放課後タイムカプセル

 十年後——2035年8月5日。
 小学校の校庭。朝十時。
 私は、校門の前に立っていた。二十七歳になった私。
 十年ぶりに来た、この場所。何も変わっていない。校舎も、校庭も、桜の木も。全部、記憶の中のまま。
 でも、私は変わった。髪型も変わった。少し大人っぽくなった。でも、笑顔は変わらない。
 校庭には、既に何人かが集まっている。
 楓が、先に来ていた。
「橘さん!」
「楓ちゃん! 久しぶり!」
 二人は抱き合った。十年ぶりの再会。
 楓は、落ち着いた雰囲気になっていた。髪を肩まで伸ばして、優しい笑顔。
「楓ちゃん、綺麗になったね」
「橘さんも。大人っぽくなった」
 次に、蒼が来た。
「よう」
「蒼!」
 蒼は、少しワイルドになっていた。髭を生やして、日焼けした肌。でも、目は変わらない。
「お前ら、変わったな」
「そっちこそ」
 最後に、隼人が来た。
「みんな!」
「隼人!」
 隼人は、少し貫禄が出ていた。がっしりとした体格。ライターらしい雰囲気。
「十年ぶりだな」
「うん」
 四人は、顔を見合わせた。
「みんな、変わったね」
「でも、変わってないところもある」
「そうだね」
 宮本先生も来ていた。少し白髪が増えた。でも、優しい笑顔は変わらない。
「よく来たな、みんな」
「先生!」
「久しぶりだ。みんな、立派になって」
 白鳥さんもいた。三十代になって、少し落ち着いた雰囲気。
「さあ、掘り起こしましょう」
 校庭には、既に穴が掘られていた。作業員の人たちが、スコップで土を掘り起こしている。
 そして——
 タイムカプセルが、現れた。
 十年前に埋めた二つの箱。少し錆びているが、無事だ。金属の箱が、太陽の光を反射している。
 作業員の人たちが、箱を引き上げる。ゆっくりと、慎重に。
 最初に、紙の手紙が入った箱を開ける。
 白鳥さんが、蓋を開けた。キィ、と金属の音。
 中から、たくさんの手紙。十年前の手紙。それぞれの約束。
 私は、自分の手紙を探した。白い封筒。名前が書いてある。「橘陽向」。
 手に取ると、少し湿っている。でも、無事だ。
 私は、封を開けた。
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十年後の私へ
 今、私は十七歳です。高校二年生。進路に悩んでいます。
 十年前、七歳の私は「絵本作家になりたい」って書きました。でも、今の私は、その夢を諦めています。才能もないし、お金もないし、現実を見なきゃいけないから。
 でも、完全に諦めたわけじゃありません。だから、約束します。
 私は、これから十年間、毎年一冊、絵本を完成させます。
 出版されなくてもいい。誰に認められなくてもいい。自分で描いて、自分で完成させる。それが、私の約束です。
 十年後、あなたは十冊の絵本を描いているはずです。その中に、傑作が一冊でもあれば、それでいい。一冊もなくても、それでもいい。大事なのは、描き続けたってこと。
 絵本作家にはなれなかったかもしれない。でも、絵本を描く人ではいられた。それが、私の答えです。
 十年後の私へ。約束、守れましたか?
——橘陽向(17歳)
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 私は微笑んだ。涙が溢れそうになる。
「完成させたよ、17歳の私」
 私は鞄から、大きな紙袋を取り出した。中には、七冊の絵本。
『うさぎのミミと、忘れられた森』
『星をつかまえた少女』
『時計屋さんの秘密』
『雨の日の贈り物』
『最後の夏祭り』
『魔法の図書館』
『小さな勇気』
 全て自費出版した絵本。どれも、私が一年かけて描いた作品。
「十冊は……達成できなかった。七冊しか完成させられなかった」
 私は少し悔しそうに笑った。
「『絵本作家になる』も叶わなかった。出版社からの依頼もなかった。書店に並ぶこともなかった。でも、約束は……七割守った。『十年間で十冊完成させる』という約束。七冊完成させた。そして今も、八冊目を描いてる」
 楓が自分の手紙を読んでいた。
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十年後の私へ
 今、私は十七歳です。高校二年生。進路に悩んでいます。
 ピアノは好きです。でも、ピアニストになる自信はありません。才能も、覚悟も、足りない気がします。
 でも、完全に諦めたわけじゃありません。だから、約束します。
 私は、これから十年間、ピアノを弾き続けます。
 プロになれなくてもいい。誰に評価されなくてもいい。自分のために弾く。それが、私の約束です。
 十年後、あなたはまだピアノを愛していますか?
 音楽を、心の支えにしていますか?
