※聖夜視点に戻ります※
深山先輩にフラれた。それも一週間で。
初めて会った日の誓いのキスは嘘だったよう。僕を守るなんて言っておきながら、僕を見放した。
ふつふつと湧き上がるのは怒り。この怒りを鎮めようと、帰宅してすぐに風呂に入った。晩御飯を食べた。いつもはしないのに、ご飯を三杯もおかわりした。本を読んだ。『深』や『山』の単語が出てきた瞬間に破り捨てたくなった。
「嘘吐き……」
破り捨てない代わりに、呼んでいた文庫本を壁に投げつけた。
それは、ゴツっと音を立てて下に落ちる。その直後に妹がノックもせずに入って来た。
「聖夜にぃ、今すごい音したけど。なにごと?」
「別に」
「何をそんな怒ってんの?」
「怒ってないし」
「怒ってるよ。もしかして、聖夜にぃのプリン食べたこと? それなら、明日ママに頼んで買ってきてもらうからさ」
僕はプリン如きで怒らない。しかし、その怒りの理由を伝えると、自ずと深山先輩の話をしなければならなくなる。故に、ここはプリンのせいにしておこう。
「二つ買ってきてもらって」
「じゃあ機嫌直してよ」
「分かった」
とは言うものの、苛々の原因がそれでないのだから機嫌が直るはずもない。しかも、妹が地雷を踏んできた。
「それでさ、この間うちに来たイケメンの深山さんなんだけど、今度連れてきてよ」
「は? なんで?」
「なんでって、だって……格好良いから」
分からなくもない。兄の友人ないし知り合いと、あわよくば付き合いたい心理。このくらいの年頃は歳上というだけで、おそらく耕平君や正也君のようなモブ顔ですら格好良く見えるものなのだ。それなのに、それを遥かに超えるビジュ最強の深山先輩を目の当たりにしたら、目がハートになるのは目に見えている。
とはいえ、僕と深山先輩は、今日から何者でもなくなったのだ。ただ学校が一緒なだけの先輩と後輩。接点がまるでない。
「ねぇ、聖夜にぃ。ダメ?」
「ダメもなにも……」
言い淀んでいると、妹は頬をぷくっと膨らませた。
「彼氏なんでしょ? 良いじゃん、紹介してくれても」
「ちょ、は? なんでそれ、知って……」
「やっぱり。私のBL魂舐めないでよね。お兄ちゃんのことを話す深山さんの顔みたら、ビビッと来たんだよね。それに、チラリと見えたんだけど、深山さんのロック画、聖夜にぃとのツーショット写真だったし」
「え、そうなの!?」
どうりでスマホを開くわけでもないのに、その液晶に目をやっている時間が長かったわけだ。
「ちなみになんだけど……深山先輩って、やっぱ俺のこと好きだと思う?」
「あれは、拗らせるほど好きとみた」
「でも、深山先輩とは一回しか会ってないでしょ? そんなん分かるの?」
「本人同士は分からなくても、第三者の目から見たら丸分かりってことよくある事じゃん。それにさ、聖夜にぃも深山さんのこと大好きだよね」
「え!? 僕が!?」
そんなはずはない。付き合ったのは不可抗力。僕の意思ではない。だから、それを深山先輩に伝えるつもりで……でも、言えなくて。もしや、その理由は深山先輩を悲しませるからではなく、僕が深山先輩を好きだから? このおさまらない怒りは、僕が深山先輩を好きだから?
