「あ」
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
そして彼はおもむろに席を立ち、目を閉じ、気功師のように広げた両手を前に突き出して精神を集中させる。
「何やってんの、椎名くん」
「見りゃわかるだろ」
「分かりません。かめ○め波? かめ○め波出そうとしてるの?」
「違うよ、バカだな藤川。かめ○め波なんか出るわけないだろ」
「じゃあ何が出るの」
椎名くんは目を開け、呆れ顔を私に向けた。
「超能力だよ」
分かってたまるか、ボケ。
椎名くんの友達になってはや一年と十ヶ月。
突拍子もないことを無表情で始める椎名くんのノリにはさすがに慣れた。
昼休みの教室で、かめ○め波のポーズをされたところでもう驚きはしない。
「椎名くん、超能力者だったんだ」
「早とちりしないでほしい。まだ能力者ではない。可能性を探っているだけだ」
「ふーん」
私は読みかけの小説の世界に戻ろうとしたけれど、やっぱり隣に超能力者がいるかもしれないと思うと気になって仕方がない。お気に入りの栞を挟んで本を閉じる。
「なんで可能性を探ることにしたの?」
「おとといのことなんだけど」
椎名くんは念を込めながら話し続ける。
「やけに大きな突風が吹いたんだよね。それで、近所に住んでる女の子──多分幼稚園児。が泣き出してさ。どうしたんだろうと思ったら、持っていた風船を風に飛ばされたらしくて。木に引っ掛かっちゃったみたいなんだ。それで」
「超能力があったら、風船を取り戻せたかもしれないと?」
「よく分かったな。テレパシストか」
「そこまで聞けば、小学生並みの国語読解能力で探れるよ」
「すげーな。藤川、国語読解能力あるんだ」
私まで超能力があるみたいな言い方すな。
人並みに理解力のある、ただの女子高生です。
「でもさ、いま念動力身に付けても遅くない? だってそれ、おとといのことなんでしょ? 念動力よりもタイムリープの能力身に付けた方が良くない?」
「そんなに都合よく能力が選べるわけがない。一人一能力が基本だと思う。それに、タイムリープだけできても念動力がなければ結局何もできずにただ過去を繰り返すだけになってしまう」
「悩ましいね」
「そうだ、藤川がタイムリープ能力身につけたらよくね? それで、俺を過去に飛ばしてくれたらよくね?」
「えー私を巻き込むの、やめてよ。私は普通の人でいたいの」
椎名くんはそれを聞いて神妙な顔をした。
「藤川の気持ちも分かる。能力者とは常に、自分の行動ひとつで誰かの運命を変える責任を背負うことになるからな。並の忍耐力ではつとまらないだろう」
お前は能力者の何を知っているんだ。
可能性を探っているだけの一般人だろ。
「ダメだ、止まらない!」
十分後、椎名くんはやっと手を下げた。彼の額には漫画みたいに汗が出ていた。
「何を止めようとしてたの?」
「時計の針」
「それ、サイコキネシスじゃなくてタイムストップの能力じゃない?」
「あ、そうか。やばい。他の能力鍛えようとしてたわ」
「全然やばくないと思うけどね」
そろそろこの会話も不毛だなと思い始めた時だった。
「こうなったら、超能力の師匠にアドバイスをもらいに行くか」
「師匠いんの?」
私はびっくりして椎名くんを二度見した。
「師匠は力を隠していて、普段は普通の高校生のふりをしている。だが俺には分かる。同じ超能力者同士、惹かれ合うものがあるからな」
うん。お前は超能力者じゃない。それだけは私も分かる。
「藤川も来る? どうせ暇だろ」
決めつけられるとカチンときてしまうけど、暇だからついていくことにした。超能力の師匠とはいったい誰なのか、マッチ棒大ほどの興味ならある。
そして彼が向かったのは、隣の3組だった。
「沢田、いる?」
3組の沢田くんは、集団の中にいてもパッと目を引くほどの美人だ。
黒い髪に整った目鼻立ち、鋭い瞳は一見怖いけど、彼が誰かと喧嘩をしたという話は聞かない。っていうか、いつもぼっち。彼女の佐藤さん以外、誰も彼には近づかない。
「師匠、今日もバリア張ってんな。やっぱすげえわ」
「話しかけんなオーラ出してるだけじゃない?」
「沢田くーん、4組の椎名くんが呼んでるよ」
クラスメイトの声に沢田くんが振り向いた。恐ろしい顔をしている。瞳で殺されそうだ。
「やべえ。師匠が怒ってる。俺が精神統一の邪魔をしてしまったからか……?」
「びびるくらいならちょっかい出さなきゃいいのに。さてはお前、暇だろ」
椎名くんは沢田くんがツボらしい。すると、沢田くんと何かを話していた佐藤さんがこっちにやってきた。
佐藤さんは優しそうな顔をした普通の女の子だ。ショートボブで普通に可愛い。
「沢田くんが、何か用? って」
「用っていうか、技の出し方を教えてほしいんだけど」
椎名くんは真顔で変なことを言った。
「技? ああ、『おんみつ』のこと?」
佐藤さんは何かを察したようだが、おんみつってなに?
