冷徹な海神は人魚姫に心の氷を溶かされる

「……嫁入り、ですか?」
 質素な着物に身を包んだ若い娘――珊瑚(さんご)は 突然の話に目をぱちくりさせた。
 目の前に座った両親は、目くばせをしてうなずく。
「そうだ。お相手はこの村の村長様だ」
「この村で一番裕福だし権力もある。願ってもないお相手でしょ?」
「は……はい」
 珊瑚は二人の言葉に、ただ黙って頭を下げるしかなかった。

 たしか――村長は今年で五十八のはずだ。
 今年で十六になる珊瑚とは四十二も年が離れている。
 それに村長には奥さんも子供だっている。ということは妾なのだろうか。
 珊瑚が戸惑っていると、二つ年上の姉の瑠璃(るり)が口元を歪めてせせら笑う。
「まあ、珊瑚ったら可哀想。四十以上も年が離れた相手だなんて。でも良かったじゃない。あんたみたいな不気味な娘、貰ってくれる人なんて他にいないんだから」
 珊瑚は胸がチクリと痛むのを感じた。
 珊瑚は昔から、幸せな結婚生活を夢見てきた。
 素敵な旦那様に見初められ、暖かな家庭を築くのが望みだった。だけど――。
 村長は、この地を束ねる神――海神皇(かいしんおう)を祀る司祭の一族。
 海神皇は余にも恐ろしい冷徹な神で、海神皇の機嫌を損ねれば、この地の漁業は壊滅的な打撃を追うとされている。
 噂によると、海神皇に逆らったせいで、一夜にして津波で消滅した村もあるのだとか。
 なので、村長の命とあらば両親も断れないのだろう。

 珊瑚はすう、と小さく息を吸い込んだ。
「――分かりました。お父様、お母様」
 珊瑚は黙って頭を下げるしかなかった。
 両親は顔を見合わせてほっとした顔をし、瑠璃は嘲笑うかのような笑みを浮かべている。
 珊瑚は両親と血のつながった実の娘ではない。
 父親が漁の帰りに、浜に打ち上げられていた赤ん坊を拾ってきたのが珊瑚なのだと瑠璃が言っていた。
 実の娘ではない自分を今まで何不自由なく育ててくれた恩もある。
 珊瑚は両親の言う通り、村長の元へと嫁ぐことに決めた。