冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる

「ここだ」
 すると、海神皇が一軒の店の前で足を止めた。
「ここ……ですか?」
 珊瑚の言葉に、海神皇がうなずく。
 珊瑚はじっと目の前の店を見つめた。
 黒いおしゃれな外壁に、英語の店名。ショーウインドーにはネックレスやブローチ、指輪などが飾られている。
 宝飾品店だろうか。もうすぐ婚礼の儀があるので、その準備なのかもしれない。
 海神皇は店のドアに手をかけかけたが、ふと気が付いたようにくるりと振り返った。
「……そうだ。忘れていたが、私のことは、店の中では(らん)と呼ぶように」
 海神皇がくるりと振り返る。
「嵐……様ですか?」
「ああ。人間社会では『海皇(かいおう)嵐』という名を使っている」
「そうなんですね」
 (……らん……嵐……様)
 珊瑚は心の中で繰り返した。
 響きは少し女の子っぽいけれど、不思議と海神皇に合っているような気がした。
「こんにちは」
 海神皇はドアをゆっくりと開け、宝飾品店の中へと入った。
「いらっしゃいませ」
 二人が店に入ると、真っ赤なリップを塗った貴婦人が出迎えてくれる。
「今日は二人の結婚指輪を買いに来ました」
 海神皇が告げると、貴婦人は「まあ」と顔をほころばせた。
「お二人は結婚予定なのですね。それはおめでとうございます」
「おすすめの指輪はありますか?」
「少々お待ちください」
 貴婦人が奥へ向かって行く。
 珊瑚は驚いた顔で海神皇を見上げた。
「結婚指輪……ですか?」
「ああ。西洋では、結婚の証に夫婦で指輪を付けるらしいからな」