冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる

 化け物が自分を狙っている。一体なぜ。
「化け物は他の神々が食い止めてくれている。とにかく珊瑚は奥へ逃げよう」
「は……はい」
 海神皇によると、他の神々は、神殿のしきたりによりいつも使っている武器の持ち込みを禁止されているのだという。
 だからいつもより苦戦をしているのかもしれないが、神通力を持つ者ばかりなのでじきに騒ぎもおさまるだろうとのことだった。
「それなら良いですけど……」
 珊瑚の胸の中には嫌な予感が渦巻いていた。
「しかし――この神殿の場所は十二神とその関係者にしか知らせていないはず。一体あいつはどうやってここを嗅ぎつけたんだ?」
「そうですよね。入り口にも、見張りの人がいるはずなのに……」
 二人がそんな話をしてると、急に大きな爆発音がして、目の前の通路に穴が開いた。

 ――ドン。
「きゃあっ」
 辺りが土ぼこりに包まれる。
 珊瑚が海神皇にしがみつきつつもゆっくりと目を開けると、目の魔に巨大な人面魚が現れた。
 黒い巨大な魚の体に、顔だけが般若のように恐ろしい人の顔。頭には長い黒髪がまばらに生え、黒い牛のような角が光っている。
「サンゴ……サンゴ……憎イ……」
 ひたすら珊瑚の名を呼びこちらを睨む化け物。
 (この人面魚は一体……何で私を狙っているの!?)
 珊瑚は混乱しつつも、人面魚に向かって呼びかけた。
「珊瑚は私です。あなたは、どうして私を狙うのですか?」
 だがその問いに人面魚は答えず、黒い尾ひれを珊瑚に向かって振り回した。
「死ネ……サンゴ……!」
「きゃっ」
 珊瑚は人面魚の攻撃を当たる寸前でなんとかかわしたものの、派手に尻餅をついてしまった。
「大丈夫か、珊瑚!」
「は……はい」
 珊瑚は海神皇に抱えられ、身を起こした。
「サンゴ……サンゴ……!」
 その間にも、人面魚は珊瑚の名を叫び続ける。
 その憎しみに満ちた瞳を見た瞬間、珊瑚の頭の中に、帝都で偶然出会った瑠璃の姿が浮かんできた。
 こちらを睨む、憎しみの視線。あれは――。
「まさか……瑠璃姉さん!?」
 どうしてかは分からないけれど、目の前の化け物は瑠璃に違いない。珊瑚の中にそんな確信があった。
「サンゴ……サンゴ……お前のせいで私は……!」
 黒い人面魚は、珊瑚の問いには答えず、真っ黒な尾びれを振り回し続ける。