イケメン問題児の先輩に弱みを握られたと思ったら、溺愛され始めました。

 日本の夏というのはいつからこんなにも長くなったのか。夜は多少涼しい風が入って来ることもあるが、夏休みが終わった今も、日中は終わりを知らないかのように太陽が降り注ぐ。
 久々の通学路を一人で歩いていると、後ろからトンと肩を叩かれた。肩がピクリと跳ねる。
「おはよ」
 後ろを振り返れば、同じ背丈のイガグリ頭。
「な、なんだ、耕平(こうへい)君か」
「誰だと思ったんだよ」
「いや、別に……」
 深山先輩と言ったら、僕の隣を歩く友人は腰を抜かすことだろう。何を隠そう深山先輩の噂は、この小笠原(おがさわら)耕平(こうへい)から聞いたのだから。
「夏休みどうだった? サンタはどっか行った? 俺は家族で沖縄」
「僕は、深や……」
「みや……?」
「あ、そういえば、四国行ったよ。香川でうどん食べた」
 あれは、夏休みが始まってすぐのこと。深山先輩と過ごした夏休みのラストスパートが濃すぎて、遥か昔のことのよう。
 暫し歩いていると、同じ学校の制服を着た生徒が増えてきた。耕平君に続いて、もう一人の友人である篠原(しのはら)正也(まさや)を発見したので、僕と耕平君で挟むようにして声をかけた。
「正也君、おはよ」
「おは、夏休みどうだった? 俺、沖縄」
「おはよー。僕はどこも行ってないや。サンタは?」
「僕、香川」
「へぇ、二人とも満喫してんね」
 何だろう。至極安心する。この二人のモブ顔と、どうでも良い朝のやりとり。妙に、ほのぼのする。
 余談だが、僕のあだ名は『サンタ』。由来は、単純に名前が聖夜(いゔ)だから。周囲の人は、サンタと呼ばれた方が恥ずかしいだろうと言ってくるが、逆だ。少し変わった呼び方も、あだ名だと思うと全くと言って良いほど羞恥を抱かない。それに、世間には三太(さんた)三田(さんた)という苗字の人もいる。本名の聖夜で呼ばれるより断然良い。
 何気なく話していると、正也君が思い出したように口を開く。
「そういえば、あの噂聞いた?」
「「あの噂?」」
 耕平君と二人で首を傾げれば、正也君は声のトーンを一つ下げて言った。
「深山先輩が夏休みの間に五人も病院送りにしたらしい」
「「え、ガチ!?」」
「何なら、昨日も一人餌食になったって」
「昨日……?」
「うわぁ、夏休み最後に逆鱗に触れちゃったかぁ。そいつ災難だな」
 おかしい。昨日は僕とずっと一緒にいた。午前中は共に過ごしてはいないが、朝一番のメッセージに写真付きでベイクドチーズケーキを作っていることが書かれていた。しかも、それに僕が気付かなかったものだから、鬼電と鬼メッセが来ていた。つまるところ、深山先輩に犯行は不可能だ。
「正也君。それって、誰情報?」
「ん? 僕の兄貴だけど?」
「何々? もしかしてサンタ、深山先輩の逆鱗に触れちゃった?」
 ニヤニヤする耕平君は冗談半分に言ってくるが、逆鱗以上に凄いものに触れたとは言いにくい。
「違うけど、その噂本当なのかなぁ……って。変に尾ひれが付いて」
「尾ひれ? 何の話?」
 突然現れた左隣りからの声に自然と返す。
「深山先輩が夏休みに……」
 そして、誰が話しかけて来たのか横を見て絶句した。
「おは、俺がどうしたの?」
 噂をすれば何とやら。本人のご登場だ。耕平君と正也君も驚きと恐怖で震えている。
「てかさ、セイヤ。家出るの早すぎ。お迎え行ったのに、妹ちゃんにもう出てるって言われたよ」
「え!? 家、来たんですか? まだ教えてませんよね?」
 昨日の昨日まで、僕は深山先輩に目を付けられ、理不尽に酷い仕打ちを受ける側だと怯えていたので、住所はどうにかこうにか教えずにやりきっていたのだが……。
「そんなの、心配で跡つけたに決まってんじゃん。いっつも『ここで大丈夫』って、家から遠いコンビニまでしか送らせてくれないし」
「はは、そうなんですね」
 全然気付かなかった。
 そして、耕平君と正也君は依然として言葉を失っている。僕と深山先輩が話していることに、更に驚きが増していることだろう。そんな二人に深山先輩が声をかけた。
「君たち、セイヤの友達? 借りてって良い?」
 二人は首を縦にブンブン振った。
 友達を素直に受け渡すとは、薄情な友人だ。まぁ、他は知らないが、深山先輩は僕に対して害がないことは分かったので良いのだが。いや、ある意味一番警戒が必要だったり?
「行こう、セイヤ」
「は、はい」
 とにかく、僕も伝えなければ。僕は深山先輩のことを好きではないと。
 
