不器用なキミを、僕は放っておけないらしい。

 今日は憂鬱な木曜日。そしてバイトの日でもある。大学が終わった後、家に帰らず、そのままカフェへと向かう。

「いらっしゃいませ...!あっえと、コーヒーですか!カフェラテですか!」
「え?」
そこには自分より背の低い、可愛らしい人が自分を見上げていた。
「店に入った途端に注文聞くやつがあるか」
「いてっ」
可愛いらしい人の背後から、禍々しい雰囲気を醸し出した同僚が小さな肩をパシッと叩く。
「人を叩くな!」
「いっった!!!テメェ手加減しろ!!じゃない、叩くなって言うなら人を叩いて叱るな!!」
「馬鹿にはこれで充分だ」
「なんだと」
目の前の小動物は喧嘩の発端が自分だからか、凄く焦っている。この状況はどうしたらいいのだろうか。
「お前就活上手くいってないからって周りに当たんな!!不機嫌になって他人に八つ当たりする奴が内定もらえると思うな!!」
「黙れテメェもあと1年で同じ地獄を味わうんだから俺をもっと労われ」
「おっお客さんの前です!!」
「はいはいストップ」
二人の真ん中に入り、口論を強制終了させた。
「お、お客さん...!!凄い....!!」
「あー...えっと、初めまして。俺もここで働いてる柊木愁(ひいらぎ しゅう)って言います」
彼はポカンと口を開けたまま、一時停止してしまった。顔の前で手を振っても、中々意識が返ってこない。すると、背後から肩に手を置きながら、紹介された。
「1週間前に入った新人さんの桐咲楓(きりさき かえで)くんです!愁と会うのは初めてかな」
「.....はっ!こっち側の人間だったのですか!!失礼しました...」
「こっち側とは」
「いじわるすんな、スタッフ側って意味だろ」
「揚げ足取っただけ」
「本当にコイツは…」
葵がため息をつくと、勝ち誇ったかのように蓮は笑う。しかし、蓮は何かに気付いた。

「...なんか、今日バイト多くね?」
蓮が僕たちを指差して、店長を見る。店長は頭をかきながら困ったように微笑んだ。
「間違えて全員シフト入れちゃったよ〜」
「誰か帰れ」
「お前が帰れ」
「まぁまぁ、間違えたのは私のせいだから、今日は4人で仲良くしてね」
「「え"〜」」
蓮の余計な一言にすかさず葵がツッコむ。二人は今日も息がピッタリだ。いつも通りの日常と思いきや、イレギュラーはあの桐咲楓という新人。さっきまで二人の口論を聞いて焦り出していたはずだが、今はもう上の空で、床をずっと見つめている。瞬きもしないで、目は乾かないのだろうか。店のドアが開き、チリンと鈴が鳴ると、葵は颯爽とお客さんの元へ向かった。しかし、"新人さん"は未だに意識が戻っていない。
「おい、ポンコツ。あのお客さんコーヒー頼むから、葵にコーヒーの淹れ方教わってこい」
「あ、行きます!」
葵の元に駆け寄っていった。蓮は面倒くさそうに、パンの発注を始める。
「蓮くん厳しいですね」
「アイツができなさ過ぎてイライラすんだよ」
「いやいや、まだ入ったばっかりでしょ。最初から使えるバイトなんか滅多にいません」
「違う違う、ほら」
葵からメニュー表を頼まれて持ってくるはずが、なぜかおしぼりとスプーンを持ってきて、和やかにはにかんでいる。なんだ、あの人。
「楓さん、メニュー表だけで大丈夫だよ」
「え!また余計な事をしてしまった...!すぐに持ってきます...!!」
葵が常連さんを待たせないように、世間話をして時間を潰している。しかし、その努力も虚しく、新人さんはメニュー表を探している。カウンター下の棚にある。メニューは沢山使うから、すぐ取れるようにわかりやすい位置に置いているが、彼には全く見えていない。見当違いな場所を探しまくっているが、フライパンの下は流石にないだろう。葵の頑張りを無駄にしてはならない。俺はメニュー表をとって、新人さんに渡した。
「あ、メニュー表!!そうだ、メニュー表を探してたんだった!ありがとうございます!えっと....ひらめきさん...!!」
「柊木です、葵のところに行きましょうか」
「えっすみませ、あ行ってきます!」
後ろ姿は完全に道に迷った子ウサギだ。無事にメニュー表を渡せた新人さんは、嬉しくて仕方がないみたいで、顔が焼きマシュマロのように蕩けている。何故か、その一挙手一投足、全ての行動に釘付けになっていた。
「メニュー表届けられただけで、喜びすぎだろ」
「いや違、見てないですよ」
「は?」
蓮が怪しむように睨みつけてくる。俺は動揺を隠すように食器を洗い始めた。
「あいつ、お前と同じ大学なんだとよ」
「え?本当ですか」
「お前美大だろ、同じとこだって」
すると、一仕事を終えた新人さんがこちらに歩み寄ってくる。
「桐咲さん、同じ大学なんですか!」
「あ、はい!多分専攻が違うから柊木さんとは会わなかったのかも…」
「学年も違いますしね…そっか、でも同じ大学なら、桐咲さんは"センパイ"ですね!」
「え…僕がセンパイ…?」
「コイツが先輩とか世も末」
「暇人ちょっと手伝え」
「げっ!クソ…」
先輩と2人きりでカウンターに取り残される。僕は常連さんがコーヒーを啜る音を聞きながら、無意識に先輩の横顔を眺めていた。
「柊木さん…?」
「えっ?」
「なんか視線を感じるなぁって…」
「すみません…でもなんか気になっちゃって」
「気になる!?変な人ですね〜」
「先輩に言われたくないな〜」
2人で顔を見ながら笑い合った穏やかな時間が流れる。久しぶりに心の底から笑えた気がした。