(すげぇなぁ)
その日の夜、俺はベッドに仰向けになってスマホ画面に写る大きな月を見上げていた。
何度見てもすげぇという感想しか出てこない。
これを今日自分が撮影したなんて思えなかった。
これまでもスマホで月を撮影したことはあるが、いつも小さすぎて萎えていた。
(ブラックホールとかも撮れたりするんかな)
金曜の夜間観測会が今から楽しみだった。
――あの後すぐにバイト先の店長に連絡して、なんとか参加できることになったのだ。
天文部なんて今朝まで全く考えていなかったのに、まさかこんなにもワクワクするなんて思わなかった。
他校の生徒も集まってくると言うし、新たな出会いもありそうだ。
(なんか、そこはかとなく青春の香りがしてきたぜ)
と、ピコンと通知が鳴った。
紫苑からのメッセージだ。
あいつは学校で話すだけでは飽き足らず、よくこうしてメッセージを送ってくる。
『今日は一緒に見学行ってくれてありがとう! 翔くんと天文部に入れて嬉しいな。部活でもよろしくね!』
それを見て、自分の眉間に皺が寄るのがわかった。
――そうだった。
結局、紫苑と同じ部活に入ることになってしまった。
(あ〜、部活でもあいつと一緒か〜〜)
しかもこのままではあの先輩と3人。
先輩が引退してしまったら、紫苑と俺のふたりきりになってしまう。
(こうなったらもう自分で部員を増やすしかねぇ)
俺のように天文部に興味持ってくれる奴が必ずいるはずだ。
紫苑も言っていたがあんなに凄い天体望遠鏡があるのにガチで勿体ない。
(よし、早速明日クラスの奴に声かけてみよう!)
――しかし、そう上手くはいかなかった。
「悪い、俺バスケ部だから」
「部活入る気ないんだ〜」
「放課後は塾があっから、すまん!」
勇気を出してクラスの色んな奴に声をかけてみたが、大体こうして断られた。
更には、天文部と聞いて妙な反応する奴もいて。
「天文部!? いや〜、俺は別に星とか興味ないから」
顔を引きつらせてソッコー去っていくやつ。
「無理無理! 暗いのとかオレガチで無理だし!」
ぶんぶん首を振って大袈裟に拒否るやつ。
そんな反応を見て、俺は紫苑と顔を見合わせた。
「なんかさー、天文部怖がられてない?」
昼休み、紫苑がいつものように俺の机で弁当を食いながらぼやいた。
今日のメインのおかずは唐揚げみたいだ。
ちなみに俺は今日も購買のカツサンドである。
「そんな感じだな」
「何が怖いんだろ。確かに喜多川先輩最初ちょっと怖そうだったけど、いい人なのになぁ」
「星とか宇宙に興味ない奴にはすげぇ冷たいとか?」
ん〜、と紫苑が天井を見上げる。
「2年の先輩がひとりもいないっても変だよねぇ」
「……なんか問題起こしたとか」
「ん~、喜多川先輩に訊いてみる?」
「何か問題起こしたんスかって?」
「訊きにくいよねぇ〜」
また天井を仰ぎ少しの間唸ったあと、紫苑は俺を見た。
「2年生に訊いてみよっか」
「誰か知り合いいんのか?」
「いないけど、誰でもいいし」
「別に、そこまでしなくても」
「でも、気になるじゃん!」
確かに気にはなるけれど。
すると紫苑は残っていた弁当の中身を急いでかっ込み始めた。
「ごちそうさまでした。よし、行ってみよう!」
「は? どこに」
「2年生の教室!」
紫苑は天井を指さした。
「は? 天文部?」
2年生の教室のある2階の廊下で紫苑が声をかけると、少々強面のその先輩は思いっきり怪訝そうな顔をした。
いきなり見知らぬ後輩から声を掛けられたのだ。きっと「なんだこいつら」と思われているのだろう。俺ならそう思う。
それでも紫苑は気にせず続ける。
「はい。天文部ってなんで人気ないのかなと思って」
(陰キャな見た目して、結構グイグイいくよなぁ)
思えば俺のときもそうだったし、喜多川先輩に対してもそうだった。
他人に話しかけるのに全く躊躇がないようだ。
しかもよりによって、なぜこの少々いかつい先輩を選んだのか。
(陰キャなのは見た目だけで、実はコミュ力高いのか……?)
俺がそんなことを考えている間も、紫苑はその先輩に話しかけていて。
「なにか、悪い噂とかあるんですか?」
「悪い噂っつーか……」
「なになに、お前らあの天文部に興味あんの?」
そのとき別の少々チャラい見た目の先輩が、いかつい先輩の肩口からぬっと顔を出して俺たちを見回した。友達だろうか。
それより。
(あの?)
