「翔くーーん!」
「翔くん!」
「翔くん、ねぇ聞いてる?」
……もう、勘弁してくれ。
俺は聞こえないふりを決めこみ、ぐったりと机に突っ伏していた。
入学初日、ほぼ無理やりなかたちで「友達」になった紫苑は、それから常に俺の傍にいる。
朝はいつも最初に出会ったコンビニ辺りで俺を待ち伏せていて、そのまま一緒に登校。
教室でも最初の席替えが自由決めだったために、コイツは俺の前の席をソッコー陣取ってきた。
だから休み時間になるといつもこうして振り向いて話しかけてくるし、昼休みもこいつは俺の机で自分の弁当を広げて食べるのだ。
一度、流石にうざくなってトイレに行くふりをして一人清々と中庭で昼飯を食おうとしたことがあった。
しかし。
「翔くん、こんなトコにいたんだ! たまには外で食べるのもいいよね!」
とか言って現れ、結局ベンチで並んで食べる羽目になった。
(カップルか!!)
中庭のベンチでふたり並んでランチ。
これは俺が彼女としたかったシチュエーションである。
断じて、こんなモサい陰キャくんとするつもりはなかった!
本当にこいつは俺がどこにいても目ざとく見つけてくる。
GPSでも付けられているのかと一度本気で制服やバッグの中を探してみたがそれらしきものは見つからなかった。
何より最悪なのは、コイツがいつも傍にいるお陰で未だに他の友達がひとりも出来ていないことだ。
4月も半ば。クラスの中はすでに大体のグループが出来上がっていて、おそらく俺たちはその中でニコイチ扱いされている。
しかもおそらくは陰キャ同士の二人組だと思われているのだろう。
少しでも真面目に見せたいと考えた眼鏡キャラだったが、やめときゃ良かったと今では後悔している。
(あぁ〜、俺のキラキラな青春がどんどん遠のいていく……)
「ねえ、翔くんってば」
俺がこんなことを考えているとも知らずに、能天気そうに何度目か声を掛けられ俺は突っ伏したまま唸るように応える。
「んだよ……」
「翔くんはさ、部活どうするの?」
「部活〜? そんなん帰宅部に決まって……」
がばっと俺は起き上がった。
(そうだ、まだ部活があるじゃねーか!)
キラキラな青春といえば部活!
中学の頃は部活なんて面倒だと帰宅部だったけれど。
(部活に入れば、そこで新たな仲間が出来る!)
――いや、しかし。
(放課後はバイトがあるしな……)
そう。俺はアパート近くのコンビニで放課後バイトをしている。
生活費を稼がなくてはならないからだ。
でも例えば活動が週に2、3回くらいの部活ならなんとかなるかもしれない。
(まだ俺のキラキラな青春は終わってない!)
「どうしたの?」
急に起き上がった俺を見て紫苑が目を丸くしていた。
「あ、いや……俺は帰宅部、かな」
咄嗟に俺は嘘をついていた。
……なんとなく、今俺が部活の話をしたらコイツは「じゃあ、僕もその部活にしよ!」とか言い出しそうな気がしたのだ。
悪いが、部活までコイツと一緒なんてマジ勘弁である。
「そうなんだ? 翔くんスポーツなんでも出来そうなのに」
「そ、そんなことは……まぁ、あるけどよ」
ふいに褒められ口元が緩んでしまった。
運動神経には自信がある。大抵の運動部なら行ける気はしている。
が、今はそんなことでニヤけている場合ではない。
「そう言うお前はどうすんだよ、部活」
もし紫苑が既に決めているとしたら、その部活は絶対に避けねばならない。
「うーん、まだ考え中だけど、翔くんが帰宅部にするなら僕も帰宅部にしよっかなー」
「そこは一緒にする必要ねーだろ!」
思わず鋭くツッコミを入れていた。
紫苑がパチパチと目を瞬いて、流石に強く言い過ぎたかと思ったが、奴はなんでもないように笑った。
「えー、だって翔くんがいない部活なんて楽しくなさそうだし」
「!」
そんなふうに言われて俺は目を見開いた。
(……こいつ、どんだけ俺のこと好きなんだよ)
最早呆れ果てて、俺はハァ〜と大きなため息をついてまた机に突っ伏した。
――それから数日、俺はどの部活に入ろうか頭を巡らせた。
