冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる

「きゃっ……!」
 人面魚の尾ひれが直撃し、周りの壁面がバラバラと崩れ落ちる。
「珊瑚……!」
 海神皇は珊瑚をかばうように前に出た。
「薄汚い化け物め……滅してやる!」
 海神皇が手をかざすと、海流が巻き上がり、人面魚――瑠璃を襲う。
「ウオオオオオ……」
 海流の術を浴び、もがき苦しむ瑠璃。
 それを見て、珊瑚は胸がチクリと痛むのを感じた。
「……待って!」
 珊瑚は瑠璃の前に両手を広げて立ちはだかった。
「そこをどけ、珊瑚」
「いえ、ここは私に任せてください」
 珊瑚は瑠璃にくるりと向き直った。
「ウウ……サンゴ……憎イ……」
 うわごとのようにつぶやき続ける瑠璃。
 海神皇は眉をしかめた。
「無駄だ。そいつは説得が通じる相手じゃない。危ないからそこをどくんだ」
「いえ、この人面魚は、元は人間です」
「何?」
 怪訝そうな顔をする海神皇。

(この人面魚が元は人間――瑠璃姉様なら、わずかでも理性が残っているはず。それなら――)
 珊瑚は胸に手を当て、歌い始めた。
 瑠璃が人間だったころに何度も聞いたであろう曲。
 生まれ育った漁村に伝わるあの子守唄を。
 (瑠璃お姉様、元に戻って――!)
 それは、人魚が持つ特殊能力。
 今までは、その力を忌み嫌われて歌うのを禁止されていたけれど――。
 (今こそ、その力を解き放つ時――!)
 珊瑚は力の限り、心を込めて歌った。
 透き通った歌声が、神殿の中を満たすように響き渡る。
 暗い海に朝日が一筋差し込むように、朝露を含んだ花がそっと開くように。
 神殿の床に、通路に、天井に。
 そして人々の心に――珊瑚の歌声は高らかに響き渡った。