「いやいやいや、あり得ないから。そもそも僕はゲイじゃないし」
「ノンケがゲイに転換することくらい普通にあるよ。相手が魅力的であればあるほど惹かれていくの」
妹がうっとりとした表情で語り出した。こうなった妹は誰も止められなくなるので、普段なら右から左に流す。普段なら……。
「それはさ、知り合って数日でも?」
「日数なんて関係ないでしょ。一目惚れなんて会った瞬間だし」
「そうだけど……でも」
「もう認めちゃった方が早いよ。じれったいのも好きだけど、じれじれしすぎた結果、勘違いされてフラれる可能性もあるし。マンガならどうとでもなるけど、現実なんだし。こればっかりは手遅れになる前にさ」
「手遅れ……」
フラれた理由はそれか。
しかし、僕が告白した形になっているということは、深山先輩の中で僕らは両想いになっているわけで、今回フラれた理由とは違うのだろうか。ただ、フラれた理由が分かったところで、僕はどうしたいのだろうか。
仮に、仮に妹が言うように僕も深山先輩のことが好きだとする。ビジュ問題はどうしようも出来ないが、僕の性格の問題であるならば、努力して直すことも可能。懇願でもして考えを改め直してもらう? しかし、そこまでしても戻ってきてくれなかったら……最後に深山先輩が吐き捨てた言葉――。
『ちょっと揶揄って遊んでただけなのに、そんな本気になられたらウザいんだけど。そもそも男同士で付き合うとかマジであり得ないから』
あれが本音だとするならば、僕はもう立ち直れない。
やはり、ここは妹の見解は間違いで、僕は深山先輩を好きではないと否定し続けるのが無難だ。これ以上傷付きたくない。これ以上、深山先輩に振り回されるのは懲り懲りだ。
「悪いけど、僕もう寝るから」
「え、聖夜にぃ。深山さんは? 連れてきてくれるの?」
「聞いてはみるけど、本人次第」
絶対に聞かないだろうが、そうでも言わない限り妹が出て行きそうにない。それでも、まだ何か言ってくる妹を軽くあしらってから、僕は部屋の電気を消した――。
◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、カーテンを開けて朝の光をいっぱいに吸った僕は、鳴らないスマホを開いた。
昨日までは、深山先輩からの『おはよう』に返事をしてから身支度を始めていたが、それがないことに焦燥感を覚える。
「僕ってば、何考えてんだろ。この煩わしいやり取りが無くなっただけで、清々しいじゃん」
首をブンブン横に振ってからスマホをベッドの上に置き、クローゼットから制服を取り出した。
この夏服を着られるのも残り一ヵ月ないし二ヵ月。僕は来年も再来年も着られるが、深山先輩は今年切り。この制服を着て二人で歩くこともなくなるのだと思ったら、胸がモヤモヤする。クリーニングの袋から出されていない冬服なんて、深山先輩にお披露目する機会も残されていないかもしれない。そう思うだけで、胸のモヤモヤは更に濃さを増す。
結局一睡も出来なかった僕は、涙で枕を濡らしていた。とめどなく出てくる涙の意味を理解したくなくて、けれど、もう誤魔化しようがないと認めるしかなくて――――。
夏服に袖を通した僕は再びスマホを手に取り、チャットアプリを開く。
『月が綺麗ですね』
そう打って送った。
夏目漱石だなんてベタな言い回しかもしれないが、読書が趣味の深山先輩にはこれが一番伝わると思った。否、深山先輩が昨日の図書館デートをする前に、その言葉を僕に言って欲しいとお願いされた。”好き”の二文字を頑として言わなかった僕に『これなら言えるでしょ?』と、付き合って一週間記念におねだりしてきたのだ。
好きでもないのにその言葉を紡ぐのは躊躇われ、『まだ、月出てませんから』と捻くれた返事をして終わった。けれど、自覚してしまった以上、躊躇う要素は欠片もない。
本当は直接会って伝えるのがベストなのだろうが、先日教室まで押しかけて迷惑をかけている。これ以上、何かをして迷惑をかけられない……というのは建前で、憶病な自分がその殻を破り切れていない。この行為は、ある種の自己満足。いや、賭けに近いかもしれない。
