「あ」
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
「今日、何日だっけ」
「えーと、一月五日?」
冬休みに入ってほぼ二週間だ。こうも休みが続くと、日にちも曜日感覚もすっかりなくなる。
あまりにも暇なので彼を誘って初詣でも行こうと思い立ったのが一時間前のこと。
正確に言えば、初詣は既に家族と済ませてあるから2nd詣となる。
2nd詣という言葉自体が正確ではないとか、細かいことは気にしないでもらいたい。二度目に詣でることをなんて呼ぶのか、私は知らない。そんなに気にならないから、私の中では多分この先もずっと2nd詣で定着しそうな感じだ。
椎名くんは私と違って結構細かいことを気にする性質だから、質問したらきっと真面目に調べてくれるんだろうなあと思う。
その気にしいな椎名くんが、真顔で私に言った。
「やべー。俺、今年に入って五日目なのに、まだ一度も笑ってないわ」
私は軽く驚いた。
「え、初笑いまだなんだ? すごいね。五日も笑わずに生きてるなんて」
「人としてどうかと思うよな」
「そこまでは思わないけど、どうやって笑いを回避してきたのか不思議ではある。お笑い番組とか元日に死ぬほどやってたじゃん」
「正月は『孤高のグルメ』一気見してたから」
孤高のグルメとは、中年のおじさんが毎回見知らぬ土地でただ昼食を食べるという異色の内容のグルメ番組だ。私も好きだけど、一気見はしないな。
「そろそろ笑っておかないと、ヤバくね?」
「いいんじゃないの、別に」
「いや、さすがにちょっと心配になるっていうか」
「人として?」
「っていうかさ、もしつまらないことで笑って後悔したらどうしようっていう。せっかくだったら腹抱えて笑うくらいの面白いことで初めてを飾りたい」
椎名くんは私をじっと見つめた。
「なんか面白いことやってくんない? 藤川」
五日も笑ってない男を笑らせろだと?
ハードル高えわ。
椎名くんと私は高校で出会った。一年、二年と同じクラスになったよしみでちょっとずつ仲良くなったけど、いまだに椎名くんのことはよく知らない。
そもそも椎名くんが笑ったところをあんまり記憶していない。
彼の笑いのツボがさっぱり分からない。
「どういうので笑うの、椎名くんは。去年1笑ったの、何?」
「えー教えたくない」
「なんで⁉︎」
「それで思い出し笑いでもしたらどうすんの。去年の古いネタで今年の初笑いとか、最悪じゃね?」
椎名くんは真面目に変なことを言う。
「藤川は初笑い何だった?」
「覚えてないなー」
「マジで? 気にしないの?」
「気にしないよ。多分、ツイッター見てて誰か知らん人の投稿に笑った」
「そんなんで笑ったの⁉︎ もったいなくね⁉︎」
「いや、意味わかんないし」
「もっと初めてを大事にしろよ。ショックだわ。藤川がそんな知らん奴に初めてを奪われるなんて」
「誤解を招きそうな言い方やめて?」
「……ごめん」
椎名くんは深刻な顔で謝る。
「……ねえ、ちょっと、変な空気にしないで?」
私のツッコミを無視して、椎名くんは青い空を仰ぎ見る。
「ああ〜笑うって難しいな〜」
そんな真面目に悩んでんの、あんただけだよ。
「別に、そんなに構えなくてもいいんじゃない? ほら、あの二人見てごらんよ」
私は初詣帰りと見られるカップルを指差した。
おみくじの結果を二人で見比べて笑い合っている。
「ああいうのでいいんじゃない? 初笑いって」
「何が書かれているんだろう。気になる」
椎名くんはカップルの方へ歩いて行った。
おいまさか、聞く気かよ。
「すみませーん。何がそんなに楽しいんですか?」
聞いたよあのバカ。
私は慌てて止めに入った。
「ちょっと、やめなよ! 喧嘩売ってるみたいに思われるよ!」
「あ、そんなつもりは全くありませんよ」
椎名くんの目が全く笑っていなかったからか、楽しそうに笑っていたカップルは恐れをなして逃げて行ってしまった。
「解せぬ」
「ダメじゃん、カップルの楽しいひとときを正月早々ぶっ壊しちゃ」
「藤川、俺たちもおみくじひこう。何が書いてあったか気になる」
