特別の、その先

 放課後、カラオケにきて30分で来たことを後悔した。とりあえず、みんなの歌に合わせて手拍子をしてみたり、歌を聞くふりをしながらウーロン茶をすすったり。マイクを渡されたらデンモクを見つめて選曲に迷っているふりをして隣の人にマイクをパスしたり。時間をやりすごしてみてはいるが、とにかく時間が経つのが遅い。早く帰りたい。

 「浅見、スマホ鳴ってる」

 デンモクに集中しすぎていたせいでスマホの振動に気づかなかった。隣に座るクラスメイトに言われて慌ててスマホをみる。着信相手は高槻だった。一瞬、電話に出るのをためらったけれど、ここから出れるのならなんでもいいと、高槻の電話にすがることにした。

 「もしもし、高槻?」

 部屋から出て、スマホを耳に当てる。

 「あ、浅見? どう? 大丈夫?」

 心配そうな優しい高槻の声がすっと耳に届く。

 「……うん。まぁ、なんとか」

 静かな場所に行きたくて、カラオケの受付近くまで来て、ソファに腰を下ろした。

 「駅前のカラオケだっけ?」
 「うん」
 「俺、そっちの方に用事あるからちょっと覗きに行こうかな?」
 「え、高槻も来るの?」
 「……あ、だめだった?」
 「いや、高槻が参加してくれたらみんな喜んでくれるんじゃない?」
 「参加するっていうか、浅見を迎えに行こうかなって」
 「……え?……あ、それはべつに大丈夫」
 「ほんと? 帰りたいのに帰れない状況になってるんじゃない?」

 おっしゃる通りです、と言いたいところだけど、なんでもかんでも高槻に甘えちゃいけない。

 「大丈夫だって。意外と楽しんでるからさ」
 「……だったらいいけど」
 「じゃあ、そろそろ戻らないと」
 「うん、じゃあ楽しんでね」

 そう言って通話を切った。切った後で後悔がどっと押し寄せる。長い長いため息を吐いてから、カラオケの部屋に戻った。
 それから一時間後、俺は限界を迎えていた。既にカラオケに飽きた人はスマホをいじっている。俺も便乗してスマホをいじる。流行っている曲や有名な曲は大体歌ってしまったらしい。今は、洋楽やアニメの曲を歌っている。

 (よし! この曲終わったら絶対帰る!)

 神崎滉人が気持ちよくワンピースの主題歌を歌い切ったタイミングで俺は拳を握り締めてカバンを手に席を立つ。

 「……ごめん、そろそろ帰る」
 
 陽キャたちは特に引き留める様子もなく、「ばいばい」「おつかれ」などと言って送り出してくれた。
 
 「……はぁ~」

 無事に部屋から出られて、安心してため息が出た。

 (緊張した……嫌な顔されたらどうしようかと思ったけど、普通に出れた)

 受付で会計を済ませて、カラオケ店が入るビルを出た。外はもう夕陽が傾いて、空はあたたかな橙色に染まっていた。今、非常階段に行ったら、この夕陽色の空をバックに写真が撮れるかも。

 (もしかしたら、高槻にも会えるかもしれない……ちゃんと、話したい)

 俺は疲れてるのも忘れて、走って学校に戻った。

 (会いたい。いつもみたいに話せるかわかんないけど……)