きゅっと制服のネクタイを締め、俺は鏡に映る自分の姿を見つめた。
黒に戻した髪はびしっとセンター分けにしたし、メガネはまだ違和感があるがきっとすぐに慣れるだろう。
「ビジュよーし! これで高校デビュー間違いなしだぜ!」
そう鏡の中の自分に向かって笑いかけ、俺は先日住み始めたボロアパートを出た。
俺は亜久津翔。15歳。
今日から晴れて高校生。
『高校生』。なんて良い響きだろう。
自然と背筋がピンと伸びる気がした。
高校まで徒歩10分の距離を颯爽と歩いていると、同じ制服を着た奴がちらほら見えてきた。
あいつらから俺はどう見られているだろう。
ちゃんと普通の、どこにでもいる平凡な男子高校生に見えているだろうか。
この通学風景にちゃんと溶け込めているだろうか。
……中学の頃みたいに、浮いていないだろうか。
避けられ、孤立しないだろうか。
(いや、大丈夫だ。そのために万全準備してきたんだろ)
この日のために金に染めていた髪も黒く染め直したし、少しでも真面目に見えるように眼鏡もかけた。視力は良い方なので伊達メガネだが。
いくつも空けていたピアスの穴も、そろそろ完全に塞がりそうだ。
だからきっと……いや、絶対に大丈夫だ。
(絶対に、元ヤンだとバレねーようにしないと)
――そう。
俺は中学の頃、所謂ヤンキーだった。
ド田舎の中学でひとりイキっていた。
あの頃はそれがカッコいいと思っていたのだ。
持ち前の運動神経と負けず嫌いな性格で売られた喧嘩は全て買っていたし負けたことがなかった。
気が付けば敵はいなくなっていて、しかしお陰で周囲から怖がられ、避けられ、いつの間にか俺は孤立していた。
正直、今では思い出したくもない黒歴史である。
――ここにいたらダメだ!
そう考えた俺は新たな人生をスタートすべく、めちゃくちゃ勉強して都会の高校を受験した。そして見事合格。
ド田舎を抜け出し、こうしてひとり都会にやってきたのだ。
都会は見るもの全てがキラキラと輝いていた。
風景も、人々も、皆めちゃくちゃカッコよかった。
そして、自分がこれまで本当に狭い所でイキがっていたことがわかり、どうしようもなく恥ずかしくなった。
ここは俺が新しい人生を送るのにピッタリな場所だと思った。
この新天地で、俺は普通の高校生として生きると決めた。
(そんで、キラキラな青春を謳歌してやるんだ!)
友達もたくさん欲しいし、なんなら彼女だって欲しい。
そんなことを考えていたらつい顔がニヤけそうになってしまい、慌てて引き締めた。――そのときだった。
「ん?」
ふと、気になる連中を見つけた。
見つけてしまった。
前方に見えるコンビニ脇の路地に入っていく4人の高校生。
その中の1人は、見るからにモサい系男子。
なのにそれを囲むようにして歩く3人は見るからに柄が悪そうで。
長年のヤンキーの感で、あれは恐喝だとすぐにわかってしまった。
(こんな都会でもあるんだな……)
なんとなく、都会は洗練されていて、恐喝とかイジメなんかもないイメージだったので正直驚いた。そして呆れた。
(ま、俺には関係ねーし)
変なことに巻き込まれて折角の高校デビューを台無しにはしたくない。
そう思いながら俺はそのコンビニを通り過ぎた。
……しかし。
(あ〜〜~~、くそっ!)