「どうせ面白いことは書いてないよ。あの人たちは箸が転がってもおかしいお年頃だったのよ」
「いや、もしかしたらもしかするかも」
椎名くんは何やら期待値を高めておみくじを引きに行った。
お参りまだなのにな。仕方なく私もそれに付き合う。
「さあ、いよいよ降りてくるぞ、笑神様が!」
テンションだけは上がってきた椎名くん。
折り曲げられたおみくじを、同時に開く。
「出た、ドン! 吉!」
「私は末吉」
「…………」
「…………」
「…………凶は?」
どうやら思ってたんとちゃうかったようだ。
「なんでこんなに引きが弱いかな。どっちかが大凶とか引かなきゃ」
椎名くんのテンションはダダ下がっている。
「引きが弱いとか言うな。神様の思し召しだよ」
「お前はもう笑ってはならぬと?」
「いや、そこは勝手にしろと」
「オーマイガッ」
椎名くんはあからさまにガックリと肩を落とした。
「まあまあ、私の末吉よりはいい結果じゃん。私なんて見てよ、ほら。『恋愛・しても無駄。あきらめろ』だって。幸先わるー! あははは」
「藤川、それは泣くところだろ。なんで藤川が笑って俺が泣いてんの。逆だろ」
「椎名くんの恋愛は?」
「『灯台下暗し。近くに良縁あり』だって。何だよこれ、全然笑えないよ」
おみくじに笑いを求めることがそもそも間違っていると思う。
「あー笑いてえー」
椎名くんがぼやいた時だった。お参りに向かう列の中に、知った顔がチラッと見えた。
「あれ、3組の沢田くんじゃない? 隣の女の子は誰だっけ……えーと……あー名前が出てこない」
「何、沢田⁉︎」
椎名くんはサッと血相を変えた。
沢田くんは隣の3組の男子で、椎名くんよりももっと笑わないことで有名だ。でもものすごくイケメンだから人気は高い。沢田くんの隣にいる女の子は沢田くんの彼女と噂されている子だ。可愛くないというほどではないけど、特別印象に残る感じじゃない。それであのポジションは羨ましいの一言しかない。
「いいなあ、初詣にカップルでデートとか。うらやましー」
「やべえ……俺、沢田だけはダメなんだ」
椎名くんはなぜか沢田くんを恐れているようだ。
「どうしたどうした、なんで沢田くんがダメ?」
完全に沢田くんに背を向けた椎名くんの顔を覗き込むと、彼は口元を押さえて言った。
「俺、あいつがツボなんだ……」
「ツボ? どういうこと?」
「去年1俺を笑わせた男、それが沢田なんだ……」
椎名くんは肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。
「あいつの顔を見るたびに、あの時のことを思い出しちゃってヤバい。俺の初笑いをまたあいつに奪われるなんて嫌なのに……!」
「え、そんな。気になって仕方ないんだけど。去年、どんなことがあったの?」
「思い出させんなって! ほろ苦い思い出でもあるんだ!」
余計気になるって。
「教えてよ。人に話せば、面白くなくなるかもよ?」
「そうか、な」
「うん。冷静になれば、そんなに面白くなかったって思うかも」
椎名くんはしばらく迷った末に頷いた。
「そうだな……俺もあの呪縛から解き放たれたいし……」
そして椎名くんは去年1面白かったというエピソードを語り始めた。
「あれは、去年のスポーツフェスティバルでのことだった。俺のチームは、一回戦目で沢田のチームと対戦することになり、結果ボロ負けしてしまったんだが……」
スポーツフェスティバルというのは、五月に行ったドッジボール大会のことだ。
学年関係なく、1クラス2チームに分かれてトーナメント戦をした。
私と椎名くんは別チームだったからその時何が起きたのかは知らない。
聞いた話によると、沢田くんが一人で大活躍して、最後にはうちのクラスと小野田くんと一騎討ちになる死闘を繰り広げたっていうけど。
「沢田は強かった。忍者みたいに気配を消すのがうまくて、いつの間にか背後にいて……気がついた時にはボールがあいつの手の中にあったんだ。逃げる余裕なんてなかった。その瞬間、俺は死を覚悟した──」
臨場感たっぷりに椎名くんが語るから、私も思わず緊張して息を呑んだ。