もしも、深山先輩が僕の連絡先を全てブロックしていたなら、このメッセージを読むこともなく、僕らは深山先輩の望む元の生活に戻る。それならそれで良い。それまでの関係だったと諦めよう。反対に、深山先輩がこれを見てしまった場合も同様だ。僕の本心は伝えた。伝えた上で深山先輩の考えが変わらないのであれば、それもまた受け入れるしかない。しかし、そうでないのなら、僕は全力で深山先輩を支えられる存在になりたいと思っている。
――既読が付いた。
賭けは、どちらに傾くのか。
『死んでも良い』
しかし、すぐにまた返信が来た。
『手が届かないから綺麗なのです』
どちらを信じるか、そんなの決まっている――。
深山先輩にフラれた。それも一週間で。
初めて会った日の誓いのキスは嘘だったよう。僕を守るなんて言っておきながら、僕を見放した。
ふつふつと湧き上がるのは怒り。この怒りを鎮めようと、帰宅してすぐに風呂に入った。晩御飯を食べた。いつもはしないのに、ご飯を三杯もおかわりした。本を読んだ。『深』や『山』の単語が出てきた瞬間に破り捨てたくなった。
「嘘吐き……」
破り捨てない代わりに、呼んでいた文庫本を壁に投げつけた。
それは、ゴツっと音を立てて下に落ちる。その直後に妹がノックもせずに入って来た。
「聖夜にぃ、今すごい音したけど。なにごと?」
「別に」
「何をそんな怒ってんの?」
「怒ってないし」
「怒ってるよ。もしかして、聖夜にぃのプリン食べたこと? それなら、明日ママに頼んで買ってきてもらうからさ」
僕はプリン如きで怒らない。しかし、その怒りの理由を伝えると、自ずと深山先輩の話をしなければならなくなる。故に、ここはプリンのせいにしておこう。
「二つ買ってきてもらって」
「じゃあ機嫌直してよ」
「分かった」
とは言うものの、苛々の原因がそれでないのだから機嫌が直るはずもない。しかも、妹が地雷を踏んできた。
「それでさ、この間うちに来たイケメンの深山さんなんだけど、今度連れてきてよ」
「は? なんで?」
「なんでって、だって……格好良いから」
分からなくもない。兄の友人ないし知り合いと、あわよくば付き合いたい心理。このくらいの年頃は歳上というだけで、おそらく耕平君や正也君のようなモブ顔ですら格好良く見えるものなのだ。それなのに、それを遥かに超えるビジュ最強の深山先輩を目の当たりにしたら、目がハートになるのは目に見えている。
とはいえ、僕と深山先輩は、今日から何者でもなくなったのだ。ただ学校が一緒なだけの先輩と後輩。接点がまるでない。
「ねぇ、聖夜にぃ。ダメ?」
「ダメもなにも……」
言い淀んでいると、妹は頬をぷくっと膨らませた。
「彼氏なんでしょ? 良いじゃん、紹介してくれても」
「ちょ、は? なんでそれ、知って……」
「やっぱり。私のBL魂舐めないでよね。お兄ちゃんのことを話す深山さんの顔みたら、ビビッと来たんだよね。それに、チラリと見えたんだけど、深山さんのロック画、聖夜にぃとのツーショット写真だったし」
「え、そうなの!?」
どうりでスマホを開くわけでもないのに、その液晶に目をやっている時間が長かったわけだ。
「ちなみになんだけど……深山先輩って、やっぱ俺のこと好きだと思う?」
「あれは、拗らせるほど好きとみた」
「でも、深山先輩とは一回しか会ってないでしょ? そんなん分かるの?」
「本人同士は分からなくても、第三者の目から見たら丸分かりってことよくある事じゃん。それにさ、聖夜にぃも深山さんのこと大好きだよね」
「え!? 僕が!?」
そんなはずはない。付き合ったのは不可抗力。僕の意思ではない。だから、それを深山先輩に伝えるつもりで……でも、言えなくて。もしや、その理由は深山先輩を悲しませるからではなく、僕が深山先輩を好きだから? このおさまらない怒りは、僕が深山先輩を好きだから?
