イケメン問題児の先輩に弱みを握られたと思ったら、溺愛され始めました。

 中学生の時とは違い、高校は二学期初日も普通に授業がある。そして、予想通り実力テストもあった。それが終わった後に嘆いている者は多いが、僕は一人ほくそ笑んでいた。何故なら、深山先輩に丁寧に教わった箇所が問題として出てきたからだ。
 ニヤニヤしながら昼休憩に入ると、十分休憩の度に僕の元まで来ていた耕平君と正也君がお弁当を持ってやってきた。
「で? そろそろ教えてくれよ。サンタ、深山先輩に何したんだよ」
「な、何って……別に」
「何もないのにサンタのこと借りて行かんでしょ」
「そうだけど……」
 ちょっぴり過激なBLマンガを返却してしまったとは恥ずかしくて言えない。しかも、そこから付き合うことになっただなんて……。
 何をどこからどう話したら良いものか。十分休憩とは違って昼休みは四十五分もある。はぐらかすには時間が長すぎる。
 一つの机の上に弁当が三つ開かれ、ひとまず窮屈なそれを囲むように三人で座る。箸箱から箸を取り出していると、耕平君と正也君は顔を見合わせ頷いた。
「……?」
 どうしたのだろうと思った瞬間、耕平君に右の手首を掴まれ、正也君に夏用のワイシャツをガバッと捲り上げられた。
「ちょ、な、何!?」
 僕だけでなく、その周りにいた数人もざわついた。
 とはいえ、ここは男子校。キャーキャー大騒ぎしたり、見たくもないものを見せられたと嘆くものもいない。そして、夏休み明けで日焼けを見せびらかしている者もいるので、そういった類だと思われたよう。皆の視線はすぐに外れた。
 急いで捲り上げられたシャツを直していると、耕平君と正也君は二人してホッとしたように椅子に座り直した。
「もう、二人して何?」
「いや、見えないところに痣がいっぱい出来てんのかと思って。なぁ、正也」
「うん。でも、まだ足は確認できてないから、後でしないと」
「だな」
 深山先輩の悪い噂しか知らない彼ら。僕のことを心配してくれていることは伝わって来る。伝わっては来るが――。
「だからって、こんなところで確認しなくたって良いじゃん。恥ずかしい」
「だったら教えろよ。深山先輩と何があったのか」
「それは……」
 僕は、観念して重要なところだけ端折って伝えることにした。
「この間、図書館で出会って、なんやかんや深山先輩の家に行くことになって、なんやかんやで優しくしてもらってる。学校一の問題児っていう噂も嘘だと思うよ。全然そんなんじゃないもん」
 早口で言って、卵焼きを口の中に放り込んだ。
 案の定、誰も納得してくれない。
「なんやかんやって何だよ」
「なんやかんやで深山先輩の家に行くなんて、まずないから。脅されてるなら言いなよ。兄貴にも相談してみるし」
 正也君の兄は深山先輩と同じクラスであるものの、ヤンキーとは程遠い生徒会会長。学校での揉め事の相談をするには、うってつけの相手。頼りになるのは間違いない。だから夏休みの間の深山先輩の素行まで報告されたりするのだろう。全部嘘っぱちだったが。
「だけど、二人が心配するようなことにはなってないから。本当に大丈夫なんだって」
 その時、僕は閃いた。
「だったらさ、一緒に行く?」
「「行くって?」」
「深山先輩のとこ。百聞は一見に如かずだよ」
 最近、お気に入りの言葉になって来た。