「きっと容赦ない強いボールが来ると思って俺は身構えた。みんなが注目する試合だったからな。今までどんなに日陰にいた奴だって、一発でヒーローになれる日だったんだ。だが……沢田はそうしなかった。俺に向かって、あいつはなぜか少女のような優しいボールを放ったんだ。完全に不意をつかれた俺はそんなボールさえ取れずに殺された。そんな俺に言った、あいつの一言が──」
『ぶしのなさけ』
「……なんか、妙にツボだった……!」
「ぶはっ」
椎名くんの超マジな顔を見て、私は思わず吹き出してしまった。
すると椎名くんは
「ぶほっ」
と私につられ笑いをした。
「あはははは!」
「あああああっ! コラ藤川! 何すんだよお前、つられたじゃねえかっ! 俺の初笑いを返せ!!」
真っ赤になって怒る椎名くん。
「くそー! また沢田にやられたー!」
「いや、沢田くんとのエピソードっていうか、椎名くんの顔芸だよ今のは。椎名くんの顔が面白すぎたの」
「え、俺?」
椎名くんは自分を指差した。
「私にとっては、椎名くんがツボだよー。あー面白かったあ」
「そっか……じゃあ俺は俺の顔を見た藤川の声で笑ったから、藤川に初めてを奪われたってことで」
「その言い方やめろや」
「あははは」
椎名くんは自然な笑顔になった。
なんだかとても可愛くて、キュンとする笑顔だった。
私たちの笑い声が青空に吸い込まれていく。
「なーんだ、笑うのって簡単じゃん? 何を焦っていたんだろうな、俺」
「ほんとほんと」
「笑って年を迎えるのっていいな。今年はいいことがありそうな気がする」
「もう五日も過ぎてるけどねー」
「うっせ」
私たちは笑いながら参拝の列に並んだ。
五日目ともなれば詣の列は短い。すぐに私たちの祈りの番になる。
鐘を鳴らし、お賽銭を投げ、二礼してから二拍手をした。
目を閉じてから、何をお祈りしようか考える。
うーん、そうだなあ。
ちらりと片目を開けて隣を見ると、超マジな顔でお祈りしている椎名くん。
笑ってしまうからやめれ、その顔。
緩んだ頬で、もう一度目を閉じる。
そうだね、今日は椎名くんが初めて笑った特別な日。
来年もこんなふうにこの日を過ごせたらいいねと、神様の前で手を合わせながら私は思った。
突然、何かに気がついたような顔つきで、友達の椎名くんが呟いた。
「今日、何日だっけ」
「えーと、一月五日?」
冬休みに入ってほぼ二週間だ。こうも休みが続くと、日にちも曜日感覚もすっかりなくなる。
あまりにも暇なので彼を誘って初詣でも行こうと思い立ったのが一時間前のこと。
正確に言えば、初詣は既に家族と済ませてあるから2nd詣となる。
2nd詣という言葉自体が正確ではないとか、細かいことは気にしないでもらいたい。二度目に詣でることをなんて呼ぶのか、私は知らない。そんなに気にならないから、私の中では多分この先もずっと2nd詣で定着しそうな感じだ。
椎名くんは私と違って結構細かいことを気にする性質だから、質問したらきっと真面目に調べてくれるんだろうなあと思う。
その気にしいな椎名くんが、真顔で私に言った。
「やべー。俺、今年に入って五日目なのに、まだ一度も笑ってないわ」
私は軽く驚いた。
「え、初笑いまだなんだ? すごいね。五日も笑わずに生きてるなんて」
「人としてどうかと思うよな」
「そこまでは思わないけど、どうやって笑いを回避してきたのか不思議ではある。お笑い番組とか元日に死ぬほどやってたじゃん」
「正月は『孤高のグルメ』一気見してたから」
孤高のグルメとは、中年のおじさんが毎回見知らぬ土地でただ昼食を食べるという異色の内容のグルメ番組だ。私も好きだけど、一気見はしないな。
「そろそろ笑っておかないと、ヤバくね?」
「いいんじゃないの、別に」
「いや、さすがにちょっと心配になるっていうか」
「人として?」
「っていうかさ、もしつまらないことで笑って後悔したらどうしようっていう。せっかくだったら腹抱えて笑うくらいの面白いことで初めてを飾りたい」
椎名くんは私をじっと見つめた。
「なんか面白いことやってくんない? 藤川」
五日も笑ってない男を笑らせろだと?
