特別の、その先

side 浅見

 校庭では、ランタンを校庭に浮かべるという生徒会主催の企画で、後夜祭に参加する生徒にランタンを配っていた。LEDランタンに願い事を書き、ヘリウムガスで風船のように浮かべる。後で回収できるようにランタンに糸をつけてそれを手首にくくりつける。生徒会の合図で、手首の糸をゆるめて、一斉にランタンを浮かべようという幻想的な映えを狙った企画らしい。
 俺はそれどころではなかったので、企画には参加せずに校庭に高丘を探しに行った。校庭にいるほとんどの生徒がランタンを持っている。その生徒たちの間を縫って、走って高槻の姿を探す。

 (あっ、いた!)

 校庭の隅に、ランタンを持った宮崎さんをみつけた。一緒にいるのは、宮崎さんの友達の大友さんだ。

 (あれ?……高槻は?)

 周りを見回しても、高槻の姿は見当たらない。

 「浅見くん!」

 ざわめきの中で、大きな声で名前を呼ばれた。宮崎さんがこちらに向かって手を振っている。

 「宮崎さん」

 宮崎さんの元へ駆け寄る。宮崎さんが持つランタンが風船のようにふわふわ浮いて、橙色の灯りがぼんやりと灯っている。

 「高槻くんのこと探してるんだよね?」
 「え、なんでわかったの?」

 宮崎さんは一瞬目を伏せてから、もう一度俺に向き直った。

 「……高槻くんも誰かをさがしてるみたいだった」
 「誰かってーー」
 「たぶん、浅見くん」

 心臓が大きく跳ねた。宮崎さんは、ランタンの糸を指に巻きつけたまま、ぎゅっと握りしめている。

 (あ、もしかしたらーー)

 「ありがとう」

 宮崎さんにお礼を言って踵を返し走り出す。

 (あいつが最終的に向かう場所はーー)

 ▽▽▽▽

 校庭に流れる軽やかなBGMと、ランタン企画に参加するよう呼びかける生徒会長の声。校庭の真ん中ではダンス部がパフォーマンスをしていて、観客が盛り上がっている。俺はその賑やかな空間に背を向けて、非常階段へと走った。
 必死に階段を駆け上がる。高槻のことを知るようになってから、ここを駆け上がってばかりな気がする。それはただひたすらに、高槻に会いたいからだ。
 最上階にたどり着いたころには息も絶え絶えになっていた。なんとか顔を上げるとーー

 「遅いぞ」

 校庭に灯るライトの白い光を背に、高槻が立っていた。高槻をみつけることができて安心しているはずなのに、ぎゅっと胸が苦しい。これはたぶん、走ってきたせいじゃない。

 「……っ、ごめん」

 肩で息をしながら、高槻の隣に立つ。空はもう、紫から真っ暗な夜空へと変わっていた。空気が澄んで、星がよくみえる。小さな宝石みたいに、一面にきらきらと散らばっている。

