い知れない。
「ご、ごめんなさい、獣人で……! ゆ、許してください……!!」
「ちょちょ、どうしたんだ!? 顔を上げてくれよ!」
いきなり頭を下げて許しを請う少女に、俺は手で制しながら言う。
少女は恐る恐る顔を上げた。
「私が獣人でも、気持ち悪いと思わないんですか……?」
「思わないよ。むしろ可愛いと思うぞ」
「か、かわっ!?」
少女は頬を赤く染めた。
猫耳少女とか、異世界らしくて可愛いことこの上ない。
生で拝ませてもらって眼福だ。
「そ、そんなこと初めて言われました……!」
少女は挙動不審な様子であわあわとした後、ゆっくりと猫耳を隠していた両手を下げた。
俺はフッと笑い、自己紹介をする。
「俺は向井慧吾……ケーゴだ。よろしくな」
異世界で本名をフルネームで言うのもアレかと思い、それっぽいカタカナネームを名乗っておく。
「あっ、申し遅れました。私、エルネといいます」
ふむふむ、エルネね。
エルネはさっきよりも少し気を抜いた感じで頭を下げた。
「ケ、ケーゴさん……重ね重ね、先ほどはありがとうございました! ケーゴさんは命の恩人です!」
「いやいや、それほどでも」
「あの、ケーゴさんはとても魔法に精通していらっしゃる方なんですね!」
全ては、俺の【賢者】のスキルのおかげだ。
ぶっつけ本番だったが、上手く魔法が発動してくれて助かったぜ。
まあ、それは一旦置いておいて。
エルネは獣人だが、まともに意志疎通が取れる異世界の現地人だ。
ここは情報収集もかねて、色々と聞いておきたい。
まずは当たり障りのない質問をしてみた。
「それで、エルネはこんな山の中で何をしていたんだ?」
「実は、街にポーションを買いに行っていて、今は私が住む村に帰る途中だったんです……」
「ポーション!」
異世界ならではのアイテム来たな!
「ポーションって、回復薬みたいなやつか」
「そうです。実は、お母さんが病気になってしまって……薬草で治そうとしたんですけどダメだったので、動ける私が街にポーションを買いに出てたんです」
「そうか、お母さんが……」
よく見ると、エルネの腰にはポーチのようなものがあった。
そこにポーションが入っているのだろう。
「それで、お母さんがいる村は近いのか?」
「いえ、まだもう少し歩く必要があると思います。ここはまだ、『深き森』の中央エリアですから」
『深き森』……それが今いるこの森の名前か。
たしかに周囲は木々で覆われていて、鬱蒼と生い茂った森だった。
エルネから聞いた情報を総合し、俺は一つ提案をしてみる。
「エルネ。もし良かったら、一緒にエルネが住んでる村まで着いて行ってもいいか?」
「え、いいんですか!? そ、それはもう私としては願ったりというか……。あ、でも道中の護衛代とかはあんまりお支払いできないと思うんですけど……」
「お金なんていらないさ。俺も獣人の村に興味があるから、その道案内してもらえれば十分だよ」
つーか、今の俺って所持金とかあんのか?
よく考えたら無一文なんじゃね?
いや、でもエルネから護衛代をふんだくるのは違うからな。
まあ、その辺りは獣人の村についてから考えればいいか。
ポリポリと頬を掻いて思案していると、エルネがパッと笑顔になった。
「そ、そういうことなら――」
エルネは、お願いします! と言おうとしたのだろう。
しかし、そのエルネの言葉を遮るように、ゴゴゴゴゴゴ! と地面が激しく揺れ出した。
「な、なんだ!?」
「ケ、ケーゴさん! あそこ!!」
エルネが指を差したのは、さっき俺がぶっ飛ばしたオーガの死体。
巨大な岩石に激突して即死したオーガだったが――そのオーガが倒れる地面に不自然な亀裂が走る。
ビキビキ! ビキビキビキィ!!
「――――――ァァ……!!」
そして亀裂の内側――地中から、巨大な物体が盛り上がるようにしてボコボコと地表に姿を現す。
距離が離れているからその全身を捉えられるが、かなりの巨体だ。
人間の何倍もの大きさがある。
土と岩が肌にくっつき、土汚れにまみれたその生物が、バサリと翼を広げた。
あ、あのフォルムは、まさか――!!
俺と同時にあの生物の名前に思い至ったエルネが、震える声で叫んだ。
「あ、あれは、Sランクに認定されている森の支配者――ロックドラゴンです!!」
ですよねぇ!?
やっぱあれドラゴンですよねぇ!?
「オーガが激突したあの岩……地中に潜ってたロックドラゴンの体の一部だったのか!? クソッ、なんて運の悪い――」
毒吐いた俺は、ハッと目を見開く。
「俺の行動が裏目に出てピンチになってるこの状況……まさか【愚者】のスキル効果か!?」
最悪の予測が脳裏をよぎる。
俺は直感的に【愚者】の破滅スキルが招いた結果だと確信した。
「ガルァァ……ッ!!」
ロックドラゴンが、ギロリと鋭い眼光を向ける。
そして大きな口を開いた。
「お、おいおい、冗談だろ……?」
「ケーゴ、さん……!!」
開かれたロックドラゴンの口に、土色のエネルギーが収束していく。
俺の背筋が凍りついた。
「っ! ヤバイ! エルネ、早くここから逃げ――」
が、一足遅い。
ロックドラゴンが咆哮を轟かせる。
「――――ガルルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
直後、ロックドラゴンのエネルギーが凝縮した『ブレス』が解き放たれた。
「きゃあああああああああああああっ!!」
エルネの悲鳴が木霊する。
ブレス攻撃はエルネの悲鳴ごと俺たちを飲み込み、凄まじい爆発音が響き渡るのだった。