ハードル高えわ。
椎名くんと私は高校で出会った。一年、二年と同じクラスになったよしみでちょっとずつ仲良くなったけど、いまだに椎名くんのことはよく知らない。
そもそも椎名くんが笑ったところをあんまり記憶していない。
彼の笑いのツボがさっぱり分からない。
「どういうので笑うの、椎名くんは。去年1笑ったの、何?」
「えー教えたくない」
「なんで⁉︎」
「それで思い出し笑いでもしたらどうすんの。去年の古いネタで今年の初笑いとか、最悪じゃね?」
椎名くんは真面目に変なことを言う。
「藤川は初笑い何だった?」
「覚えてないなー」
「マジで? 気にしないの?」
「気にしないよ。多分、ツイッター見てて誰か知らん人の投稿に笑った」
「そんなんで笑ったの⁉︎ もったいなくね⁉︎」
「いや、意味わかんないし」
「もっと初めてを大事にしろよ。ショックだわ。藤川がそんな知らん奴に初めてを奪われるなんて」
「誤解を招きそうな言い方やめて?」
「……ごめん」
椎名くんは深刻な顔で謝る。
「……ねえ、ちょっと、変な空気にしないで?」
私のツッコミを無視して、椎名くんは青い空を仰ぎ見る。
「ああ〜笑うって難しいな〜」
そんな真面目に悩んでんの、あんただけだよ。
「別に、そんなに構えなくてもいいんじゃない? ほら、あの二人見てごらんよ」
私は初詣帰りと見られるカップルを指差した。
おみくじの結果を二人で見比べて笑い合っている。
「ああいうのでいいんじゃない? 初笑いって」
「何が書かれているんだろう。気になる」
椎名くんはカップルの方へ歩いて行った。
おいまさか、聞く気かよ。
「すみませーん。何がそんなに楽しいんですか?」
聞いたよあのバカ。
私は慌てて止めに入った。
「ちょっと、やめなよ! 喧嘩売ってるみたいに思われるよ!」
「あ、そんなつもりは全くありませんよ」
椎名くんの目が全く笑っていなかったからか、楽しそうに笑っていたカップルは恐れをなして逃げて行ってしまった。
「解せぬ」
「ダメじゃん、カップルの楽しいひとときを正月早々ぶっ壊しちゃ」
「藤川、俺たちもおみくじひこう。何が書いてあったか気になる」
「どうせ面白いことは書いてないよ。あの人たちは箸が転がってもおかしいお年頃だったのよ」
「いや、もしかしたらもしかするかも」
椎名くんは何やら期待値を高めておみくじを引きに行った。
お参りまだなのにな。仕方なく私もそれに付き合う。
「さあ、いよいよ降りてくるぞ、笑神様が!」
テンションだけは上がってきた椎名くん。
折り曲げられたおみくじを、同時に開く。
「出た、ドン! 吉!」
「私は末吉」
「…………」
「…………」
「…………凶は?」
どうやら思ってたんとちゃうかったようだ。
「なんでこんなに引きが弱いかな。どっちかが大凶とか引かなきゃ」
椎名くんのテンションはダダ下がっている。
「引きが弱いとか言うな。神様の思し召しだよ」
「お前はもう笑ってはならぬと?」
「いや、そこは勝手にしろと」
「オーマイガッ」
椎名くんはあからさまにガックリと肩を落とした。
「まあまあ、私の末吉よりはいい結果じゃん。私なんて見てよ、ほら。『恋愛・しても無駄。あきらめろ』だって。幸先わるー! あははは」
「藤川、それは泣くところだろ。なんで藤川が笑って俺が泣いてんの。逆だろ」
「椎名くんの恋愛は?」
「『灯台下暗し。近くに良縁あり』だって。何だよこれ、全然笑えないよ」
おみくじに笑いを求めることがそもそも間違っていると思う。
「あー笑いてえー」
椎名くんがぼやいた時だった。お参りに向かう列の中に、知った顔がチラッと見えた。
「あれ、3組の沢田くんじゃない? 隣の女の子は誰だっけ……えーと……あー名前が出てこない」
「何、沢田⁉︎」
椎名くんはサッと血相を変えた。
沢田くんは隣の3組の男子で、椎名くんよりももっと笑わないことで有名だ。でもものすごくイケメンだから人気は高い。沢田くんの隣にいる女の子は沢田くんの彼女と噂されている子だ。可愛くないというほどではないけど、特別印象に残る感じじゃない。それであのポジションは羨ましいの一言しかない。
「いいなあ、初詣にカップルでデートとか。うらやましー」
「やべえ……俺、沢田だけはダメなんだ」
