元ヤンの俺、陰キャに懐かれる。


 そして、あっという間に金曜日が来てしまった。

「他校からは今のところ5人参加だって」
「5人か……思ったより少ないな」

 紫苑の話を聞いてコロッケパンを食いながら俺はぼやく。
 今日はいつものカツサンドが売り切れだったのだ。

(俺らと顧問の先生入れて10人行かないのか)

 どうせならもっと多人数でわいわいやりたかった。そうすれば気が紛れるのに。

(……まさか、他校にまであの話が広まってんじゃないだろうな)

 そしてまたあの話を思い出してぞくりとした。
 なるべく思い出さないようにしていたのに。

 ちなみにあれから夜は電気つけっぱなし、好きな音楽を大きめにかけっぱなしで寝ている。
 これだからオカルト系の話は聞きたくないのだ。

 天文部にはあれから顔を出せていなかった。
 断じてビビっているからではない。普通にバイトだったからだ。今日交代してもらった分もある。

 だからこうして紫苑から天文部の話を聞いているわけだ。
 今日の持ち物も紫苑がメッセージで送ってくれた。
 懐中電灯など急遽用意できなかった物もあったが、予備があるから大丈夫だと言われた。

 ……紫苑は昨日も喜多川先輩とあの天文ドームの中に入ったらしい。
 本当に気にしていないというか、全く信じていないのがわかって少し悔しかった。

「でも、今夜天気良さそうで良かったね」

 紫苑が箸で肉団子を摘まみながら窓の方を見た。
 ここ数日、暑いくらいの晴天が続いている。

「雨だったら、やっぱ中止だったのか?」
「そうみたい。曇が厚いとさすがに星も見えないし、望遠鏡が濡れたら大変だし」
「そりゃそうか」

 あの天体望遠鏡がいくらくらいするものなのか見当がつかないが、雨に濡れてしまったらマズイことはわかる。

「で、俺たちは何をするんだ?」

 コロッケパンを食い終わり、牛乳パックを手に取りながら訊く。

「先輩のサポートだって。でも普通に楽しんで欲しいって言ってたよ」

 サポートと言われても何をしたらいいか全然わからない。
 先輩もそこはわかっているだろう。

 それともうひとつ、一番気になっていることを訊く。

「今日はどこで寝るんだ? 部室?」
「屋上だって」

 ギクリとする。

「屋上って……」
「寝るっていうか、屋上に皆で寝転がって夜通し空を観察するんだって。楽しそうだよね!」

 ということは、あの天文台の中で寝るわけではなさそうだ。

「そうだな」

 内心ホッとしていると紫苑が笑顔で続けた。

「天文ドームの中で寝るわけじゃないから大丈夫だよ」

 ひくっと口元が引きつり、俺は紫苑を睨みつける。

「なにがだよ」
「ううん、別に? ほんと楽しみだよね〜」

 ……こいつ、絶対わかってて言ってやがる。

 前の俺なら確実にキレていたところだが、なんとか堪えてストローで牛乳を吸いながらパックを握りつぶしていく。

(アンガーマネジメント~~っ)

「――あ、そうだ。翔くん夕飯はどうする?」
「あ゛ぁ?」

 少々ガラの悪い声が出てしまったが、紫苑は特に気にする様子なく続けた。

「先輩は家が近いから一度帰って食べてくるって。僕はそこのコンビニ行くつもりだけど」
「……」

 観測会は19時からで俺たちは18時半に部室に集合だ。
 アパートまで遠いわけではないが、誰かが夕飯を作ってくれるわけでもないし一度帰るのは面倒だ。

「俺もコンビニだな」
「ならあとで一緒に行こうよ!」
「……ああ」

 俺はため息を吐きながら頷いた。

 ……最近わかってきたことだが、こいつには俺の睨み、いわゆるガン飛ばしが全く効かない。
 中学の頃は俺が一睨みするだけで皆逃げていったというのに。
 よほど俺のことを信用しているのか、それともよほど鈍感なのか。

 ――どちらにしても、コイツといるとどうも調子が狂う。



「やっぱりここ来ると思い出すなぁ、翔くんの勇姿」

 放課後、夕飯を購入してコンビニから出ると例の路地の方を見ながら紫苑が言った。

(勇姿って……)

 そんなふうに言われると妙に恥ずかしくて俺は先を行く。

「さっさと忘れろ」
「忘れられないよ。だってめちゃくちゃカッコよかったから」

 後ろからそんな声が追ってきてぴくぴくと顔が引きつる。
 ……こちらをバカにしてきたかと思えば、こうして持ち上げてくる。

(俺をどうしたいんだコイツは)

 それでもカッコいいと言われるとまんざらでもなくて。

「だからやめろって」
「もうね、一目惚れってやつ?」
「……は?」
 
 ありえない言葉が聞こえた気がして振り返ると、紫苑はいつものように笑っていた。

(ひとめぼれ……?)