 ピアニストにはなれなかったかもしれない。でも、ピアノを弾く人ではいられた。それが、私の答えです。
 十年後の私へ。約束、守れましたか?
——水瀬楓(17歳)
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 楓は頷いた。
「弾いてるよ。音楽教室の先生になった」
 楓はスマホで動画を見せてくれた。小さな子供たちが、ピアノを弾いている。笑顔で、楽しそうに。
「私の生徒たち。みんな可愛いの。週に五日、教えてる。『ピアニストになる』は叶わなかった。コンサートホールで演奏することもなかった。でも、約束は守った。『ピアノを弾き続ける』という約束を。そして今、音楽の楽しさを子供たちに伝えてる」
 蒼が自分の手紙を読んでいた。
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十年後の俺へ
 今、俺は十七歳だ。高校二年生。進路に悩んでいる。
 絵を描くのは好きだ。でも、画家になる自信はない。親も反対してるし、才能があるかどうかもわからない。
 でも、完全に諦めたわけじゃない。だから、約束する。
 俺は、これから十年間、絵を描き続ける。
 認められなくてもいい。売れなくてもいい。自分のために描く。それが、俺の約束だ。
 十年後、お前はまだ絵を描いているか?
 諦めずに、挑戦し続けているか?
 プロの画家にはなれなかったかもしれない。でも、絵を描く人ではいられた。それが、俺の答えだ。
 十年後の俺へ。約束、守れたか?
——神崎蒼(17歳)
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 蒼は笑った。
「描いてる。デザイン会社で働いてる」
 蒼はポートフォリオを見せてくれた。様々な絵、デザイン。ロゴ、ポスター、イラスト。
「週末は個展も開いてる。小さなギャラリーだけど、少しずつ認められてきた。『プロの画家になる』……微妙なライン。絵で食べてはいるけど、想像してた『画家』とは違う。でも、約束は守った。『絵を描き続ける』という約束を」
 隼人が自分の手紙を読んでいた。
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十年後の俺へ
 今、俺は十七歳だ。高校二年生。進路に悩んでいる。
 サッカーは好きだ。でも、プロ選手になれる自信はない。才能も、体格も、足りない気がする。
 でも、完全に諦めたわけじゃない。だから、約束する。
 俺は、これから十年間、サッカーに関わり続ける。
 選手になれなくてもいい。形は変わってもいい。サッカーを人生から切り離さない。それが、俺の約束だ。
 十年後、お前はまだサッカーを愛しているか?
 何らかの形で、関わり続けているか?
 プロ選手にはなれなかったかもしれない。でも、サッカーに関わる人ではいられた。それが、俺の答えだ。
 十年後の俺へ。約束、守れたか?
——早川隼人(17歳)
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 隼人は頷いた。
「関わってる。サッカーライターとして」
 隼人もスマホで記事を見せてくれた。Jリーグの試合分析、選手インタビュー、戦術解説。
「専門誌にも寄稿してる。週末は少年サッカーのコーチもやってる。『プロ選手になる』は叶わなかった。膝の怪我で、選手としての道は閉ざされた。でも、約束は守った。『サッカーに関わり続ける』という約束を。そして今、サッカーの魅力を言葉で伝えてる」
 四人は顔を見合わせた。
「みんな、約束守ったんだね」
「『結果』は……様々だけどね」
「でも、『行動』は守った」
「それが大事なんだよな」
 宮本先生が言った。
「よくやった。『結果』は、思い通りにならなかったかもしれない。プロにはなれなかった。有名にもなれなかった。でも、『行動』は守り続けた。それが、君たちの十年間だ」
「先生、ありがとうございました」
「俺は何もしてない。君たちが自分で歩いたんだ。十年間、約束を守り続けた。それは、君たちの力だ」
 次に、デジタルデータの箱を開けた。
 中から、ハードディスクを取り出す。少し古いタイプのハードディスク。
 白鳥さんがパソコンに接続した。
「見て、みんなの約束が保存されてる」
 画面には、十年前に投稿された約束の数々。千五百人以上の約束。
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【十年前の約束】
参加者:1,527名
行動の継続状況:
・十年間継続できた:42%(641名)
・途中で止まったが再開した:35%(535名)
・完全に止めてしまった:18%(275名)
・不明:5%(76名)
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 私は驚いた。
「42%も、十年間継続してるんだ」
 白鳥さんが続けた。
「でもね、重要なのはここ」
 画面が切り替わる。
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【参加者アンケート】
実施日:2035年7月
回答者:1,276名(回答率:83.6%)
Q. 約束を立てたことを後悔していますか?
後悔している:2%(26名)
後悔していない:98%(1,250名)
