※深山裕次郎視点です※
俺はこの夏、生まれて初めての恋をした――。
出会いは衝撃的過ぎて忘れようにも忘れられない。
頻繁とまではいかないにしても週一程度に通っていた図書館。どうせ行くなら……と、何気なく始めたアルバイト。まさかそこにBLマンガを返却する利用者さんが現れるとは思わなかった。
付き合い初めたのは、半分以上暇つぶしだった。学年も違うのに俺の名前も知っており、且つBLマンガを出してくるなんて、それは俺に気があるとしか思えなかった。
しかし、ふとした時に聖夜が言うのだ。
『噂と違いますね』
これは、俺が流した良からぬ噂の方だ。つまり、聖夜が俺のことを知っていたのは、俺に興味があったわけでも、ましてや俺のことが好きだからではない。BLマンガを出して来た時の狼狽えようも、今思い返せば本気で間違えてしまったのだろう。そして、俺に弱みを握られたとでも考えていたのかもしれない。
それに気付いたのが会ってすぐなら、俺も付き合うなんて提案はしなかった。そんな嫌がらせの何者でもないことをするほど、性根は腐っていない。
とはいえ、聖夜を好きになってしまった後なのだから逃がさない手はない。しかも、ヤンキー高校で悪名高い北高、そこの下っ端に運悪く俺と仲良くしている場面を見られてしまった。これは、北高の番を務める北原真司に狙われた可能性が高い。俺は、命に変えても聖夜を守る覚悟でいた。
「聖夜、酷いこと言ってごめんね」
スマホのロック画面に写る聖夜とのツーショット写真を眺めながら罪悪感が込み上げてくる。まだ暗くなりきれていない黄金色の空は、この寂しさを助長させる。
「でも、今ならまだ間に合う。全て無かったことに出来るから……」
北原真司から狙われることも、俺との関係も。全て、全て無かったことに――――。
二学期が始まって三日目。北高の連中が動きを見せるなら、そろそろといったところか。油断していた頃に……というのが、彼らの常套手段。
ところで、何故俺が北原真司に狙われているか。それを説明しなければ話が進まないかもしれない。
――あれは、俺が中学二年生の頃。隣町の中学校の番・北原真司を俺が倒してしまった。これが事の始まりだ。
とはいえ、俺は不良グループに所属しているわけでは決してない。ちょっぴり顔が良くて女子からモテる平凡な中学生。そんな俺には、友人もそれなりにいた。陽キャ男子五人とつるんで、クラスのカーストでは最上層に位置していた。
充実していた中学生活に陰を落としたのは、ほんの些細なことだった。友人の一人が道を歩いていると、たまたま真司と肩がぶつかり、友人は謝った。それは軽い謝罪ではあったものの、すれ違いざまにぶつかればそんなものだ。しかし、真司は慰謝料を請求してきた。そんなベタなことがあるのかと友人らと笑い合った。それが更に逆鱗に触れたよう。胸ぐらを掴まれた。そして、あろうことか俺は真司を倒してしまったのだ。その時に初めて知った。俺は喧嘩が強いのだと。
おそらく、人数合わせのために空手部の幽霊部員になったことが要因だと思う。運動神経はそこそこだったが、過酷な鍛錬を経て何かを成すよりも、俺はお菓子を作ったり本を読んだりする方が好きだった。けれど、俺の通う中学校に製菓部なんてものは存在しない。それでも、中学ではどこかの部活に所属する必要があったので、人数合わせにそこに入部したのだ。人数がいないそこでは、時折試合に参加せざるを得ない状況が出てきた。故に、一通りの型とルールを覚え、少しばかり練習する機会があったのだ。それが生かされた。そうとしか考えられない程に、呆気なく真司は倒れた。
しかし、それからというもの真司がやたらと絡んで来た。それが面倒で軽くいなしていたのだが、俺を倒せないと分かった真司は卑怯にも俺の友人を狙うようになった。友人の四人は一人ずつ病院送りになり、それの復讐をしたら警察に見つかって停学処分を食らった。そんなことが半年に渡って繰り返されたある日、俺はふと思ったのだ。俺に友人がいなければ、この終わりなき惨劇は繰り返されない……と。
