冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる


 (あの妖怪が逃げ出したことで、すべてが台無しよ!)
 瑠璃はぎりりと奥歯を噛みしめた。
 瑠璃の縁談は無くなり、おまけに村では数十年に一度の大不漁に襲われていた。
 おかげで瑠璃も出稼ぎのために帝都のお嬢様の下で女中として働き両親に仕送りをしなくてはいけなくなった。
 (すべてあいつが……あいつが悪いのよ! 不気味な妖怪のくせに!)
 なのになぜ、あの家の正式な娘である自分が苦労をして、捨て子で妖怪の珊瑚が幸せそうに街を歩いているのだろう。
 お嬢様がウインドウショッピングを楽しむ中、瑠璃が荷物持ちをしながら眉間に皺を寄せていると、不意に誰かから声をかけられた。
「あなた――珊瑚さんが憎いの?」
 (――へっ?)
 瑠璃が驚いて振り返ると、そこには黒くて長い髪に蝶の髪飾りを付けた上品そうな美少女が立っていた。
 (誰? すごく綺麗だけど……)
「あなた、珊瑚の知り合い?」
 瑠璃が尋ねると、蝶の髪飾りの少女はこくりとうなずいた。
「ねえ。あなた、珊瑚さんが憎いんでしょう? 恨みを晴らすお手伝いをしてあげましょうか?」
「本当?」
 瑠璃が目を見開くと、少女は猫のように目を細めて笑った。
「本当よ。さあ、私についてらっしゃい。一緒に式を台無しにしてやりましょう。何、ちょっとびっくりさせるだけよ」
 少女が瑠璃の額に指を置く。
 次の瞬間、瑠璃の視界は真っ黒になり、意識は遠い闇へと葬られた。
 後には、少女の不気味な笑い声だけが響いていた。