「あのとき絶対仲良くなりたいって思ったんだ。だからクラスが一緒で、ほんと運命感じちゃったよね!」

 暫しぽかんとして。
 はぁ〜と長めのため息を吐きながら脱力する。

(ほんとにコイツは……)

「翔くん?」

 俺は前に向き直って再び歩き出す。

 ――不覚にも少し火照ってしまった顔を見られたくなかった。

「そういうこっ恥ずかしい台詞は女子に言え、女子に」
「えー、でも僕本当に」
「あーー! うるせーー! なんも聞こえねーーーー!」

 耳を塞ぎながら空を見上げると白い月が浮かんでいた。
 と、紫苑はそんな俺の横に並んでこちらを覗き込んできた。

「そういえば、なんで翔くんてあんなに強いの?」
「あ?」
「なにか格闘技習ってたとか?」
「別に、なんも習ってねーよ」

 ヤンキー漫画や映画は好きでよく見ていたが、それのほぼ見様見真似である。

「えー! それであんなに喧嘩強いんだ。やっぱ凄いなぁ」

 感心したように言われて俺はそっぽを向きながら言う。

「別に、俺より強い奴なんていくらでもいるし」

 そう。俺なんてただ田舎の狭い世界でイキってただけだ。
 それも今となってはただの黒歴史だ。

「なんで強くなろうって思ったの?」
「……憧れてる人がいて」
「憧れ?」

 そこでハっと我に返る。
 こんな話、コイツにしてどうするんだ。

「なんでもねーよ! てかお前、他の奴がいるとこで喧嘩の話とか絶対すんなよ!」

 睨み上げ念押しすると、紫苑は「わかってるよ~」と緩く答えた。
 ……本当にわかっているのだろうかと不安に思いながら、俺はもう一度溜息を吐いた。



 ジャージに着替えて集合時間の少し前に地学室を覗くと、喜多川先輩が何やらひとり慌ただしくしていた。

「ちわーっす」

 俺が声を掛けると、先輩は勢いよくこちらを振り向いた。

「翔くん!」
「すいません、なかなか顔出せなくて」
「いいよいいよ。あれ、紫苑くんは?」
「あいつは今トイレに」
「そっか。ごめん、来て早々悪いんだけど、ちょっとお願いがあるんだ」

 言いながら先輩がこちらに駆け寄ってくる。

「なんすか?」
「実は急きょ参加人数が増えることになってね、予備の懐中電灯が天文ドームの中にあるから取ってきて欲しいんだ」
「え……」

 天文ドームと聞いてドキッとする。

「ぼくはこれから増えた分のプリントを印刷しに行かなきゃだから」

 先輩は俺に鍵束を見せながら早口で説明していく。

「これが屋上の鍵で、こっちが天文ドームの鍵ね。タグに書いてあるからわかると思うけど。懐中電灯はこの間僕が操作してたパソコン台の下のクリアケースの中に入ってる。3本あればいいかな。なるべく急ぎで頼むよ」
「りょ、了解ッス!」

 まさか無理ですとは言えず、俺は鍵束を受け取り駆け足で地学室を出た。

(マジかよ……っ)

 廊下を走りながら独り言ちる。
 廊下はまだ電気がついていて明るいが、窓の外はもう真っ暗だ。

(こういうときに限って紫苑はいねーし!)

 そろそろ戻ってくるんじゃないかと振り向こうとして、俺はブンブンと首を振った。

(アイツがいたからってなんだ。ひとりで全然余裕だっつーの!)

 俺は気持ちを奮い立たせ、屋上への階段を駆け上がった。

 ――が。

(うっわ……)

 屋上に出て俺は顔を引きつらせた。
 この間来たときとは違い、夕闇の中屋上に佇む天文ドームはまるで暗黒の城のような悍ましい雰囲気を漂わせていた。
 ゴクリと喉を鳴らして俺はそちらへと足を向ける。

(懐中電灯を取ってくるだけだ。すぐだ、すぐ!)

