元ヤンの俺、陰キャに懐かれる。


「明日、どこか遊びに行かない?」
「え?」

 そう紫苑に訊かれたのは、金曜の朝だった。

「僕、夏服買いたいなーと思ってて。その後カラオケとか行ってもいいし」

 そういえば、学校ではいつも一緒にいるが、まだ紫苑と出かけたことはない。
 確かに俺も夏服はそろそろ欲しいと思っていた。

 ちなみに天文部恒例の夜間観測会は日曜日を予定している。
 翌日が月曜日のため泊まりではないが、丁度満月ということでまた他校の天文部員たちも集まって来るらしい。
 今のところ天気は良さそうだ。

「ああ、いいな。でも夕方からバイトだから、そんなに長くはいられねーけど」
「ほんと!? やった! 翔くんと初デートだ!」
「デ……っ、普通に遊びいくだけだろ」

 少し顔が熱くなるのを感じつつツッコミを入れると、紫苑はそれでも嬉しそうだった。

「明日が楽しみだな!」

 ……俺も、友達と遊びに行くなんてのは小学生ぶりだ。
 「デート」はさておき、普通に楽しみにしていた。


 ――なのに。

 当日、待ち合わせ場所にした例のコンビニに、あいつはなかなか現れなかった。
 スマホで時間を確認すると、待ち合わせ時刻の11時から既に15分が過ぎていた。
 と、そのとき丁度ピロンっとメッセージが届いた。紫苑からだ。

『ごめん! 寝坊しちゃって、すぐに行くから待ってて! ほんとごめん!』

 一緒に何かのキャラクターが必死で謝っているスタンプが送られてきた。

「寝坊かよ」

 そう溜息を吐いて。でも俺はそこで思いついたのだ。こちらから出向いてやろうと。
 いつもこちらが驚かされてばかりだから、たまには驚かせてやろうと思ったのだ。
 そして俺は前に聞いていた紫苑の住んでいるアパートへと向かった。

 5分ほど歩いて。

(確か、この辺り……)

 そう思いながらいくつか並んでいる集合住宅を見回していると。

「じゃあね、紫苑!」

(紫苑?)

 声のした方を振り向くと、俺のボロアパートとは真逆の新しく洒落た雰囲気のアパートの2階に、紫苑の姿があった。
 そして俺は目撃してしまったのだ。
 紫苑と綺麗な女性が熱いハグを交わすところを。

「――は?」

 口から呆けた声が漏れ、俺は思わず近くのブロック塀に貼り付き身を隠していた。

「また連絡してね!」
「わかったよ」

 そんな会話のあとに外階段を下りてくるコツコツというヒールの音がして、俺は慌ててその場から逃げた。

(なんだあれ。なんだあれ。……え?)

 来た道を戻りながら、頭がパニック状態だった。
 だって、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。

 でもあいつは……。

(あれ? 俺、あいつから告られたよな?)

 もう一ヶ月くらい前だけれど、確かに俺はあいつから「好きだよ」と言われた。
 そしてキスをされた。3回も。……最近は、されていないけれど。

(じゃあ、あれか? もう他に好きな子が出来たってことか)

 ――そうだ。
 俺はきっぱりとあいつを振ったわけだし。
 俺は、あいつと普通の友達でいられたらいいと思っていたわけだし。

(……なんだ。別になんも問題ねーじゃねーか)

 ちょっと切り替え早ぇなとは思うけれど、あいつを振った俺にそんなことを言う資格はない。
 むしろ、これでもうあいつからキスとかされなくて済むわけだし。
 望み通り、これで普通の「友達」になれるわけだし。

 ……なのに。

(なんでだ?)

 なんでこんなに、胸がざわざわするんだ……?



「ごめんね! こんなに遅れちゃって」

 紫苑がこちらに走ってくる。
 結局、30分超の遅刻だ。

(あの綺麗な姉ちゃんとイチャコラしてなけりゃ、もっと早く来られたんじゃねーの)

 そんなふうに言ってやりたかったが、俺はふいと視線を逸らし歩き出した。

「いいから、行くぞ」
「うん!」

 そうして俺たちは最寄り駅へ向かった。
 そこから電車に乗って、古着屋にでも行こうと昨日話していたのだ。

 紫苑はいつも通り明るくて、息つく間もなくしゃべり続けていた。
 それに適当に相槌をうちつつも俺の頭の中は先ほど目撃したシーンでいっぱいで。

 ……いつからだろう。
 いつから、紫苑はあの女性と付き合い始めたのだろう。
 紫苑は以前にも彼女がいたと話していた。

(見た目に寄らず、女たらしなのか?)