  ◇◆◇◆◇◆◇

 嫌がる耕平君と正也君を連れて、三年二組の教室の前までやってきた。
 廊下を歩いているだけでアウェイ感が半端なく、教室の扉を開けるのも躊躇われる。扉を開けずに小窓から中を覗けば、深山先輩は窓際の一番後ろの席で肩肘を付きながら外を眺めていた。
「おい、サンタ。やっぱやめようぜ」
 耕平君がシャツの背中部分をピッピッと引っ張って来た。正也君もそれに深く頷く。
「どうみても浮いてんじゃん。近寄るなオーラ出てんじゃん」
「確かに、今はそう見えるけど。お菓子だって作るし、本当に優しいんだって」
 意を決して扉をノックしようとしたその時、背後から声をかけられた。
「正也?」
「わッ、兄貴!?」
 それは、真っ黒い前髪を七三に分け黒縁メガネをつけた、如何にも優等生といった風貌の正也兄だった。
「ッたく、教室には来ないようにって言ってあっただろ。用があるならメッセで」
「いや、今日は兄貴にじゃなくて……」
「僕にじゃなかったら、誰に用事なんだ?」
「それは……」
 言い淀む正也君の代わりに、僕が応える。
「深山先輩です。呼んでもらっても良いですか?」
 その名前を聞いただけで、正也兄は狼狽えだした。
「は? ちょ、君、馬鹿なのか? 深山裕次郎の噂を知らないのか? 正也、お前は友人にそんなことも伝えていないのか?」
「言ってるよ。だけど、サンタが……」
「失礼ですけど、正也君のお兄さんは、深山先輩と話したことあるんですか? 話したことがあって、その噂を鵜呑みにしてるんですか?」
「話したことくらい……あ、ある……」
 明らかに目を泳がせた正也兄。どうせ、先生からの伝言を伝えたり、大した内容ではないのだろう。そんなので深山先輩の良さは分からない。彼にも見せてあげるのが一番かもしれない。深山先輩の笑顔を。
 そう思って扉を開けてみたのは良いが、この胸のモヤモヤは何だろう。深山先輩の笑顔を見せれば、誤解が解けるかもしれない。噂の全部が嘘とは言わないが、せめてその本質を見抜いてくれる者が出てくるかもしれない。しかし、心のどこかで、そんなこと誰も知らなくて良いと思ってしまう。
 扉を開けたことで注目の的になってしまった僕は、深山先輩とバッチリと目が合った。けれど、その驚いた顔が緩む前に、僕は一礼して扉を閉めた。そして、そのまま一年生の教室に向かう為、足早に歩き出す。
「サンタ? 深山先輩のこと良いのか?」
 耕平君は後ろを気にしつつ付いてくる。そして、正也君も「じゃ!」と正也兄に軽く手を振ってから追いかけてきた。
「二人ともごめん、また今度にする」
「ありがたいけどさ……考え直すなら、扉開ける前にしてよ」
 後ろを振り返りながら正也君が焦ったように言えば、耕平君も「げっ!」と小さい声を漏らした。僕も反射的に後ろを振り返る。
「セイヤ、待って!」
 呆気に取られる正也兄を押し退けるようにして深山先輩が走ってきた。その足は僕のより遥かに長い為、軽く駆けただけで追いつかれてしまった。
 今にも抱きついてきそうな勢いで足を止めた深山先輩は、困惑したように辺りを見渡した。
「大丈夫? もしかして、アイツらが乗り込んで来た?」
「アイツら……?」
 キョトンとしながら、僕も廊下とそこにある階段を見渡す。廊下ですれ違った先輩らが僕らから距離を取る。三年二組の生徒は半数以上が教室から顔を出しており、その他のクラスの先輩らも何事かと教室から顔を覗かせる。更には、階段の方からも下と上の踊り場辺りから傍観者あり。つまりは、四方から囲まれ注目を浴びている。耕平君と正也君も、僕の後ろでたじたじだ。
「サンタ、どうにかしろよ」
「耕平ならまだしも、僕まで巻き添えやめてよ」
「は? 俺は良いってどういうことだよ」
「まんまだよ」
 そんな二人のコソコソ話はさて置き、素直に教室で声をかけていれば良かったと後悔だ。こんな大事にさせるつもりではなかった。しかも、はたから見れば、明らかに深山先輩にロックオンされた可哀想な後輩たちだ。そして、深山先輩が気にしている“アイツら”とは、いったい?
 暫し考えた末、深山先輩と対立する不良グループの面々を思い出す。
「あー、大丈夫ですよ。あの人たちって、他校の生徒さんなんですか?」
「うん、北高のヤツら。乗り込んでないなら良かった」
 深山先輩はホッとひと息つき、僕は僕で他校の生徒だったことに安堵する。
「すみません。いきなり来ちゃって。迷惑……でしたよね?」
「ううん。だって、アイツら関連じゃないってことは、普通に俺に会いに来たんでしょ?」
 はにかみながらコクリと頷けば、深山先輩は笑顔で頭を撫でてくれた。
「可愛い」
 僕と深山先輩の間ではこれが普通だが、言わずもがな周りの人からしたら異常でしかない。誰もが言葉を失っている。
「ほら、優しいでしょ?」
 僕のすぐ後ろに隠れている耕平君と正也君に言えば、目を丸くしながら頷いた。
「てか、このビジュで優しいってサイコーじゃね?」
「お近付きになれたら自慢出来るよね」
 小声で話す二人は深山先輩に害がないと分かったようで、両隣に並んできた。耕平君なんて得意げに僕の肩を組んできた。
「深山先輩。朝も会いましたよね。俺、コイツの友達なんで、宜しくお願いします」
 刹那、深山先輩の表情が無くなった。「へぇ」の一言だけ言って、耕平君を見下げている。
 初めて見るその冷たい視線に、背筋が凍る。僕がこれなのだから、耕平君はカチンコチンだろう。正也君は再び一歩後ろに下がる。
 周りの視線も、これが普通だと言わんばかりに頷いている。無謀に話しかけた僕らが悪いと、誰も合いの手を入れようともしない。むしろ、とばっちりが来ないように避難している者の方が多い。
「セイヤ」
 声色もいつもより低く、怒られているような錯覚に陥る。否、これは本気で怒られているのかもしれない。友人に深山先輩の優しいところを見てもらいたいが為にわざわざ教室までやってきて、見せ物のような状況になっているから。だから、深山先輩は怒っているのだ。
 しゅんと俯いて謝罪しようとすれば、もう一言その口から発せられた。
「隙だらけ」
「……?」
 どういう意味か考えていると、深山先輩の手が顔の横の方に伸びて来た。ビクッと肩を震わせたと同時に、耕平君の腕が引っ込んだ。そして、その肩をパッパッと埃でも払うかのように軽く撫でた。
 もしかしてだが、これは……。