 日中は日差しが暑いくらいだが、この時間になるとさすがに風が涼しく感じられた。
 天文ドームの前に着いて、俺はさっき預かった鍵束の中からタグに「天文ドーム」と書かれた鍵を見つけ扉の鍵穴に差し込んだ。
 ガチャリと鍵が外れた音がして恐る恐る扉を開けていく。

 中は本当に真っ暗闇だった。

(……電気、電気どこだ?)

 片足だけ中に突っ込んで入口付近を見回すがそれらしきスイッチが見当たらない。
 仕方なく俺はポケットからスマホを取り出しライトを付けた。

(っしゃ、行くぞ)

 覚悟を決めて中に入る。
 先日先輩が使っていたパソコン台の下だと言っていた。
 足元をライトで照らしながら、なるべく暗闇を見ないようにそちらの方へと向かう。

 ――バンっ!!

「っ!?」

 そのとき背後で急にそんな大きな音がして心臓が飛び上がった。
 扉が勝手に閉まったのだ。
 途端、視界が闇に閉ざされた。

(えっ、なんで……あ、あれ、スマホは?)

 どうやら今びっくりした拍子に落としてしまったらしい。
 しかも最悪なことにライトも消えていて。
 その場に膝を着いて手探りでそれらしきものを探すが見つからない。

(嘘だろ……?)

 ドクドクと心臓の音がやけにデカく聞こえる。

(というか、なんで扉が勝手に閉まったんだ)

 はぁ、はぁ、という荒い呼吸が自分のものではないように聞こえる。

(き、きっと風のせいだ)

 そうに違いない。そうであってくれ。
 だってそうじゃなかったら、なんのせいだっていうんだ。

 ――このときの俺は、半ばパニックに陥っていた。

 そして、今一番思い出したくない声が頭に響く。


『 あの天文台に、昔あの中で死んだって生徒の幽霊が出るらしくて 』


 ざわっと全身の毛が逆立った気がした。

 ――そのとき。

 ガチャっ、という音がして今度こそ心臓が止まるかと思った。
 次いで、ギィっと音を立てて扉が開いていく。

「翔くん?」
「……し、おん……?」

 顔を覗かせたのは紫苑だった。

「大丈夫? 真っ暗な中で何してるの?」

 パッとドームの中が明るくなって、一瞬目がくらんだ。
 紫苑が電気のスイッチを入れたらしい。
 奴は躊躇なく中に入ってきて俺の前にしゃがみ込むと首を傾げた。

「先輩が翔くんにおつかいを頼んだっていうからさ。きっと翔くんひとりじゃ心細いかなーと思って来たんだけ、ど……?」

 俺はそんな紫苑の肩口にトンっと額を押し付けていた。

「翔くん?」
「…………った」
「え?」

「すっげー怖かった!!」

 気付けばデカい声で叫んでいた。

「電気どこだかわからねーし、いきなり扉閉まるし、スマホはどっか行っちまうし、ガチで詰んだと思った!」
「ちょっ、翔くん落ち着いて」

 言われて俺はガバっと顔を上げる。

「なんでお前いねーんだよ! いつもうぜーくらい傍にいるくせに、こういう肝心なときにいねーとかマジふざけんな!」

 そこまで一気に捲し立てると、紫苑は困ったような顔で俺の頬に手を当てた。

「ごめん、翔くん。そんな泣かないでよ」

 指で目元を拭われて、そこで俺は急に我に返った。

 紫苑のいつもは前髪で隠れた両目が、やたらと近いことに気付いて。

 カーっと顔が熱くなっていく。

「――な、泣いてなんかねーし!」

 ズレてしまったメガネを直しながら勢いよく立ち上がる。

(な、なにやってんだ俺ーーっ!)

 慌ててパソコン台の方に向かい、その下に置いてあったクリアケースを引っ張り出して開け、中から言われた通り懐中電灯を3本手に取った。
 クリアケースを元に戻して立ち上がると目の前にスマホが差し出された。

「はい、踏台の下に入り込んじゃってたよ。あ、僕も持つよ懐中電灯」
「わ、わりぃ」
「画面、割れてない?」
「……大丈夫そうだ」

 小さく言いながら俺はスマホをポケットに仕舞い、先に天文ドームを出た。

 ……恥ずかし過ぎて、情けなさ過ぎて、紫苑の顔をまともに見ることが出来なかった。