特別の、その先

 目が覚めると、かすかに木の匂いがした。ゆっくりと周りを見回す。見覚えのない部屋。

 「ここは……」

 ひょっこりと高槻が覗き込んできた。

 「あ、起きた?」
 「えっと……?」

 身体を起こそうとすると、高槻が背中を支えながら起こしてくれた。

 「植物園の事務所だよ」
 「あ……」

 確か、眩暈がしてベンチに横になっていた。そこから起きられなくなって、高槻が背負ってここまで運んでくれたんだ。ぼんやりしていたけど、高槻の背中が広くて安心したのは覚えてる。

 「ごめん、俺……」

 高槻はふるふると首を振る。

 「だいぶ顔色もよくなったみたいだな」

 高槻は安心したように頬をゆるめて水を差し出してきた。

 「ありがと」

 俺はそれを受け取って口に含む。次の瞬間、ぐうううと盛大に腹が鳴った。

 「……ほんと、ごめん」
 「ははっ、俺も腹へったし、なんか買ってくるわ」

 そう言って静かに事務所を出て行った。ふう、と息を吐いて改めて周りを見回す。事務机が二つくらい並んでいて、棚にいろんな書類が並んでいる。こじんまりした事務室の一角に、俺が今座っている簡易ベッドが置かれていた。
 
 (どれくらい寝てたんだろ?せっかく楽しんでたのに、高槻に迷惑かけちゃったな……)

 ガチャとドアが開いて、事務員らしき女性が入ってきた。

 「あら? 目が覚めたのね。よかった」
 「あ、ご迷惑をおかけしてすみません」
 「ううん、私はなにもしてないの。一緒にいたお友達がすごく心配してずっと付き添ってたわよ」
 「そうなんですか……」
 「お腹をぐーぐー鳴らしてたから、お昼食べてきたらって言ったんだけど、どうしてもあなたの傍から離れなくてね」

 (ずっと、いてくれたんだ……)

 心の中がじんわりとあたたかくなっていく。

 (え、もしかして……俺がベンチに横になっている時、一緒にいてとか言っちゃったから……?っつか、いくら体調悪いからって高槻に甘えすぎじゃね?)

 肩に寄りかかったり、手を握ったり、あのまま離したくなくて「一緒にいて」って引き止めたり……自分の行動を振り返って恥ずかしくなり、俺は手で顔を覆った。事務員さんが心配して、大丈夫?と声をかけてくれ、さらに恥ずかしくなって慌てて大丈夫ですと伝えた。

 ▽▽▽▽

 しばらくして、高槻が戻ってきた。手には紙袋、その中にご当地バーガーとポテトが入っている。事務員さんは、少しパソコンで作業をしてから、また忙しそうに事務所を出て行ってしまった。
 高槻が買ってきてくれたバーガーを受け取り、包みを開ける。

 「でかくね?」
 「めっちゃうまそう! いただきまーす!」

 高槻が口いっぱいにバーガーを頬張る。もぐもぐと口を動かしながら、俺に親指を立てた。俺も少し、端の方をかじってみる。

 「ん!? うまい」

 まだバンズしか食べてないのにおいしい。

 「やばいよな!? 肉汁すげー」

 大きな具に苦戦しながらも、ばくばくと食べ進める高槻。俺も、パティの部分にたどり着きそれを口に含むとじゅわっと肉のうまみが広がった。

 「なにこれ!? いつも食べてるやつと全然違う」

 パティというか、ハンバーグに近い肉厚で、一緒に挟んであるチーズやレタスやトマトとも相性抜群ですごくおいしい。大きくて食べきれるだろうかと心配したけれど、お腹がへっていたせいもあり、二人ともぺろりとたいらげてしまった。

 「めっちゃうまかった」
 「ここまで来た甲斐があったな」

 ハンバーガーのうまさに満足しながら二人でポテトをつまむ。俺はふと、さっき事務員さんから聞いたことを口に出した。

 「……あのさ、ずっと傍についててくれたって聞いたんだけど」
 「え?」
 「事務員さんに」
 「あぁー……」
 「ごめんな。遊びにきたのに、高槻の時間無駄にしちゃって」
 「全然、無駄じゃないし」