Q. 「結果ではなく行動を約束した」ことは良かったですか?
良かった:95%(1,212名)
どちらとも言えない:5%(64名)
Q. 約束を立てたことで、人生は変わりましたか?
変わった:87%(1,110名)
変わらなかった:13%(166名)
【自由回答より】
「『結果』が叶わなくても、『行動』を守れたことが誇り」
「『結果の約束』だったら、挫折していた。
でも『行動の約束』だったから、続けられた」
「『行動の約束』だから、途中で止まっても再開できた。
それが救いだった」
「プロにはなれなかったけど、
十年間続けたことが自信になった」
「夢は叶わなかったけど、
夢に向かって努力した十年間は宝物」
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「ほとんどの人が、約束を立てて良かったと思ってる。そして、『結果ではなく行動を約束した』ことが良かったと答えてる」
 私は涙が溢れた。止まらない。
「私たちが始めたこと、無駄じゃなかったんだ」
 蒼が言った。
「むしろ、始めて良かった。千五百人以上の人が、十年間頑張った」
 楓が頷いた。
「この十年間、約束があったから頑張れた。『結果』じゃなく『行動』を約束したから、結果が出なくても続けられた。途中で止まっても、また始められた」
 隼人が拳を握った。
「俺たちの約束は、まだ終わってない。これからも続く」
 私が提案した。
「ねえ、また埋めない?」
「え?」
「次の十年後の自分への約束」
 三人は笑った。
「いいね」
「じゃあ、また約束を書こう」
「次は何を約束する?」
 四人は、新しい紙に約束を書き始めた。
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【陽向・37歳の私へ】
「絵本作家として成功している」は約束しない。
でも「残り三冊を完成させて、十冊達成する」は約束する。
そして「誰かの心に届いていますように」。
七冊の絵本を読んでくれた子供たちの笑顔を、
私は一生忘れない。
次の作品も、誰かの心に届きますように。
——27歳の陽向より
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【楓・37歳の私へ】
「有名なピアニストになっている」は約束しない。
でも「まだピアノを愛している」は約束する。
そして「生徒たちを笑顔にしている」は約束する。
音楽の楽しさを、次の世代に伝え続けること。
それが、私の幸せ。
——27歳の楓より
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【蒼・37歳の俺へ】
「プロの画家として認められている」は約束しない。
でも「まだ絵を描いている」は約束する。
そして「誰かの心を動かす絵を描いている」は約束する。
絵で食べていけるかどうかは、わからない。
でも、描き続けることだけは、約束する。
——27歳の蒼より
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【隼人・37歳の俺へ】
「有名なライターになっている」は約束しない。
でも「まだサッカーを愛している」は約束する。
そして「サッカーの魅力を伝え続けている」は約束する。
選手にはなれなかったけど、
サッカーに関わり続けられることが幸せ。
——27歳の隼人より
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 新しいタイムカプセルを埋めた。
 作業員の人たちが、また穴を掘って、箱を埋める。土をかける。
 標識を立てる。
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【放課後タイムカプセル】
2035年8月5日 埋設
2045年8月5日 開封予定
37歳の君へ
27歳の君より
結果じゃなく、行動を。
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 四人は空を見上げた。
 青空が広がっている。雲一つない、綺麗な青空。
「また十年後」
「約束だよ」
「絶対に」
「じゃあ、行こうか」
 四人は、それぞれの未来へ歩き出した。
 過去と今と未来は、いつも繋がっている。
 そして——
「結果」ではなく「行動」の約束は、続いていく。
【この物語を読んでくれたあなたへ】
 陽向たちの物語は、ここで終わります。
 でも、あなたの物語は、まだ始まったばかり。
 あなたは、未来の自分に何を約束しますか?
 でも、覚えておいてください。
 約束するのは「結果」ではありません。
「行動」を約束してください。
「プロになる」ではなく「練習を続ける」
「成功する」ではなく「挑戦し続ける」
「夢を叶える」ではなく「努力し続ける」
 自分でコントロールできることだけを。
 下の二次元コードを読み取ると、実際に「放課後タイムカプセル」に参加できます。
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(二次元コード)
█████████ ███ █████████
██ ██ █ █ ██ ██
██ ███ ██ ███ ██ ███ ██
██ ███ ██ █ █ ██ ███ ██
██ ██ ███ ██ ██
█████████ █ █ █████████
https://houkago-timecapsule.jp
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 一年後、五年後、十年後——
 あなたは、未来の自分に何を伝えますか?
 夢じゃなくて、約束を。
 結果じゃなくて、行動を。
 一人じゃない。同じように約束した仲間がいる。
 さあ、あなたも——
 未来の自分へ、約束を送ろう。
 #放課後タイムカプセル
 #結果じゃなく行動を
【終わり】