 ◇◆◇◆◇◆◇

 学校の中で一番空に近い場所に来た僕と深山先輩は、フェンス越しに校庭を見下ろした。
 アンニュイな空気が漂う中、深山先輩が儚げに口を開く。
「こうしてるとさ、つい言いたくならない?」
「何をですか?」
「人間がまるでゴ」
「なりませんし、そんな最低な人間嫌いです」
「嫌い…………」
 思わず本音でズバッと返してしまった。恋愛感情がないことは伝えようと思ったが、嫌いとまで言うつもりはなかった。
 深山先輩が、ここに来た時よりも明らかに落ち込んでいるのが見て分かる。
「あ、えっと、それは、某アニメのキャラが最低なだけであって、深山先輩のことではないですよ」
「本当に……?」
 その自信なげな顔は、五人も病院送りにさせた顔ではない。やはり、百聞は一見に如かず。噂はあくまでも噂に過ぎない。
「深山先輩って、勘違いされるタイプなんですか?」
「それはどういう……?」
「噂になってますよ。夏休み中に五人も病院送りにしたって」
 それを伝えたからといってどうこうなるわけではないが、自分の知り得ないところで有る事無い事噂されるのは嫌だろう。
 しかし、深山先輩はフッと笑った。
「セイヤ、俺のこと心配してくれてんの?」
「そりゃ、言いがかり付けられて可哀想ですから」
 視線を校門の方に向けると、夏休みで髪を金に染めた生徒が生徒指導の先生に呼び止められていた。僕としては、あっちの生徒の方が深山先輩よりも幾分問題児に見える。
「深山先輩は、嫌……じゃないんですか? 変な噂されて」
「病院送りにしたのは本当だし」
「え!?」
「でも、さすがに五人じゃないよ。一人だけ」
 百聞は一見に如かずではないのだろうか。やはり、百聞の方が正しい? しかし、僕が知り得る深山先輩は、優しくて優しくて、とにかく優しくて……たったの六日間の間柄だけど、優しくて……。
「夏休み始まった当初、母親がさ、牡蠣に当たっちゃって。こんな時期に食べるから。マジ、恥ずかった」
「は? それは……病院送り?」
「正確には送り迎え。誰かに見られてたとか、恥ずかしくて教室行けないじゃん」
 ハハハと笑う深山先輩。何故、そんな悪い噂ばかりが広まるのか。悪意あるものがいるのだろうか。
「僕、深山先輩の誤解解いてきます!」
「良いって」
「ダメですよ。深山先輩のこと、勘違いしてる人多いですから」
 踵を返して歩き出せば、ふわりと後ろから抱きしめられた。
「セイヤは、俺のこと勘違いしてないんでしょ? だから、俺のこと好きになってくれたんでしょ?」
 深山先輩の匂いと温もりが間近にあって、上手く喋れない。好きじゃないと伝えなければならないのに。
「だから、俺に勇気振り絞って告白してくれたんでしょ?」
「え、僕から?」
「わざわざBLマンガ持ってきてさ……可愛すぎる」
 首元に顔を埋められ、くすぐったい。
 それより、まさか初対面のあれが告白と勘違いされていたとは。確かに、対面でBLマンガを見せれば『僕、ゲイなんですけど、どうですか?』と言っているようにも思える。だからトントン拍子に連絡先の交換に至ったのか。
「でさ、本題なんだけど、明日で一週間記念じゃん? たまには、俺んち以外でデートしない?」
 しかも、律儀に記念日を大切にする出来る彼氏。
 僕から告白したことになっている上、ちゃんとそれに応えようと大事にしてくれて……尚のこと言い出せない。好きじゃないなんて。しかし、言わないのも騙しているようで……僕はどうしたら良いのか。
「あの……先輩は、僕のこと……好きですか?」
「好きだよ」
「会って六日なのに、ですか?」
「好きになるのに日にちなんて関係ないでしょ。明日、行きたいとこ考えといて」
 ギュッと腕に力が籠ったと思ったら、そっと解放され、同時に始業開始五分前の予鈴も鳴りだした。
「セイヤ、これから始業式なのに顔真っ赤だよ」
「だ、誰のせいだと……」
 初めこそ恐怖に慄いていた僕だが、今や深山先輩といる時間がかけがえのないものになりつつあるのも確か。
 本当のことを言えば、その顔が曇るのだろうか。それとも、噂通りに逆鱗に触れて半殺しにされるのだろうか。どちらにせよ、今のその笑顔を僕に向けてくれなくなることは確か。
「もう少しだけ、その笑顔を見てたいです」
「……へ?」
「だから、こんなずるい僕、早く嫌いになって下さいね」
 天秤をどちらにも傾けられない優柔不断な僕に、愛想を尽かして欲しい。嫌いになって欲しい。自分から離れることは――――無理だ。
 深山先輩に、今度は前から抱きしめられた。
「俺がセイヤを嫌いになるわけないじゃん」
「それだと困るんです。そして、離してください。始業式始まっちゃいます」
「もう少し俺の笑顔見てたいんでしょ?」
「それは……」
 コクリと小さく頷けば、包まれるようにして頭を撫でられた。
「素直で可愛い」
 僕は初めて始業式をサボった。校長先生の長い長い話より、深山先輩のニヘラ顔を取り、僕も不良の仲間入りになってしまったようだ。違うか。