 ――嫉妬? 

 耕平君に肩を組まれていたから、嫉妬してくれていたのだろうか。胸がキュッとなる。
 未だ冷めた目で見られているが、ポワポワした気持ちになる。
「セイヤ? 何ニヤニヤしてんの?」
「え、ニヤニヤしてました?」
「現在進行形でしてるよ」
 頬をムニムニと触られ、タコのような口にされた。
ひゃへへふははひ(やめてください)
「明日、行きたいとこ決まった?」
「はひ」
 返事をすれば、深山先輩の手が頬から離れた。
「深山先輩と初めて会った場所行きたいです」
「それって……図書館? 図書館なんて、いつでも行けるじゃん。もっと、こう美味しいもの食べに行ったりさ。ジェラートとかどう?」
「甘いものは、深山先輩が作ってくれたものの方が美味しいですから」
 素直な気持ちを伝えれば、深山先輩の顔が最上級に破顔した。
 皆があっと息を呑んだのが分かるほど、その顔は尊かった。そして、またもや耕平君が口を開けば……。
「深山先輩、俺も一緒に」
 その一言に、せっかくの笑顔が消失してしまった。
「初めに言っとくけど、俺はセイヤを傷付ける奴は誰であろうと許さないから」
「いや、俺は別にサンタを傷付けてなんて……」
「サンタ……?」
 怪訝な顔をする深山先輩。
 まずい。名前を偽ったまま本当のことを言っていなかった。今本当のことを話せば怒り出すだろうか。後でゆっくり説明しよう。今、こんな大勢いる場でする話でもない。
 回れ右して、耕平君と正也君の背を押した。
「と、とにかく、僕らは失礼しますね」
 ――友人やその他の生徒の深山先輩に対する認識が変わったかは不明であるが、翌日から僕が有名人になったことは言うまでもない。学校一の問題児、深山裕次郎を従える一年生として。