 「解説係、おつかれ」
 「ほんとつかれた。来年は絶対やらない」

 ぐったりと手すりに突っ伏す高槻の肩を、労うようにぽんぽん叩く。

 「浅見は? なにしてたの?」

 すぐに顔をあげて、優しい顔で俺を見る。

 「俺はーー」

 ポケットに手を入れた。くしゃくしゃに丸めた俺の気持ち、それを取り出して、中身が読めるように開く。

 「これを書いてた」

 高槻は興味深そうにその紙をみている。

 「高槻に読んでほしいって思いながら書いた……それなのに、ぐちゃぐちゃにしちゃった」

 苦笑を浮かべると、高槻は息を吞んで表情が固まった。ゆっくりと手をのばすが、紙に触れる直前にぴたっと動きが止まる。

 「浅見が俺のために書いてくれたの?」
 
 少し間をおいて、静かにうなずく。

 「読みたい……読んでもいい?」

 わたすかどうか一瞬迷ったけど、ゆっくりと高槻に差し出した。

 「読みにくいかもだけど……」

 高槻は丁寧に両手で受け取って深くうなずく。

 「ありがとう」

 校庭のライトに照らしながら、ゆっくりと文字を目で追っている。俺はその様子を隣でじっとみつめていたが、緊張で落ち着かなくて校庭に目をやった。

 『間もなくカウントダウンを開始します。まだランタンをもらっていない人は生徒会本部の受付まで来てください』

 生徒会長のアナウンスが校庭に響いて、何人かの生徒が急いでランタンをもらいに走っている。胸をおさえながら恐る恐る高槻に視線を戻すと、高槻は紙に視線を落としたまま口元に手の甲を当てていた。紙を持つ手は、わずかに震えている。

 「……これ、ほんと?」

 高槻はゆっくりと瞬きをしながら聞いてきた。

 「……うん」

 俺はなんとか声を出してうなずいたけど、気恥ずかしくて高槻の方をみれない。

 「……俺、後夜祭に浅見をさそうつもりだった」

 高槻の発言に驚いて顔を上げる。暗くてよくわからないけどわずかに高槻の顔が赤い気がする。

 「え……宮崎さんと一緒に行くと思ってた」

 高槻は一瞬目を見開いた後、苦笑する。

 「なんでそうなるんだよ」
 「だって、宮崎さんと仲いいし……みんながお似合いだって……」

 高槻の手が伸びて、俺の頬にそっと触れる。

 「俺はずっと、浅見のことだけをみてた」

 目が細められて、まっすぐに見据えられる。ドッドッと心臓が大きく脈打つ。

 「好きだよ、浅見」

 ひゅっと息が止まる。

 「俺と、つきあってください」

 高槻の熱い視線に胸を射抜かれたみたいに、ぎゅぅっと奥の方が痛くなる。高槻の熱い手が俺の頬を優しく撫でて、せつなげにみつめられる。

 「…………浅見?」

 なにが起きたのかよくわからない。周りの雑音が遮断されて、高槻の低く落ち着いた声だけが鼓膜に響いている。

 「……っ、たかつき」

 ごくりと喉を鳴らし、なんとか声を振り絞る。ドクドクと暴れる心臓に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。

 「……俺も……俺も、高槻のことが好き、です」

 蚊の鳴くような声を出すのが精いっぱいだった。高槻は真っ赤になって、幸せそうに柔らかく笑い何度もうなずく。

 『7時になったら一斉にランタンを浮かべます。それではカウントダウンを開始します!5、4、3、2、1--』

 カウントダウンとともに、ランタンが一斉に浮上する。真っ暗闇に橙色の鈍い光が、ところどころでぼんやり灯る。

 「わぁ……」

 幻想的な景色に、思わず声が漏れた。無数のランタンが夜の校庭に浮かび、まるで星空が地上に降りてきたみたいだった。

 「きれいだな」

 隣で高槻がつぶやく。その声につられて横を見ると、高槻はランタンじゃなく、じっと俺を見ていた。

 「……なに」

 照れ隠しみたいに聞くと、高槻は少し困ったように笑った。

 「夢みたいだなって」
 「……なにが?」
 「浅見と両想いだったこと」

 胸の奥が熱くなる。言葉が出ない。高槻の指先がそっと俺の手に触れる。指先が絡む。

 「キス、していい?」

 心臓が跳ねる。恥ずかしくてたまらないのに、嫌じゃない。むしろ、してほしい。小さくうなずく。
 高槻の手が頬に触れて、そっと顔を寄せてくる。触れるだけの、短いキスだった。胸の奥がきゅうっと締めつけられて、息がうまくできない。
 離れたあと、額が触れそうなくらい近い距離で高槻が笑う。

 「……好き」

 その一言で、また心臓が暴れ出す。俺の指の間に高槻の指が絡んでぎゅっと手を握られた。秋の夜は肌寒いはずなのに、顔も手も熱くなって心臓も忙しい。高槻はずっと、幸せそうに俺をみつめていて、おれもつられて笑った。つないだ手をはなしたくなくて、俺もゆっくりと高槻の手を握り返した。

 「……これからもずっと、隣にいてください」
 「……はい」