紫苑は背は高いが見るからに鈍くさそうなので、入るとしたら文化部だろう。
俺は部活に入るなら絶対に運動部だ。
しかし、野球、サッカー、バスケ、バレーなどの人気どころは大体小中の頃からやってきてる奴らが入るだろうし、そこに今から入るのは少し勇気がいる。
それにバイトとの両立が難しそうだ。
腕っぷしが強い奴が入る部活は、と検索して出てきたのは空手、柔道、ボクシング。
この中で一番気になったのはボクシングだが、残念ながらこの学校にボクシング部はない。
数日前体育館で行われた部活動紹介では、応援部やダンス部もなかなかカッコよかった。
(う〜ん、迷うな)
いくつか体験入部してみて決めるのもありかもしれない。
……そう考えていたのに。
「ねぇ翔くん、一緒に天文部入らない?」
「は?」
購買でゲットしたお気に入りのカツサンドを食っているときだった。
いつものように俺の机で弁当を食べていた紫苑に軽い調子で訊かれ、俺は眉を寄せた。
「てんもん?」
「そう、天文部」
あまりに自分の中に無さ過ぎて、瞬間その漢字が浮かばなかった。
天文部。
確か、星を観察したりする部活だ。
(思いっきり文化部じゃねーか)
「だから俺は帰宅部だって。入りたけりゃお前だけ入ればいいだろ」
「えー、ちょっと見に行くだけだから」
「いーやーだ」
きっぱりと断る。
星なんて、俺は全く興味な……くもない。
宇宙とか、ブラックホールとか、UFOとか、そういう類の話は嫌いじゃない。
寧ろ昔はよくそんな動画を好きで見まくっていた。
だがしかし、部活に天文部を選ぶほどではないし知識もない。
それに何より。
(部活までお前と一緒はゴメンだっつーの!)
「でもこの高校プラネタリウムがあるみたいだし、なんか凄い望遠鏡もあるんだって!」
「へぇ〜」
生返事で答える。
「夏にはみんなで星の綺麗な場所に合宿行くみたいだし」
「へぇ〜」
「だからね、そこで結構カップルが誕生したりするみたいだよ」
「へ、へぇ……」
カップルと聞いてほんのちょっとだけ気持ちがぐらついてしまった。
「夜空をふたりで見上げてさ、女の子そういうの好きそうだもんね」
「そ、そうだな」
確かに、そういうシチュエーションは悪くない。
めちゃくちゃ青春ぽい。
「そういえば、翔くんて彼女いるの?」
「うぐっ」
唐突に訊かれて食べていたカツサンドが喉に詰まりかけた。
慌ててパックの牛乳を飲んでから小さく答える。
「……いねーよ」
「そうなんだ? 地元とかにいるのかと思った」
「悪かったな」
……彼女なんて出来るどころか、まともな女子はみんな俺を怖がって近寄っては来なかった。
「別に悪くないよ。僕だっていないし」
だろうな、と心の中で思っていると紫苑は笑った。
「前はいたけどすぐに別れちゃった」
「――は?」
……今、なんて?
聞き間違えだろうか。
前はいたけど、と聞こえた気がしたが。
恐る恐る訊ねる。
「お前、彼女いたことあるのか?」
「ちょっとの間だけどね。翔くんだって彼女くらいいたことあるでしょ?」
……“彼女くらい”、だと?
それを聞いて、俺は思わず口走っていた。
「そりゃ、いたことあるに決まってんだろ!」
「だよねー。翔くん強いしカッコいいし、女の子が放っておかないよね!」
「ま、まぁな!」
口元が引きつってしまわないようなんとか笑顔を作る。
……まさか、紫苑に彼女がいたなんて。
今はいないにしても、なんという敗北感。
悔しい、というよりそんな己が情けなかった。
紫苑が弁当のたまご焼きを食いながら言う。
「そういえばさ、この間の部活紹介の時、天文部可愛い先輩多くなかった?」
「……そうだったか?」
「翔くんて、先輩からもモテそうだよね」
「そ、そうか?」
「うん。天文部入ったら、翔くんきっとモテモテだよ」
「……ったく、仕方ねーな。ちょっと見学に行くだけだからな」
「やった! じゃあ早速今日の放課後行ってみようよ!」
……なんだか紫苑にうまく乗せられたような気もするが、こうして俺は天文部の見学にいくことになったのだった。



