結局、他校から夜間観測会に集まったのは当初の倍以上の12人だった。
何やら今日は半月に「X」の文字が浮かび上がる珍しい現象が起こるらしく、急きょ予定にはなかった高校から参加したいという連絡があったのだそうだ。
ただ、その高校の生徒たちはその天体ショーが終わる9時頃には帰るらしい。
一年生以外は皆大体顔見知りらしく喜多川先輩と共に慣れた様子で天体望遠鏡を操っていた。
自分の天体望遠鏡を持ってきている生徒もいて、屋上に三脚を立て皆各々夜空の観測を楽しんでいた。
ちなみに参加者の中には女子もいて少しだけテンションが上がったりしたが、そんなことよりも俺はまださっきの失態を引きずっていた。
紫苑にまた恥ずかしいところを見られた。
そしてそれ以上に。
(なんで俺、あんなこと言っちまったんだ……)
――なんでお前いねーんだよ! いつもうぜーくらい傍にいるくせに……!
自分の台詞がよみがえり、何度目かの溜息を吐く。
随分と酷い物言いをしてしまった。
日頃感じていたこととはいえ、それを本人に向かって言ってしまうなんて。
(俺、最低じゃねーか)
早いうちに謝らねばと思うが、タイミングが掴めないでいた。
その紫苑は今天文ドームの中で喜多川先輩と一緒にパソコンを見ながら何やら興奮している。
あの後もアイツの態度は特に変わりないが、内心では傷ついているかもしれない。
(友達からうざいとか言われて、ショック受けないわけないよな)
そう思うと、罪悪感で胸が痛かった。
天文ドームを出て外の空気を吸いながら綺麗な半月を見上げる。
その「X」がそろそろ見え始める時刻らしいが、当然ながら肉眼ではさっぱりわからなかった。
「亜久津くん」
「え?」
視線を落とすと女子がふたり並んで俺の前に立っていた。
ふたりとも大人びた雰囲気で普通に可愛い。
なんとなく、緊張を覚える。
「亜久津くん、だったよね」
「あ、ああ」
先ほど自己紹介の時間があったのだ。
でも俺はそのふたりの名前が全然思い出せなかった。
「亜久津くん一年だよね。私たちも一年なんだ」
「あー、えっと……」
「私が須藤で、こっちが林」
「須藤さんと、林さん」
俺が名を呼ぶと、ふたりとも嬉しそうに笑ってくれた。やっぱり可愛い。
さっぱりとしたショートカットなのが須藤さんで、長い黒髪をひとつに結んでいるのが林さん。俺はそう覚えた。
須藤さんが言う。
「これからちょくちょくこの学校にお邪魔することになると思うし、よろしくね」
「こ、こちらこそ」
なんだか顔が熱くなるのを感じた。
……よく考えたら、女子とこうしてちゃんと話すのはめちゃくちゃ久しぶりだ。
と、今度は林さんが言った。
「亜久津くんは、なんで天文部に入ったの? やっぱりこの天文ドームがあるから?」
「ここの天体望遠鏡、凄いもんね。羨ましい!」
「えっと、俺は……」
「翔くん!」
そのとき大きく名を呼ばれて見れば、天文ドームから紫苑が顔を出していた。
「月面Xがキレイに見えるよ! 凄いからこっちおいでよ!」
と、俺よりも彼女たちが先に反応した。
「えっ!」
「私たちも見てもいいですか?」
「勿論だよ」
そして彼女たちは歓声を上げながら天文ドームの中に入っていき、俺は正直ホッとした。
(俺、こんなんで青春出来んのかな……)
「翔くんもほら早く!」
「うわっ」
いつの間にか近くにいた紫苑に腕を引かれ、俺はつんのめりそうになりながら天文ドームの中に入った。
やっぱり紫苑はいつもと変わらなかった。
(確かに「X」だ……)
半月……「上弦の月」という言い方をするらしいが、そのクレーターの縁に小さく「X」の文字が浮かび上がって見えた。
「ね、「X」って見えるでしょ」
望遠鏡を覗いていると背後から紫苑がテンション高めに言った。
「ああ」
「あと一時間くらいで見えなくなっちゃうんだって」
へぇ、と相槌をうちながら顔を上げ、俺も皆と同じようにスマホカメラで撮影した。
画像フォルダにこの間撮影した三日月と今回の半月が並んで、少し嬉しくなる。
(今度は満月も撮ってみてーな)
「一年生入ってきて良かったな」
「ああ」
そのとき他校の三年生、確か西野先輩と喜多川先輩が話しているのが聞こえてきた。
「これで廃部免れたな。俺たちも助かったぜ」
「もう少し人数集まれば安心して引退出来るんだけどな」
「あんな噂すぐに消えるし、これからもっと入ってくるだろ」
「ならいいけど」
(噂……やっぱりあの話だろうか)
思わず顔が引きつってしまう。
「先輩! その話、詳しく訊きたいんですけど」
そう声を上げたのは紫苑だった。
「え?」
先輩たちが踏み台に乗る俺たちを見上げた。
「ここに幽霊が出るって噂は本当なんですか?」
「お、おい」
単刀直入すぎるだろうとハラハラする。しかも他校の生徒もいる中で。
案の定、天文ドームの中がざわついた。先ほど俺に話しかけてきた女子ふたりも不安そうに手を繋いでいる。
すると喜多川先輩は特に焦るわけでもなく溜息を吐いた。
「なんだ。ふたりとも知ってたのか」
喜多川先輩のその反応を見て、俺はどっちだ!? と思った。
ガチなのか、ただの噂なのか。
「二年生に聞きました。そういう噂があるって」
紫苑が言うと先輩はもう一度大きく溜息をついてから呆れたように答えた。
「デマだよ。幽霊なんて出るわけないだろう?」
――デマ?