椎名くんはなぜか沢田くんを恐れているようだ。
「どうしたどうした、なんで沢田くんがダメ?」
完全に沢田くんに背を向けた椎名くんの顔を覗き込むと、彼は口元を押さえて言った。
「俺、あいつがツボなんだ……」
「ツボ? どういうこと?」
「去年1俺を笑わせた男、それが沢田なんだ……」
椎名くんは肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。
「あいつの顔を見るたびに、あの時のことを思い出しちゃってヤバい。俺の初笑いをまたあいつに奪われるなんて嫌なのに……!」
「え、そんな。気になって仕方ないんだけど。去年、どんなことがあったの?」
「思い出させんなって! ほろ苦い思い出でもあるんだ!」
余計気になるって。
「教えてよ。人に話せば、面白くなくなるかもよ?」
「そうか、な」
「うん。冷静になれば、そんなに面白くなかったって思うかも」
椎名くんはしばらく迷った末に頷いた。
「そうだな……俺もあの呪縛から解き放たれたいし……」
そして椎名くんは去年1面白かったというエピソードを語り始めた。
「あれは、去年のスポーツフェスティバルでのことだった。俺のチームは、一回戦目で沢田のチームと対戦することになり、結果ボロ負けしてしまったんだが……」
スポーツフェスティバルというのは、五月に行ったドッジボール大会のことだ。
学年関係なく、1クラス2チームに分かれてトーナメント戦をした。
私と椎名くんは別チームだったからその時何が起きたのかは知らない。
聞いた話によると、沢田くんが一人で大活躍して、最後にはうちのクラスと小野田くんと一騎討ちになる死闘を繰り広げたっていうけど。
「沢田は強かった。忍者みたいに気配を消すのがうまくて、いつの間にか背後にいて……気がついた時にはボールがあいつの手の中にあったんだ。逃げる余裕なんてなかった。その瞬間、俺は死を覚悟した──」
臨場感たっぷりに椎名くんが語るから、私も思わず緊張して息を呑んだ。
「きっと容赦ない強いボールが来ると思って俺は身構えた。みんなが注目する試合だったからな。今までどんなに日陰にいた奴だって、一発でヒーローになれる日だったんだ。だが……沢田はそうしなかった。俺に向かって、あいつはなぜか少女のような優しいボールを放ったんだ。完全に不意をつかれた俺はそんなボールさえ取れずに殺された。そんな俺に言った、あいつの一言が──」
『ぶしのなさけ』
「……なんか、妙にツボだった……!」
「ぶはっ」
椎名くんの超マジな顔を見て、私は思わず吹き出してしまった。
すると椎名くんは
「ぶほっ」
と私につられ笑いをした。
「あはははは!」
「あああああっ! コラ藤川! 何すんだよお前、つられたじゃねえかっ! 俺の初笑いを返せ!!」
真っ赤になって怒る椎名くん。
「くそー! また沢田にやられたー!」
「いや、沢田くんとのエピソードっていうか、椎名くんの顔芸だよ今のは。椎名くんの顔が面白すぎたの」
「え、俺?」
椎名くんは自分を指差した。
「私にとっては、椎名くんがツボだよー。あー面白かったあ」
「そっか……じゃあ俺は俺の顔を見た藤川の声で笑ったから、藤川に初めてを奪われたってことで」
「その言い方やめろや」
「あははは」
椎名くんは自然な笑顔になった。
なんだかとても可愛くて、キュンとする笑顔だった。
私たちの笑い声が青空に吸い込まれていく。
「なーんだ、笑うのって簡単じゃん? 何を焦っていたんだろうな、俺」
「ほんとほんと」
「笑って年を迎えるのっていいな。今年はいいことがありそうな気がする」
「もう五日も過ぎてるけどねー」
「うっせ」
私たちは笑いながら参拝の列に並んだ。
五日目ともなれば詣の列は短い。すぐに私たちの祈りの番になる。
鐘を鳴らし、お賽銭を投げ、二礼してから二拍手をした。
目を閉じてから、何をお祈りしようか考える。
うーん、そうだなあ。
ちらりと片目を開けて隣を見ると、超マジな顔でお祈りしている椎名くん。
笑ってしまうからやめれ、その顔。
緩んだ頬で、もう一度目を閉じる。
そうだね、今日は椎名くんが初めて笑った特別な日。
来年もこんなふうにこの日を過ごせたらいいねと、神様の前で手を合わせながら私は思った。
