特別の、その先

 夏休みの初日、今日から40日も好きなように過ごせる。早起きしなくていいし、満員電車にも乗らなくていい。好きな時に食べて、好きな時に寝れる。しかもクーラーのきいた部屋で、誰にもみられることなくぐうたらできる。俺は自由だ!
 というテンションで、希望に満ち溢れた夏休みの始まりを過ごそうと思っていたのに。俺は今、机の上にノートを広げてウンウン唸っている。先日、帰り際に高槻に渡されたノートにこんなことが書かれてあった。

 浅見へ
 このノートに、浅見が感じたことや言いたいこと、なんでもいいから書いてください。書けたら俺に渡してね。期限は一週間以内。よろしく。

 なんでもいいって言われても、お題がないのが一番困るんですけど。昨夜から、なにを書けばいいのか考えているけどなにも思いつかない。

 (ラインでよくね?……なんでわざわざノートなんだ?)

 高槻も、俺と同じようにSNSやラインが苦手だと言っていた。なにを返せばいいかわからなくて困ってしまう、と。

 (ノートに書く方が困るんですけど……)

 ノートに書かれた高槻の字をみる。さらさらと走り書きだったのに、けっこうきれいで見やすい。

 (こんな字書くんだ、意外)

 指で高槻の字をなぞりながら、ため息をついた。もうなんでもいいや。シャーペンを持って、ノートの空白をじっと見つめる。少しだけ考えて、諦めたみたいにペンを走らせた。

 高槻へ
 字がきれいですね。習字でもしてたんですか?

 書いた瞬間、なんだこれ、と思って消しゴムで消そうとしたけど他に何も思いつかない。かれこれ一時間悩んだ末、考えるのをやめてノートを閉じた。

 『ノート書いたけど、いつわたせばいいの?』

 普段、ラインの返信は遅いくせに、今日はすぐに既読がついて返信が来た。

 『明日、学校の近くのコンビニ来れる?』

 了解のネコのスタンプを送って、俺はベッドにダイブした。

 「なんで高槻は俺なんかとこんなことしてんだろ……?」

 考えてもわからないので、俺は少し眠ることにした。

 ◇◇◇◇

 翌朝、俺はいつもより少し早く目が覚めた。夏休み二日目、学校に行くときと同じように朝ごはんをちゃんと食べて、身なりを整える。私服で高丘に会うのは初めてで、何を着ていけばいいのかわからず、とりあえずよれていないTシャツに太めのジーンズを合わせて、髪もワックスできれいにしてから家を出た。
 電車に揺られて30分で学校の最寄り駅に着いた。通勤時間帯を避けたので、車内は空いていて快適だったけど、電車を降りてからコンビニに向かうまでが悲惨だった。せっかく髪をセットして小マシな服を着たのに、五分もしないうちに汗だくになった。今までは仕方ないと思っていたけど、今日は心底、地球の温暖化を恨んだ。せめて汗臭いとか汚いとか思われたくない。そんな俺の想いなどお構いなしに、太陽はじりじりと照り付けてくる。

 (天気を操れる魔法が使えればいいのに)

 そんなことを思いながらやっとコンビニに到着した。

 「浅見ー! こっち、こっち!」

 店内に入るやいなや、高槻が手を振って声をかけてきた。汗だくの俺とは違い、さわやかで涼し気な笑顔を向けてくる。

 「あ、うん」

 慌ててタオルで汗を拭いながら、イートインスペースの席に座ってる高槻の元へ行った。

 「ごめん、まった?」
 「いや、俺もさっき来たとこ。汗だくじゃん」

 早速汗を指摘されて、俺は自分の腕や手をクンクン嗅いだ。

 (やば、くさくないかな)

 高槻は俺の手からタオルを取り、それで頭をわしゃわしゃと拭いてくれた。

 「わっ、おいっ、髪がーー」

 すぐに手櫛で、乱れた髪を整えてくれる。ふと目が合って、優しい顔で頬をゆるめる高槻。

 「アイス食お」

 高槻の提案で、この前と同じように2個入りのアイスを買って半分こした。アイスを食べながら、カバンからノートを取り出して高槻にわたす。

 「早かったね」

 高槻はうれしそうに受け取りノートを開こうとしたので、俺が止めた。

 「ノートは帰ってからみてください」

 高槻は少し残念そうに眉をさげて、はーいと返事をしてノートをカバンにしまった。

 「なんかさ、私服の浅見、新鮮なんだけど」

 アイスを食べながら、俺の頭の先からつま先までをじっくりと見ている高槻。

 「べつに、制服が私服になっただけじゃん」

 俺も高槻をちらちらと観察する。ネイビーのシャツに、アイボリーの太めのパンツを履いて、黒のキャップをかぶっている。シンプルなのにかっこいい。背が高くてスタイルがいいと何を着ても似合ってしまう。俺は自分のやぼったい格好が恥ずかしくなってため息をついた。

 「うん、制服の浅見もいいけど、私服もかわいい」

 かわいい? 高槻は俺のこと、ペットかなにかだと思っているんだろうか。

 「あ、」
 「なに?」
 「いや、なんでもない」
 「なんだよ~気になるじゃん」

 そうだ。高槻が俺を見つめるときの表情は、ネコを愛でるときの父さんに似てる。つまり、高槻は俺のこと愛玩動物だと思っている。だから俺のことを構ってくれるのか。自分の推測に妙に納得してしまい、うれしいような悲しいような、複雑な心境だった。

 (でもなんで、交換ノートなんて始めたんだろう)

 「あのさ、」
 「ん? なに?」
 「なんで、ノートなの?」

 俺は思い切って聞いてみた。高槻は少し考えてから口を開く。

 「……それはさ、浅見ってけっこうスマホに依存してるじゃん?」
 「まぁ、そうかも」
 「だから、たまにはこういうやりとりも新鮮でいいかなって思って」
 「……うん」
 「だめだった?」
 「ううん、だめじゃない。……高槻が俺のこと考えてくれてるのは、うん……うれしい、かな」
 「……そっか。よかった」

 高槻は安心したように笑う。

 「嫌になったら言って? 俺が勝手に始めちゃったことだから」
 「……うん、ありがとう」

 今のところ、嫌じゃない。むしろ、少し楽しみに思っている。そんな自分自身に驚いてしまった。