冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる

 一体どういうことだろう。
 珊瑚が不思議に思い頭を起こすと、とつぜん部屋の引き戸が開いた。
 ――がらり。
 入って来たのは、村長でも両親でもない、三十代くらいの男だった。
 ぎょろりとした目に痩せた頬の男は、不愛想に珊瑚を見ると吐き捨てるように言った。
「なんだ、起きてたのか」
「……あ、あなたは誰ですか?」
 珊瑚が震える唇で問い返すと、男は肩をすくめた。
「別にお前が知る必要はないさ。それよりお前か? 人魚だっていう女は」
 男は珊瑚の顔を見るなり鋭い目つきでそんなことを言う。

「人……魚……?」
 珊瑚は恐怖のあまり、後ずさった。
「どういうことですか? 私は人間です。人魚なんかじゃ――」
「何だお前、自分の正体を知らなかったのか?」
 そう言うと、男は下品な笑みを浮かべて語り出した。
「旦那様が言っていたよ。お前、海水に触れると足が魚になるそうじゃねえか。人魚じゃなかったら何なんだよ。それに不思議な力を持っていて、歌で人々を操れるそうじゃねえか」
 珊瑚は驚いて声を上げた。
「わ、私は海水に触れたことはありません。お前は肌が弱くて触れるとかぶれるからって、お父様もお母さまも私に漁の仕事を手伝わせてくれませんでしたし……不思議な力もありません!」
 言いながら、珊瑚はどんどん不安になっていった。
 もし両親が珊瑚が海水に触れるのを禁じていたのも、漁の仕事を手伝うことも許されなかったのも、肌が弱いからではなく人魚だったからなのだとしたら。
 それに――親戚の子供の子守をしている時、子守唄を歌ったら家族全員が寝てしまったこともあった。
 それ以来、歌を歌うのは禁止されてしまったが――。