俺の考えは当たっていたようで、俺の周りに人がいなくなれば真司は何もしてこなくなった。故に、高校に入ってからも友人は一切作らなかった。俺に目を付けられたが最後……そんな噂は、中学時代の俺らの事情をあまり知らない同級生や先輩後輩らが尾ひれを付けて話を盛ってくれた。そのおかげで、話しかけてくるものは誰もいなくなった。
高校に入学してからの二年間何もなかったのだから、もうそれきりにして欲しかったのに、神様はどうしてこうも俺に味方してくれないのか。
――帰宅するなり、部屋の電気も付けぬまま、俺は聖夜と食べようと思っていたフォンダンショコラを冷蔵庫から取り出した。そして、それを残飯を入れるゴミ箱へとスライドさせた。
「さよなら、聖夜」
幸い、聖夜が北高の連中に見つかったのはあの一回きり。しかも、こういったら怒られるかもしれないが、聖夜の顔は平凡すぎる故、数分会ったくらいではそう覚えられない。何より、セイヤの本名がイヴだったのが今回一番の救い。北高の連中が乗り込んできたところで『セイヤ』を探すだろうから。俺と学年も違うし、中学の頃とは違って探すのは一苦労するはずだ。俺が聖夜と一緒にいさえしなければ――。
けれど、一つ分からないことがある。
俺は庇護欲を掻き立てられ、呆気なく聖夜の虜になってしまった。出会って七日と聖夜は言うが、日にちなんて関係ない。一つ一つの反応が可愛くて、独占欲が爆発しそうになるほど愛おしく思える存在になってしまったのだから。聖夜の顔を見た時のこの胸の高鳴りがそれを証明している。それでも、聖夜は違う。聖夜は何度も俺に好きではないことを伝えようとした。伝えようとして断念はしているけれど、俺のことが好きでないはずの聖夜の別れ際の反応ときたら、俺と別れたくないように見えた。まるで、俺のことを好きだと言っているようだった。
「俺、重症かも……」
ここまで未練が残るとは思いもよらなかった。
もしもあの時、聖夜が俺のことを好きと言ってくれていたなら、誰の目にも触れぬよう部屋に閉じ込めていたかもしれない。それくらい、愛おしくてたまらない。だから、余計事俺が関わってはダメだ。俺が関わると不幸にさせる。これで良かった。これで良かったんだと、自分に言い聞かせるしかなかった――――。
俺はこの夏、生まれて初めての恋をした――。
出会いは衝撃的過ぎて忘れようにも忘れられない。
頻繁とまではいかないにしても週一程度に通っていた図書館。どうせ行くなら……と、何気なく始めたアルバイト。まさかそこにBLマンガを返却する利用者さんが現れるとは思わなかった。
付き合い初めたのは、半分以上暇つぶしだった。学年も違うのに俺の名前も知っており、且つBLマンガを出してくるなんて、それは俺に気があるとしか思えなかった。
しかし、ふとした時に聖夜が言うのだ。
『噂と違いますね』
これは、俺が流した良からぬ噂の方だ。つまり、聖夜が俺のことを知っていたのは、俺に興味があったわけでも、ましてや俺のことが好きだからではない。BLマンガを出して来た時の狼狽えようも、今思い返せば本気で間違えてしまったのだろう。そして、俺に弱みを握られたとでも考えていたのかもしれない。
それに気付いたのが会ってすぐなら、俺も付き合うなんて提案はしなかった。そんな嫌がらせの何者でもないことをするほど、性根は腐っていない。
とはいえ、聖夜を好きになってしまった後なのだから逃がさない手はない。しかも、ヤンキー高校で悪名高い北高、そこの下っ端に運悪く俺と仲良くしている場面を見られてしまった。これは、北高の番を務める北原真司に狙われた可能性が高い。俺は、命に変えても聖夜を守る覚悟でいた。
「聖夜、酷いこと言ってごめんね」
スマホのロック画面に写る聖夜とのツーショット写真を眺めながら罪悪感が込み上げてくる。まだ暗くなりきれていない黄金色の空は、この寂しさを助長させる。
「でも、今ならまだ間に合う。全て無かったことに出来るから……」
北原真司から狙われることも、俺との関係も。全て、全て無かったことに――――。
二学期が始まって三日目。北高の連中が動きを見せるなら、そろそろといったところか。油断していた頃に……というのが、彼らの常套手段。
ところで、何故俺が北原真司に狙われているか。それを説明しなければ話が進まないかもしれない。