「いやいやいや、あり得ないから。そもそも僕はゲイじゃないし」
「ノンケがゲイに転換することくらい普通にあるよ。相手が魅力的であればあるほど惹かれていくの」
妹がうっとりとした表情で語り出した。こうなった妹は誰も止められなくなるので、普段なら右から左に流す。普段なら……。
「それはさ、知り合って数日でも?」
「日数なんて関係ないでしょ。一目惚れなんて会った瞬間だし」
「そうだけど……でも」
「もう認めちゃった方が早いよ。じれったいのも好きだけど、じれじれしすぎた結果、勘違いされてフラれる可能性もあるし。マンガならどうとでもなるけど、現実なんだし。こればっかりは手遅れになる前にさ」
「手遅れ……」
フラれた理由はそれか。
しかし、僕が告白した形になっているということは、深山先輩の中で僕らは両想いになっているわけで、今回フラれた理由とは違うのだろうか。ただ、フラれた理由が分かったところで、僕はどうしたいのだろうか。
仮に、仮に妹が言うように僕も深山先輩のことが好きだとする。ビジュ問題はどうしようも出来ないが、僕の性格の問題であるならば、努力して直すことも可能。懇願でもして考えを改め直してもらう? しかし、そこまでしても戻ってきてくれなかったら……最後に深山先輩が吐き捨てた言葉――。
『ちょっと揶揄って遊んでただけなのに、そんな本気になられたらウザいんだけど。そもそも男同士で付き合うとかマジであり得ないから』
あれが本音だとするならば、僕はもう立ち直れない。
やはり、ここは妹の見解は間違いで、僕は深山先輩を好きではないと否定し続けるのが無難だ。これ以上傷付きたくない。これ以上、深山先輩に振り回されるのは懲り懲りだ。
「悪いけど、僕もう寝るから」
「え、聖夜にぃ。深山さんは? 連れてきてくれるの?」
「聞いてはみるけど、本人次第」
絶対に聞かないだろうが、そうでも言わない限り妹が出て行きそうにない。それでも、まだ何か言ってくる妹を軽くあしらってから、僕は部屋の電気を消した――。
◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、カーテンを開けて朝の光をいっぱいに吸った僕は、鳴らないスマホを開いた。
昨日までは、深山先輩からの『おはよう』に返事をしてから身支度を始めていたが、それがないことに焦燥感を覚える。
「僕ってば、何考えてんだろ。この煩わしいやり取りが無くなっただけで、清々しいじゃん」
首をブンブン横に振ってからスマホをベッドの上に置き、クローゼットから制服を取り出した。
この夏服を着られるのも残り一ヵ月ないし二ヵ月。僕は来年も再来年も着られるが、深山先輩は今年切り。この制服を着て二人で歩くこともなくなるのだと思ったら、胸がモヤモヤする。クリーニングの袋から出されていない冬服なんて、深山先輩にお披露目する機会も残されていないかもしれない。そう思うだけで、胸のモヤモヤは更に濃さを増す。
結局一睡も出来なかった僕は、涙で枕を濡らしていた。とめどなく出てくる涙の意味を理解したくなくて、けれど、もう誤魔化しようがないと認めるしかなくて――――。
夏服に袖を通した僕は再びスマホを手に取り、チャットアプリを開く。
『月が綺麗ですね』
そう打って送った。
夏目漱石だなんてベタな言い回しかもしれないが、読書が趣味の深山先輩にはこれが一番伝わると思った。否、深山先輩が昨日の図書館デートをする前に、その言葉を僕に言って欲しいとお願いされた。”好き”の二文字を頑として言わなかった僕に『これなら言えるでしょ?』と、付き合って一週間記念におねだりしてきたのだ。
好きでもないのにその言葉を紡ぐのは躊躇われ、『まだ、月出てませんから』と捻くれた返事をして終わった。けれど、自覚してしまった以上、躊躇う要素は欠片もない。
本当は直接会って伝えるのがベストなのだろうが、先日教室まで押しかけて迷惑をかけている。これ以上、何かをして迷惑をかけられない……というのは建前で、憶病な自分がその殻を破り切れていない。この行為は、ある種の自己満足。いや、賭けに近いかもしれない。
もしも、深山先輩が僕の連絡先を全てブロックしていたなら、このメッセージを読むこともなく、僕らは深山先輩の望む元の生活に戻る。それならそれで良い。それまでの関係だったと諦めよう。反対に、深山先輩がこれを見てしまった場合も同様だ。僕の本心は伝えた。伝えた上で深山先輩の考えが変わらないのであれば、それもまた受け入れるしかない。しかし、そうでないのなら、僕は全力で深山先輩を支えられる存在になりたいと思っている。
――既読が付いた。
賭けは、どちらに傾くのか。
『死んでも良い』
しかし、すぐにまた返信が来た。
『手が届かないから綺麗なのです』
どちらを信じるか、そんなの決まっている――。



