特別の、その先

 浅見・田辺と駅前で別れて、俺は駐輪場に向かった。だだっ広い駐輪場で自分の自転車を発見し、鍵を差して前カゴにカバンを乗せる。暑い日差しが突き刺さる中、自転車をとばして帰るのは嫌だけど、徒歩より早く帰れるんだからしばしの我慢だ。

 「あ、春香に連絡しなきゃ」

 春香は俺の中二の妹。春生まれだから春香。今日は俺より早く帰宅しているはず。そういう日は、なにかいるものがないか聞くのが習慣になっていた。

 「あ……もう金ないんだった」

 カバンに入れっぱなしだったスマホを取り出したところで、さっきのクレーンゲームでお金を使ってしまったことを思いだした。

 「でも一応連絡だけしとくか」

 スマホをタップすると、白猫の顔面ドアップが表示されて、びっくりしてスマホを落としそうになった。

 「え? なにこれ??」

 待ち受け画面は、浅見が撮った夕焼けの街の風景になっているはず。

 「あ、もしかして」

 白猫の顔。見覚えがあると思ったら、浅見の家のネコだ。

 「これ、浅見のスマホじゃん」

 俺は慌てて自転車にまたがり、さっきのゲーセンに戻った。中に入って浅見の姿を探すけど見当たらない。次は駅に向かった。駅構内を走り回り、改札の奥も覗いてみたけど、浅見の姿はなかった。

 「もう帰っちゃったか」

 浅見に連絡するとしても、俺は自分のスマホの番号を覚えていない。しかたなく、浅見のスマホを家に持ち帰ることにした。

 ▽▽▽▽

 帰宅すると、春香がリビングのソファに寝転がりアイスを食べていた。

 「お兄ちゃん、汗やば……」

 うげーとあからさまに嫌そうな顔をされて、俺はすぐにシャワーを浴びた。濡れた髪をタオルで拭きながら自室に入る。ベッドに座ると、机に置きっぱなしだった浅見のスマホがブーブー震え始めた。慌ててそれを手に取ると、”自宅”と表示されている。浅見の自宅からの着信、浅見本人か名波の家族からか。とりあえず電話にでてみたら、浅見本人からだった。互いにごめんと言い合って、明日学校でスマホを返すことになった。

 通話が終了し、ごろんとベッドに寝転がる。浅見と話をしたからか、今日の楽しかったことが次々と頭に浮かぶ。ラーメン屋で、田辺が食べ残したラーメンを辛そうにすする浅見。ハムスターみたいにほっぺをパンパンにしてもぐもぐと口を動かしていたのがかわいかった。ゲーセンで、みゃーちゃんを取ろうとがんばっていた浅見。ぎゅっと口を引き結んで十字キーを操作している姿がかわいかった。みゃーちゃんが取れなくて肩を落としているのがかわいそうで、俺は所持金をみゃーちゃんゲットのためにつぎ込んでしまった。結果、又三郎しか取れなかったけど、又三郎を抱きしめる浅見がかわいかった。

 「はぁ……」

 目に映る浅見が全部かわいく見えてしまう。頭がおかしくなったのかもしれない。
 さっきから視界の端で、浅見のスマホが何度も光る。気になって手に取ってみると、今度は手の中でブーと立て続けに三回鳴った。通知欄がどんどん増えていく。表示される通知は、イムスタやライン、他のSNSの通知も混じっていて、スマホはずっと光りっぱなし。

 「浅見っていつもこんな状態なのか」

 休み時間に真剣に難しい顔をしてスマホをスクロールしていたのを思い出した。タイムラインをチェックして、反応を返していたんだ。写真を撮っている時とは真逆の表情、きっと義務的にやっている。

 「そりゃ疲れるよな。浅見、大丈夫かな……」

 ふいにガチャとドアが開いて春香が勝手に部屋に入ってきた。

 「お前さ、ノックぐらいしろよ」
 「前貸した小説読んだ? 友達に貸すから返してほしいんだけど」

 俺の言うことなんか全く聞いていない。ため息をついてから、カバンに入れっぱなしだった恋愛小説を春香に返す。

 「これ、意外とおもしろかった」
 「でしょ!」
 「交換日記で距離が縮まって仲良くなるところとか」
 「だよね! お兄ちゃんわかってんじゃん!」

 小説の感想を伝えたら、春香は上機嫌で部屋から出て行った。
 読み始めた時は、今どき交換日記とかないだろ、と思っていたけど、ゆっくりと二人のペースで仲が深まるのがすごくよくて、クライマックスでは泣いてしまった。

 「そうだ! 交換日記!」

 浅見をスマホ通知の呪縛から解放するにはいいかもしれない。明日、スマホを返す時に提案してみよ。浅見が少しでも楽になればいい。