それを聞いて俺は一瞬、気が遠くなりかけた。
「どこの学校にもそういう噂はひとつやふたつあるだろ。七不思議的な。それがうちの場合この天文ドームだったってだけ。だから安心してくれていいよ」
そう喜多川先輩が笑顔で続けて、皆ほっとした様子だ。
勿論俺もほっとした。デマで本当に良かった。良かったのだが……。
(デマにあんなにビビってた俺、めちゃくちゃカッコ悪ぃじゃねーか!)
先ほどの自分を思い出して頭を抱えたくなった。
「良かったね、翔くん」
「!?」
耳元でぼそっと言われて見ると紫苑がにこにこと笑っていて。
(そうだ。そのせいでコイツにもあんな酷いことを……)
謝らなくてはと思うのに。
「次、僕ら見てもいい?」
「あ、はい!」
次に並んでいた他校の先輩に声を掛けられ、俺と紫苑は慌てて踏み台から降りた。
(二人きりになれたらすぐに謝ろう)
そして、そのチャンスはすぐに巡ってきた。
「月面X」が見えなくなり、急きょ参加組の生徒たちが帰ることになった。
見送りに紫苑と共に昇降口まで行くと、西野先輩が俺たちに真面目な顔をして言った。
「ここの天文部の命運はお前たちにかかっている」
「え?」
目を瞬いていると、西野先輩はにかっと人好きのする笑顔で続けた。
「なんてな。今日はありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「はい!」
紫苑が元気よく返事をして。
「亜久津くん、またね!」
「あ、ああ。また」
須藤さんと林さんから手を振られ、俺も手を振り返した。
ぞろぞろと帰っていく皆を見送っていると。
「須藤さんと林さん、だっけ?」
「え?」
見ると、紫苑が俺の方をじっと見ていた。
「ふたりとも可愛いよね~」
「そ、そんなんじゃねーから」
ふんと顔を逸らして、俺は廊下を歩き出した。
今9時頃だろうか。俺たちが使う廊下以外はもう真っ暗で少し寒気がした。
屋上への階段をのぼりながら、俺はハタと気付く。
(ふたりきり! 今がチャンスじゃねーか!)
俺は踊り場で立ち止まり、背後の紫苑を振り向いた。
「あ、あのな」
「なに?」
「さっきの、ことだけど……」
「さっき? ああ、デマって話?」
「あ、や」
「あれ、多分嘘だよね」
「は?」
思ってもみなかった返しに俺は呆けた声を出していた。
紫苑は口元に手を当て、まるで探偵のように続けた。
「だってさ、ただの噂にしては天文部員が何人も学校を休んだとか、やたら話が具体的だったし。喜多川先輩と西野先輩の話しぶりもなんか、もっと深刻そうっていうか」
紫苑は俺が固まっていることに気付いたのだろう。急にお道化た調子で言った。
「あ、ごめんね。翔くんを怖がらせたいわけじゃないんだけど」
「こ、怖がってなんか……っ」
またそう怒鳴りそうになってしまい、ぐっと堪える。
「……じゃあ、やっぱあの天文台には、で、出るっていうのかよ」
「うーん、なんかそういうのじゃなさそうな気がするんだよなぁ」
「はぁ?」
「僕もあの場で訊いちゃったのがいけなかったんだけど、また今度他に人がいないときに訊いてみようかなって」
そうして紫苑は階段を上り始めてしまい、俺は慌てて引き留める。
「あっ、ちょっと」
「え?」
肝心なことをまだ言えていない。
振り返った紫苑に俺は思い切って頭を下げる。
「さっきは悪かった!」
「え、なにが?」
「天文ドームに懐中電灯取りに行ったとき、俺、お前に酷いこと言って」
「僕、何か言われたっけ?」
「だ、だから、いつもうざいくらいに傍にいるくせに……とか」
もう一度口に出しながら、改めて酷いと思った。
顔を上げられないでいると、紫苑はふっと笑った。
「そんなこと言われたっけ?」
「言った。だから、マジでごめん」
「あのとき翔くんとにかく可愛くてキュンキュンしてたから全然気づかなかったや」
「……は?」
何やら意味のわからないことを言われた気がして顔を上げると、紫苑がにこにこと笑っていた。
――きゅんきゅん?
「大丈夫だよ、そんなの気にしなくて。翔くんは真面目だなぁ。ますます好きになっちゃいそ」
「……あ、あのなぁ。俺はガチで悪いと思って」
「僕だってガチだよ?」
(???)
俺が眉間に思いっきり皴を寄せていると、紫苑がこちらに戻ってきて俺のすぐ目の前に立った。
ここまで至近距離になると見上げなければ紫苑の顔が見えなくて、不本意ながらも顔を上げた、そのときだった。
――え?
紫苑の顔が、くっつきそうなくらい近くにあった。
いや、くっつきそう、ではない。一部分が完全にくっついた。
それは、お互いの唇。
ちゅっ、と音を立ててそれが離れていく。
「これで、伝わったかなぁ」
呆然としている俺に、奴はいつもの調子で言った。
「さっきの女の子たちに嫉妬するくらいには、僕、翔くんのことが好きだよ」