「はい。昨日入部したんですが」
……厳密に言うと俺はまだ入部届けは提出していないが。
そう紫苑が言った途端、その先輩たちは揃って目を丸くした。
「は? もう入部しちゃったの? あの天文部に!?」
「うっわ」
そんな反応に俺たちは再び顔を見合わせる。
「あのって、どういうことっスか? やっぱり何かあるんスか」
流石に俺も訊くと、その先輩は急に据わったような目つきをした。
「……出るんだよ」
「出る?」
先輩は胸のあたりに上げた両手をおいでをするように折り曲げた。
「お・ば・け」
「――っ!?」
危うく悲鳴を上げるところだった。
しかし紫苑は呆れたように言う。
「お化けって……先輩、僕たち真面目に聞いてるんですが」
「ガチなんだって!」
そうして、そのチャラい見た目の先輩は真面目な顔で教えてくれた。
「あの天文台に、昔あの中で死んだって生徒の幽霊が出るらしくて」
廊下の窓から見える天文ドームを指差しながら先輩は続ける。
「去年、その幽霊を見たって天文部員の奴らが揃って体調悪くして学校休んだんだよ」
「だからその幽霊の呪いだって、皆近寄らなくなったわけ」
聞いていて背中がゾワゾワした。
……何を隠そう、俺はお化けとか幽霊とかそういう所謂オカルト系の話が大の苦手なのである。
(ってか俺、昨日天文台入っちまったじゃねーか!)
それに、金曜には夜間観測会がある。
またあの天文台の中に入るのだ。しかも夜に。
(そういや学校に泊まるって、まさか、あの天文台の中で寝るんじゃねーよな)
「翔くん、信じる?」
「えっ!?」
階段を下りながら訊かれてびくっと肩が飛び上がってしまった。
「だから、幽霊の話。信じる?」
「ゆ、幽霊なんて信じるわけねーだろ!?」
平静を装い鼻で笑うようにして答えると、紫苑は踊り場で足を止めた。
「あれ、もしかして翔くん幽霊ダメな人?」
ぎくーっ!
(なんでバレたし!?)
幽霊にビビってるなんて、そんなこっ恥ずかしいこと絶対に知られたくないのに。
特にコイツには、これ以上弱みを見せたくないというのに。
「な、なに言ってんだ! 俺が幽霊ダメとかあああありえねーし!」
「あ、翔くん後ろに誰か」
「ギャーー!!」
背後を指差され、俺は思わず叫んで紫苑の後ろに回り込んでいた。
紫苑の肩越しに恐る恐るそちらを見て、自分と目が合った。
「……は?」
踊り場の壁に取り付けられた大きな姿見に、俺たちが映っていた。
「ごめん、鏡だったね」
そう言って、紫苑はこちらを振り向いた。
前髪に隠れたその目がにんまりと笑っているのを見てカッとなる。
「っざけんなよ!」
その肩をバシッと叩いて俺は先に階段を駆け下りた。
周囲にいる奴らの視線を痛いほどに感じながら。
(くそっ、思いっきり恥かいた!)
顔が赤いのが自分でわかる。最悪だ……!
「いってて……ごめん翔くん、待ってよー!」
「うるせー!」
パタパタとすぐに後ろに追いついてきた紫苑が言う。
「でも翔くん、UFOは好きなのに幽霊はダメなんだ?」
「UFOと幽霊は全然ちげーし!」
そう怒鳴って振り返り、にこにこしている紫苑を見てハッとする。
……またも墓穴を掘ってしまった。
「大丈夫だよ。幽霊なんていないから」
「〜〜っ、なんでそんなことわかんだよ」
「だって僕見たことないし」
「それはお前が霊感ないからだろ? 鈍感そうだしな」
「酷いなぁー。じゃあ翔くんはあるの? 霊感」
「知らねーよ!」
前に向き直って足早に教室へと向かう。
……見たことはない。
見たことはないけれど、見えないだけでその辺にいるかもしれないじゃないか。
だから怖いんじゃねーか!
「大丈夫だって。本当に呪いがあるならなんで喜多川先輩は平気なの。夜間観測会には他校の生徒も参加するって言ってたし」
「……」
そんな奴を無視して教室に入り自分の席に着くと、紫苑は俺の横に立って言った。
「翔くん」
「んだよ。うるせーな」
「夜間観測会、参加するんだよね?」
「……っ」
有無を言わせない圧みたいなものを感じて、俺はキっと奴を見上げた。
「参加するって言ってんだろ!」
つい、俺はそう答えてしまっていた。



