特別の、その先

 「ーーでさ、そこで青山が嚙んじゃって、お客さんの前だから笑うわけにもいかなくて、俺ら三人必死で笑うの我慢してたの」
 「ふはっ、大変だったね。なんか目に浮かぶわ」
 「だろ? ほんと大変だったんだからーー」
 「あ! ランタン……撮るの忘れた」
 「あぁ……それどころじゃなかったもんな」
 「……田辺だったら撮ってるかな? 後でみせてもらお」

 いつもと変わらず他愛ないことを話しているのに、俺たちを包む空気感はいつもと確実に違っていた。俺は今、高槻に手を引かれながら廊下を歩いている。頭の中はふわふわしていてなんだかよくわからない。

 (つき合ってるんだな……)

 つないだ手をみてぼんやりしていたら「……浅見?」と高槻が振り返った。

 「あ、ごめん……なんかぼーっとしちゃって」
 「ううん」

 高槻は気にするなという風に首を振る。いつの間にか教室の前に到着していて、中からは人の気配がする。非常階段を降りる時からここまで、ずっと手をつないできた。さすがにそろそろ離さなきゃいけないんだけど、名残惜しい。

 「……もう少し、ブラブラする?」
 
 高槻に聞かれて、俺はぎゅっと力強く手を握った。

 「……うん」

 再び、二人で歩き出そうとした瞬間、ガラッと教室の戸が開いて、俺たちは慌てて手を離した。

 「……ふ~ん」

 教室から出てきたのは田辺だった。田辺は俺たちをみて、なぜか妙に納得している。

 「なんだよ」
 「や、べつに。片付けは大体終わった」
 「けんちゃん、ありがとう」
 「だからその”けんちゃん”って……まぁいいけど」

 田辺は少し照れくさそうに、呆れたようにため息をついた。高槻が不思議そうに「けんちゃん?」と首をかしげてから、俺を見る。

 「帰る?」
 「……うん」

 確認するように聞いた後、俺の返事を聞いて教室に入っていった。

 「帰ろ~」
 「腹へったー」
 「ラーメンいく?」
 「いこーぜー、ラーメン」

 高槻と田辺はラーメンで盛り上がりながら帰り支度をしている。俺はつないでいた右手の手のひらをみつめて、開いたり閉じたりしてみた。

 (ここまで来るのにあんなに時間がかかったのに、手を離すのは一瞬だった……なんか寂しいかも)

 田辺と笑い合っている高槻をみる。高槻が俺に気づいて、ん? と口角を上げた。俺はふるふると首を振った。
 だからこそ、高槻のことを大切にしたいと思う。できる限り。

 廊下からガヤガヤと話声が聞こえ、陽キャのクラスメイト達が教室に入ってきた。各々、後夜祭の感想を言い合いながら、自分のカバンを手にまた教室をでていく。

 「あ、今から文化祭の打ち上げでファミレスいくけど、お前らも来る?」

 陽キャ代表のような神崎滉人が、思い出したように声をかけてきた。俺たちは顔を見合わせる。田辺がふるふると首を振る。

 「あのさーー」

 高槻が返事をしようと口を開いた瞬間ーー

 「ごめん、俺たちは行かない」

 気づけば、先にそう言っていた。

 「え、めずらし。浅見が断ってる」
 「じゃーなー」
 「おつかれ~」

 口々にそう言って、教室から出ていくクラスメイト。静かになった教室で、高槻が小声で言う。

 「……俺たち、って」
 「え、違った? 二人は行きたかった?」
 「や、そうじゃないけど……まぁいいや」

 高槻は説明するのを途中で放棄してクスクス笑っている。田辺は、わかってるよとでも言いたげにうんうんと軽くうなずいていた。

 (なんなんだよ……)

 俺だけすっきりしないまま、二人に続いて教室を出る。高槻が振り返り、俺の隣にきた。

 「田辺のこと、けんちゃんって呼んでんの?」
 「まぁ、成り行きっていうかなんていうか……」

 どう説明していいかわからず口ごもっていると、高槻の手が俺の手に触れて、指をからめとられる。

 「……ちょっと嫉妬したかも」
 「え……」

 俺が固まっていると、高槻は苦笑を浮かべぎゅっと力強く手を握った。

 「まぁいいや、こんな風に浅見に触れるの俺だけだもんな」

 そう言って満足そうに笑いながら、指を絡めたままわざと確かめるみたいに強く握られる。

 「触るって……」

 俺はまたドキドキして下を向く。

 (心臓、もつかな……)