――あれは、俺が中学二年生の頃。隣町の中学校の番・北原真司を俺が倒してしまった。これが事の始まりだ。
とはいえ、俺は不良グループに所属しているわけでは決してない。ちょっぴり顔が良くて女子からモテる平凡な中学生。そんな俺には、友人もそれなりにいた。陽キャ男子五人とつるんで、クラスのカーストでは最上層に位置していた。
充実していた中学生活に陰を落としたのは、ほんの些細なことだった。友人の一人が道を歩いていると、たまたま真司と肩がぶつかり、友人は謝った。それは軽い謝罪ではあったものの、すれ違いざまにぶつかればそんなものだ。しかし、真司は慰謝料を請求してきた。そんなベタなことがあるのかと友人らと笑い合った。それが更に逆鱗に触れたよう。胸ぐらを掴まれた。そして、あろうことか俺は真司を倒してしまったのだ。その時に初めて知った。俺は喧嘩が強いのだと。
おそらく、人数合わせのために空手部の幽霊部員になったことが要因だと思う。運動神経はそこそこだったが、過酷な鍛錬を経て何かを成すよりも、俺はお菓子を作ったり本を読んだりする方が好きだった。けれど、俺の通う中学校に製菓部なんてものは存在しない。それでも、中学ではどこかの部活に所属する必要があったので、人数合わせにそこに入部したのだ。人数がいないそこでは、時折試合に参加せざるを得ない状況が出てきた。故に、一通りの型とルールを覚え、少しばかり練習する機会があったのだ。それが生かされた。そうとしか考えられない程に、呆気なく真司は倒れた。
しかし、それからというもの真司がやたらと絡んで来た。それが面倒で軽くいなしていたのだが、俺を倒せないと分かった真司は卑怯にも俺の友人を狙うようになった。友人の四人は一人ずつ病院送りになり、それの復讐をしたら警察に見つかって停学処分を食らった。そんなことが半年に渡って繰り返されたある日、俺はふと思ったのだ。俺に友人がいなければ、この終わりなき惨劇は繰り返されない……と。
俺の考えは当たっていたようで、俺の周りに人がいなくなれば真司は何もしてこなくなった。故に、高校に入ってからも友人は一切作らなかった。俺に目を付けられたが最後……そんな噂は、中学時代の俺らの事情をあまり知らない同級生や先輩後輩らが尾ひれを付けて話を盛ってくれた。そのおかげで、話しかけてくるものは誰もいなくなった。
高校に入学してからの二年間何もなかったのだから、もうそれきりにして欲しかったのに、神様はどうしてこうも俺に味方してくれないのか。
――帰宅するなり、部屋の電気も付けぬまま、俺は聖夜と食べようと思っていたフォンダンショコラを冷蔵庫から取り出した。そして、それを残飯を入れるゴミ箱へとスライドさせた。
「さよなら、聖夜」
幸い、聖夜が北高の連中に見つかったのはあの一回きり。しかも、こういったら怒られるかもしれないが、聖夜の顔は平凡すぎる故、数分会ったくらいではそう覚えられない。何より、セイヤの本名がイヴだったのが今回一番の救い。北高の連中が乗り込んできたところで『セイヤ』を探すだろうから。俺と学年も違うし、中学の頃とは違って探すのは一苦労するはずだ。俺が聖夜と一緒にいさえしなければ――。
けれど、一つ分からないことがある。
俺は庇護欲を掻き立てられ、呆気なく聖夜の虜になってしまった。出会って七日と聖夜は言うが、日にちなんて関係ない。一つ一つの反応が可愛くて、独占欲が爆発しそうになるほど愛おしく思える存在になってしまったのだから。聖夜の顔を見た時のこの胸の高鳴りがそれを証明している。それでも、聖夜は違う。聖夜は何度も俺に好きではないことを伝えようとした。伝えようとして断念はしているけれど、俺のことが好きでないはずの聖夜の別れ際の反応ときたら、俺と別れたくないように見えた。まるで、俺のことを好きだと言っているようだった。
「俺、重症かも……」
ここまで未練が残るとは思いもよらなかった。
もしもあの時、聖夜が俺のことを好きと言ってくれていたなら、誰の目にも触れぬよう部屋に閉じ込めていたかもしれない。それくらい、愛おしくてたまらない。だから、余計事俺が関わってはダメだ。俺が関わると不幸にさせる。これで良かった。これで良かったんだと、自分に言い聞かせるしかなかった――――。



