冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる

 コンコンコン。
「失礼いたします」
 そこへ戸が鳴らされ、亀助より一回り小さい、頭に梅の花をつけた可愛らしい亀が入って来た。
「失礼いたします。亀助の娘の亀子(かめこ)にございます。海神皇様の命により、今日から珊瑚様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「亀子さん、よろしくおねがいします」
 慌てて珊瑚は頭を下げた。
 恐らく、身の回りをするのはオスよりもメスのほうが良いという配慮なのだろう。
 亀子はキラキラとした目で珊瑚を見つめる。
「珊瑚さま、何か困ったことはありませんか? 欲しいものや、やりたいことなどあれば何でもおっしゃってください」
「やりたいこと……」
 と珊瑚は考え、ふと気づいた。
 昨夜は砂浜を走り回り、海の中も通った。それなのにお風呂も入らずに寝てしまった。
 人魚の体は人間のものと違うからか、体がベタベタしていたり、磯臭いということはないけれど――。
 朝風呂を浴びることは可能だろうか。
「あっ、はい……あの……お風呂に入ることってできますか?」
 珊瑚がおずおずと尋ねると、亀子はニコリと笑った。
「ええ、もちろん。ではご案内いたしますね。本当は奥様専用のお風呂があればいいのですが、なんしろ急なもので、まだこしらえていませんので、ご客人用の浴場でも良いでしょうか」
「え……ええ、構いません」
「それでは、ご案内します」

 珊瑚は亀子の後について城の中を歩いて行った。
 城の中には使用人たちがたくさんいて、珊瑚のほうを盗み見ては何やらヒソヒソと噂話をしているようだった。
 珊瑚は身を縮ませながら浴場へと向かった。
「こちらです。今の時間はどなたも使っておりませんので、ごゆっくりどうぞ。もしよろしければ、お背中もお流ししましょうか?」
「いえ、大丈夫です!……その、ありがとうございます」
 珊瑚がガバリと頭を下げると、亀子はふっと頬をほころばせた。
「奥様って、不思議な方ですね。なんだかついつい世話を焼きたくなってしまうというか」
「は、はあ」
 (もっとしっかりしろってことかな。奥様として頼りない……とか?)
 珊瑚が首をかしげていると、亀子はクスリと笑って戸を閉めた。
 珊瑚は脱衣所で着ていた服を脱ぐと、浴場へと向かった。
 浴槽は客人用と言うだけあって、黒い大理石の豪華な造りで、金でできた魚からは乳白色の湯が湧き出ていた。
 ふと鏡を見ると、足は人間のものに戻ったのに、髪の毛は人魚姿の時と同じ薄桃色だった。
 (何だか慣れないな……)
 珊瑚は自分の髪の毛をしげしげと見ると、素早く体を洗い、浴槽に肩まで身を沈めた。
 暖かい湯のぬくもりに、ほっと息をつく。