俺は元ヤンであるが、昔から所謂「弱いものイジメ」が大嫌いなのだ。
くるっと回れ右をして俺はさっきあの連中が入っていったコンビニ脇の路地へと向かう。
(ソッコーで片付ける)
路地に入ると、まず3人の背中が見えた。そして案の定聞こえてきたのは。
「出来ないってどういうことだよ」
「いや、だって、万引きは犯罪ですし」
「はぁ? んなことはわかってんだよ。だからお前にやってくれって頼んでんだわ」
「ダメですよ。お店の人が困ってしまいます」
「お前、ナメてんのか?」
そんな会話を聞きながら俺は背後から声をかける。
「あのー、何してんすか?」
「あ?」
振り返った3人は、同じ制服を着てはいるがどう見ても先輩で、だから一応慣れない敬語を使ってみた。
すると、その先輩連中はヘラヘラとした笑みを浮かべ答えた。
「なにって、お前」
「見りゃわかんだろ?」
「お前もやられたくなきゃさっさとどっか行けや」
俺はにっこりと笑ってスマホを取り出した。
「万引きとか聞こえてきたんすけど、サツ呼んでイイっすか?」
途端、3人の形相が変わった。
「……お前、1年だよな?」
「はい、新入生っス!」
「ならよ、お前にうちの上下関係ってやつを教えてやるよ」
そう言いながらひとりがこちらに近づいてくる。
「いやあ、そういうの俺興味ないんで遠慮しときます」
「んだと? このチビメガネが」
ビキッと頭の中で音がした。
そいつが俺の胸ぐらを掴もうとした直前、俺は身を低くしてその足をスパンっと払ってやった。
「おわっ!?」
そいつが無様に地面に転倒したのを見て俺は立ち上がりそいつを見下ろす。
「誰がチビだ。俺は167センチ、平成初期の男子高校生の平均身長だしまだこれから伸びる予定だっつーの!」
「平成初期って」
「ふざけやがって……っ!」
誰かのツッコミが聞こえた気がしたが、それに被るように起き上がった野郎と仲間2人が怒声を上げこちらに飛びかかってきた。
「よっわ」
そう言って俺は地べたに蹲っている3人を見下ろした。
3人とも腹に一発入れただけで落ちてしまったのだ。
田舎のヤンキーの方がもう少し粘るぞと呆れていると。
「ありがとう! 君、強いんだね」
「えっ」
すっかりその存在を忘れていた、恐喝されていた奴が俺の元へとパタパタと駆け寄ってきた。
近くで見るとやっぱりそいつはモサかった。
背は高いが(多分180近くあるんじゃないか?)長い前髪のせいでほとんどその目は見えないし、おまけにデカいマスクをしているせいで顔がほとんど見えない。
言ったら悪いが、こういうワルい連中にカモにされやすそうな見た目をしている。
「なんかいきなり万引きしろって言われて、どうしようか困ってたんだ」
「そ、そっか。じゃあ俺はこれで」
そそくさと去ろうとすると、その腕をがしっと取られた。
その強さに少し驚いて振り向くと、彼は言った。
「ねぇ、名前教えて。お礼したいし。あ、僕の名前は紫苑。由良紫苑って言うんだ」
「な、名乗るほどの者じゃないんで!」
そんなどこかで聞いたようなセリフを吐いて、俺は彼の手をなんとか振り切った。
「え、ちょっと、君!」
そんな慌てた声が聞こえてきたけれど、俺は走ってその場を逃げた。
(マズイマズイマズイ)
折角の高校デビューが台無しになるところだった。
俺は普通に平凡な高校生活を送りたいんだ。
そしてキラキラな青春を謳歌したいんだ!
……なのに。
「あっ! さっきのめちゃくちゃ強い人!」
「!?」
掲示板に張られていたクラス分け表を見て入った教室に、さっきのモサい奴がいた。
そいつの声がまたよく通るものだから、なんだなんだとクラス中の視線がこちらに集まっていて。
奴……確か、紫苑は笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
と言っても顔がほとんど見えていないので、声で笑顔だと判断したのだが。
そして奴は更にデカイ声で続けた。
「さっきは本当にありがとう! あんな強そうな先輩を3人まとめてやっつけるなんて君ほんと凄いよ!」
そんな台詞のせいで教室内が一気にざわつくのがわかった。
――最っ悪だ……!
「同じクラスみたいで嬉しいな。これからよろしくね!」
そうして右手を差し出されたが、俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
(俺の高校デビューが……キラキラの青春が……)
ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。