「ああ、おんみつっていうのはね、沢田くんが気配を消して自分を他の人から見えなくしちゃうぼっち技だよ。ほら、今も使ってるよ」
佐藤さんが沢田くんのいた方向を指差した。でもそこには誰も座っていないように見える。
「あそこにいるの? 沢田くん。見えないんだけど……」
「気配を消しているだけ。初めて隣のクラスの子としゃべると思って、緊張しちゃったみたいね」
おいおい。マジの能力者じゃん。
「沢田、サイコキネシスも使える?」
「それは無理じゃないかなあ。でも沢田くんがおんみつ中に物を動かしたりすると、物がひとりでに移動したってびっくりする人がいたみたいだけどね」
「なるほど。沢田は透明化能力を持っているんだな。どうやってそれを身につけたんだ?」
「多分、自然と身についちゃったんじゃないかな? 超能力なんて、そんなもんだよ。むしろ、そんな能力持っている方は嫌だなって思うことの方が多いんじゃないかな」
佐藤さんの大人な意見に私は溜飲を下げた。
超能力は身につけるものでもないし、能力者になりたいと思ってなれるわけでもない。
勝手に身についても、苦労するだけか。
すると佐藤さんは私を見て、ニコッと笑った。
「分かってくれてありがとう」
「えっ?」
ちょっと待って。私、一言もしゃべってないんだけど。察し能力すごくない? この子。
もしかして、佐藤さんこそが本物のテレパシストだったりして?
「あなたもなかなかのものみたいね。でも心の中だけで突っ込まないで、ちゃんと言葉で突っ込んだ方がいいよ。じゃないと、私みたいになっちゃうから」
じゃあね、と言って佐藤さんは沢田くんの席の隣に戻った。目を擦ったら、いつの間にか沢田くんが現れていた。
【佐藤さん、あの人たちとどんな話をしてたんだろう……((((;゚Д゚)))))))】
あれ? 今の声は何? 幻聴? 沢田くんのいる方から聞こえてきたみたいだけど……。
「やっぱり師匠はすげえな。思いのままに姿を消したり出したり。俺も修行に励もうっと」
椎名くんは一体何を学んだのか。
……おっといけない。ちゃんと言葉で突っ込まないと。
「修行しても身につくものじゃないんだってば。さあ、帰ろ」
なんだか自分が怖くなってきたから、私はそそくさと自分の教室に戻った。
その放課後。
帰り道で椎名くんがピンクの風船を女の子に渡しているのを、私は目撃した。
「どうしたの、その風船」
「超能力で取ってきたんだよ。空中に浮かんでさ」
「お兄ちゃん、すごーい!」
女の子は大喜びで風船を手に帰っていった。
「どうやって取ったのか、私にだけこっそり教えてよ」
「超能力者は自分の能力について多くは語らないんだよ」
そう言って笑った椎名くんは、どこか誇らしそうだった。
どうせ新しい風船を買ってきて渡しただけなんでしょ、なんて野暮なことを言ってもつまらない。
不思議なことや分からないことの一つや二つあった方が、世の中は面白い。
だから私は「へえ〜」と相槌を打って飲み込んだ。
椎名くんに超能力があろうとなかろうと、きっと私を取り巻く世界は平和だし。
「どうしても知りたいっていうなら教えてやってもいいけど」
「いいやー。なんかどうでもいいし」
「ヒントはトランポリン」
「マジか」
それ、ヒントじゃなくて答えじゃね?
私は「聞かなきゃよかったー」と笑いながら歩き出した。
まあ、いろいろ思うことはあるけれど、これだけは断言してもいいだろう。
椎名くんは変なやつだけど、いい人だ。