 ポテトもあっという間にたいらげて、高槻が差し出してくれたウェットティッシュを受け取る。

 「俺は浅見と過ごしたかっただけだから。こうして一緒の空間にいれるだけでうれしいよ」
 「……なんだよ、それ」
 「浅見と一緒だったら、学校の非常階段でも植物園の事務所でも……どこにいても、たぶん変わらないよ」

 (えぇ……)

 俺をみつめながら穏やかに頬をゆるませている。ふにゃふにゃして溶けてしまいそう。そんな高槻をみていると、俺もつられて気持ちがふわふわしてしまう。うれしいけど、少し落ち着かなくてむず痒い感じ。

 「……高槻はさ、あれだよ」
 「あれ?」
 「えっと、幸せへのセンサーが人より敏感なんじゃない?」
 
 高槻は宙を見上げ、少し考えた後、ニッと口角を上げた。

 「……うん、そうかも」
 「些細なことで幸せを感じられるのはいいことだって、母さんが言ってた」
 「うん……でもそれは、浅見と一緒にいるとき限定」
 「限定……?」
 「だから言ってんじゃん。俺は、浅見と一緒ならいつでもどこでも幸せを感じられるんだって」

 (それって、俺のこと……)

 ふいに、高槻が俺をみてクスッと笑う。

 「え、なに?」

 ゆっくりと高槻の手が伸びて、俺の口元を指でそっとかすめた。ドキッと心臓が揺れる。

 「ついてた、ケチャップ」

 (うわ……)

 「あ、りがとぅ……」

 高槻をみていられなくてうつむいた。ドキドキと心臓が大きな音を立てていて、しばらくは鳴りやみそうにない。

 「浅見は?」

 高槻の声に反応して顔を上げる。

 「浅見はどう?……その、俺と一緒にいて、どう思ってんのかなって」

 少しづつ声のトーンが落ちていき、せつなげに眉根を寄せて俺をみる。

 「俺?……俺はーーー」

 高槻と一緒にいると居心地がいい。できればこれからも一緒にいたいって思ってる。けどーー時々、胸の奥がぎゅっと締め付けられるみたいに痛くなる。これは友達には抱いたことのない感情だ。この気持ちを高槻に伝えてもいいのか。迷って言葉に詰まっていると、また高槻の手が伸びてきた。

 「……そろそろバスの時間だから、お土産みて帰ろっか」

 一瞬だけためらうように手が止まって、汗で額に貼りついた俺の前髪をそっと分けてくれた。笑っているのに、どこか諦めたみたいな顔をしている。なにか言葉をかけてあげたいのに、なにもおもいつかなくて。俺はただ、うんと静かにうなずいた。胸の中のドキドキはまだ鳴りやまなくて、落ち着かせるように息を吐いた。

 ▽▽▽▽

 売店に行く前にトイレに寄っていたら、いつの間にか停留所にバスが到着していて慌てて飛び乗った。結局お土産は見れなくて、最後まで慌ただしかったけど、それも楽しかったなって二人で笑う。
 バスの車窓から、ゆっくりと夕陽が落ちていく様を眺める。空も、水色と橙色と紫色がグラデーションになっていて、遠くで月と星が白く光っている。この景色をなんとかカメラにおさめたくて、スマホを構えてみたけれど、画角におさめるのは難しい。いろんな角度を試していると、トンと左肩になにかが圧し掛かった。

 「……寝ちゃった」

 高槻が、俺の肩に寄りかかって小さく寝息を立てている。起こさないように、そっと顔を覗き見る。長いまつ毛に、スッと通った鼻筋、きれいな薄い唇は半開きで色っぽい。

 「……あさみ」

 ドキドキしながら唇をみつめていたら、かすれた声で名前を呼ばれて、心臓が飛び出るかと思った。

 「え……たかつき?」

 俺の声には反応せず、むにゃむにゃと口を動かした後、また寝息が聞こえてきた。

 (寝ぼけてんのかよ)

 少しほっとしたような、でも残念なような、複雑な気持ちで胸をなでおろす。
 友達には抱いたことのない感情、これはきっとーーー

 (すき、なんだろうな……)

 自覚した途端に恥ずかしくなり、高槻を起こさないようにスマホをしまってから、手で顔を扇いだ。

 (やべー……またドキドキしてきた……)

 夕陽が沈む中、肩を寄せてバスに揺られながら、今日一日がもう少し長く続けばいいのにと思ってしまった。