 ……いや、いつも前髪で顔半分隠しているけれど、こいつが何気に整った顔面をしていることを俺は知っている。
 背はあるし、前髪を上げてきちんとセットすれば紫苑は確実にモテる。学校ではまだ誰も気づいていないけれど。

 きっと、あの女性はそのことを知っているのだ。
 一人暮らしの部屋に出入りするくらいだ。きっと既に親密な関係なんだろう……。
 つい想像してしまい顔が赤くなりそうになって慌てて振り切る。

(……でも、じゃあなんだって俺なんかに告ったんだよ)

 男女構わずなのか?
 そこまで考えて。

『 学校行っても、僕がつまらないから 』

 そんな、あいつのあの台詞が蘇った。

 ――ああ、そっか。

 学校がつまらねーから、俺で遊んでたってわけか。

 ストンと腑に落ちた。

 それで、新しい彼女が出来たから俺はもう要らないってわけか。
 散々、人を振り回しておいて、俺のファーストキスまで奪っておいて。

 そうとわかったら遅れてムカムカ腹が立ってきて、俺は駅の改札前で足を止めた。

「翔くん?」
「……やっぱ、俺。帰るわ」
「え!?」

 踵を返し来た道を戻る俺の後を紫苑が慌てた様子で追いかけてくる。
 
「なんで、急にどうしたの?」
「……なんか、気持ち悪ィ」
「え!? 大丈夫?」
「いいから、ついて来んな」
「そんな、送ってくよ。あ、薬とか買ってく?」

 そんな俺を心配する声が、やたらと煩く感じて。

「――いいって言ってんだろ! もう俺に構うなよ!!」

 振り返り怒声を上げると、紫苑はその前髪の奥の目を大きく見開いた。

「翔、くん……?」

 周囲の視線をちらちらと感じて、俺はそのまま紫苑を置いて駆け出した。

 恥ずかしくて、ムカついて、惨めで、なぜか涙まで出てきそうで。

 俺は家までひたすら走った。 

 それから帰宅してからもずっと落ち着かなくて、その後のバイトが丁度いい気分転換になった。

 ……しかし、明日は夜間観測会がある。また紫苑と顔を合わせることになる。
 それまでにこの怒りと、モヤモヤした気持ちが、すっきりと晴れるといいと思った。



「あー、行きたくねー」

 朝からずっとベッドでゴロゴロしていた俺は壁に掛かった時計を見上げながらぼやいた。
 現時刻は15時半。集合時間は17時だ。
 どうせなら雨でも降って中止になってくれたらいいと思ったが、窓の向こうにはすっきりとした青空が広がっている。

 一日経って冷静になってみると、昨日の自分が酷くカッコ悪く思えた。
 紫苑からしたら、俺がいきなり怒り出して、意味がわからなかっただろう。

(あいつ、あんなに楽しみにしていたのに……)

 いや、それとも俺のことなんか忘れて、あの彼女とイチャイチャしているのだろうか。

「んあーーーーっ!」

 すぐにそんなことを考えてしまう自分が嫌で、俺はベッドの上でのたうち回った。

(……ちゃんと、謝らねーと)

 だってあいつは何も悪くないのだから。
 紫苑と俺はただの友達で、俺にあいつの恋愛をとやかく言う資格はない。

 ……ただ、友達として、彼女が出来たことを話してくれたって良かったのにとは思う。

(そしたら俺だって、良かったじゃねーかって祝福出来たかもしれねーのに……)

 ベッドから起き上がって、俺はゆっくりと支度を始めることにした。
 早めに学校に行って、それまでにちゃんとあいつに謝る気持ちの準備をしておこうと思った。



 休日の学校は静かだった。
 運動部もこの時間にはもうほとんど帰ってしまっているみたいだ。
 まだ明るい時間帯で良かったと思いつつ、俺は校舎に入りひとり部室へと向かった。

「ちわーっす」

 集合時間の30分前に地学室のドアを開けると、予想通りまだ誰も来ていなかった。
 そりゃそうかと思いながら教室の電気をつけ、中に入ろうとしたそのときだ。

「よぉ、チビメガネくん」
「!?」

 背後でいきなり声がして振り返った途端。
 ガンっ! という音と後頭部に強い衝撃を受け、俺の意識はプツリと途切れた――。