特別の、その先

 昼休み、前の席の田辺と弁当を食べていたらーー

 「田辺、お願いがあるんだけどーー」

 高槻がやってきて田辺に手を合わせる。田辺は卵焼きを頬張りながら不思議そうな顔をしている。

 「なに?」
 「あのさ、少しだけ。ちょっとでいいから、浅見貸してくんない?」
 「いいよ」
 「は?」

 あまりにもあっさり了承されて、思わず声が出る。なんで田辺が決めるんだよ。

 「じゃ、行こ」

 高槻は当然みたいに言って、俺の腕を軽く引いた。

 「ちょ、待てって」

 抗議する間もなく、立たされる。

 (なんで俺なんだよ)

 弁当を片手に、半ば引きずられるみたいに歩き出す。高槻の背中を見ながら、

 (……こいつ、ほんとに何考えてんだ)

 連れてこられたのは、あの非常階段だった。踊り場に着くなり、高槻は大きく伸びをする。

 「今日めっちゃ天気いいからさ。たまには外で食いたいと思って」

 そう言いながら、袋からメロンパンを取り出して、さっさと食べ始める。

 (外で食べるのは勝手だけど、なんで俺を誘う?)

 「浅見も早く食べれば? 休み時間なくなるぞ」

 不思議そうに見上げられて、小さく息を吐いて隣に座る。高槻は満足げにうなずいて、メロンパンを頬張った。

 「43回」
 「ん?」
 「三浦先生の”ねっ”の回数」

 俺は弁当箱のフタを開けながら、ああ、とうなずいた。三浦先生とは、語尾に”ねっ”が付く現国の教師だ。さっきの授業ーー4時間目が現国だったから、その時のことを話しているんだろう。

 「わざわざ数えてたのかよ」
 「寝ないよう集中するために数えてた」
 「そこじゃなくて、授業に集中しろよ」
 「聞いてたよ。わらしべ長者の経済学、だろ?」

 俺はもぐもぐときんぴらごぼうを食べながらうなずいた。

 「ちゃんと聞いてんじゃん」
 「現国はけっこうすきだから」

 ごくんとメロンパンを飲み込み、得意げに笑う。ふわりと風が吹いて、高槻の髪をなでる。

 「へぇ~俺は寝てた」
 「ふはっ! 寝てたんかい!」

 少し大きな声でつっこまれて、俺は思わず笑ってしまった。
 他愛ない話をしている間に昼食を食べ終わり、俺はポケットからスマホを取り出す。

 (げっ! めっちゃたまってんじゃん!)

 条件反射のようにグループトークを開いて血眼で鬼スクロール。流し見してから、適当にスタンプを一つ送った。

 「ふぅ……」

 一仕事終えたあとのように息をついてから高槻の方をみる。高槻もパックのカフェオレを飲みながらスマホを眺めていた。

 「そういえばさーー」

 ふと顔を上げた高槻と目が合う。涼やかな二重の目が、優しい印象を与えている。

 「これ」

 スマホの画面を見せられる。そこには、先日俺がここで撮った夕焼け色の街の風景が映っている。

 「え、なんでこれ……?」

 高槻はふふっと含み笑いをし、いいね!をタップした。次の瞬間、俺のスマホが震えた。確認すると、いいね!された、というイムスタの通知だった。

 「どうやって特定したんだよ」
 「#夕焼け とか、#非常階段 とかで検索した」
 「検索したって、何百枚あると思ってんだよ」

 (こいつ……こわ……)

 高槻の執着ぶりにドン引きしていると、高槻は立ち上がって街を見渡す。

 「あの日の光景は俺の頭の中に残ってるからさ、探すのも簡単だったよ」
 「なにそれ、瞬間記憶能力みたいなやつ?」
 
 高槻は笑いながら振り返って俺をみる。

 「違う違う。感情が昂ると記憶に定着しやすいっていうじゃん」
 「え、あの時昂ってたの? 全然そんな風に見えなかったけど」

 記憶をたどりながら、むしろ俺の方が昂ってたよな……と思い返していると、高槻が座り込み俺をまっすぐに見つめる。

 「うん。自分でも信じらんないくらい、昂ってた」

 なぜか真剣な顔をしている。俺は高槻の圧にびっくりして、少し後ずさって距離を取った。風がふいて、木々がざわめく。校庭で遊んでる生徒の賑やかな声が聞こえる。少しの沈黙の後、高槻は息を吐いて顔を緩めた。その表情に俺も安心して、身体から力が抜けていく。

 「……すきなんだよね」

 目を伏せて、せつなげにつぶやく。

 「え……?」

 いつもとは違う表情にドキッと心臓が跳ねた。

 「…………浅見のーー」

 ドキドキと心臓が大きな音を立てる。

 「浅見の、撮る写真が」

 (あーー)

 ストンと胸の中になにかが落ちて、心臓が静かになった。
 キーンコーンカーンコーンーー予鈴が鳴り響く。校庭で遊んでいた生徒たちが、慌てて校舎に入っていく。

 「……そうなんだ」

 高槻はいつもの調子でニッと口角を上げる。

 「ガチファン」

 俺は弁当袋を手に立ち上がり、ゆっくりと階段を下りていく。

 「今度サインでもしてやろうか」
 
 高槻もゴミを片付けて、俺に続いて階段を下りてきた。

 「握手がいいな~」

 高槻はけらっと軽い調子で笑っている。
 俺は高槻に気づかれないように胸に手を当てて深く息を吐いた。

 (マジでわけわかんねー……)