夏休みも今日で最後。
僕は勉強机に数学のプリントを広げ、端の方に現代文、古文、英語など、夏休みの課題を積み重ねる。
「よし、やるか」
皆意外だと言ってくるが、僕は最終日まで宿題を残しておくタイプだ。勉強が苦手などでは決してなくて、最終日の方が切羽詰まって物凄いスピードで出来ることに気が付いたのだ。それに、夏休み明けは実力テストがあるものだ。結局勉強し直さなければならなくなるので、この方がタイパが良い。とはいえ、計画的にコツコツとが一番であるのは間違いないので、誰かに勧めたりはしないけれど。
――早朝から始めて昼過ぎには宿題の半分を終えることに成功。この調子で一つ一つ片付けていけば問題ない。遅くとも日を跨ぐまでには終わりそうだ。そう思って、ひと息つこうとスマホを手に取った。
「げ……鬼電来てる。メッセも半端なッ」
相手は言わずもがな深山先輩だ。
五日前に図書館で不運な出会いをしてからというもの、僕は深山先輩の下僕的存在になった。来いと言われれば行くし、来たいと言われても行く。とにかく連絡があれば大抵会いたいという内容なので、僕は深山先輩の家に行くことになる。
ちなみに、あれから深山先輩と対立するヤンキーらとは遭遇していない。幸い、僕は深山先輩のようにすぐに覚えてもらえるような顔でもないし、一人で歩く分には逆に安全な気がした。ただ、深山先輩は僕を一人で歩かせたくないようで、毎回途中まで迎えに来るし、帰りは近くまで送ってくれる。故に、家の場所は何とかバレていない。
それは良いのだが、不思議なことに金銭の請求がないのだ。コンビニで買い物をすれば自分の分は自分で払う。僕が支払ったのはそれくらい。そして、毎度のように深山先輩の手作りおやつを頂けるのだ。それも無償で。
更には、話す内容も至って平和。ほぼ日常会話だ。強いて友人らと比較するなら、無駄に可愛いと言って僕を揶揄って遊んでいることくらいか。
今や、学校一の問題児という深山先輩の噂が信じられなくなってきている。本当は至極良い先輩なのではないだろうか……。
そう思ったのもさっきまで。今の鬼電には折り返すのが面倒で、メッセージに返信してみた。
『すみません、今日は宿題を終わらせないといけないので……』
初めて誘いを断った。すると、秒で来た返信がこうだ。
『言い訳は聞きたくないんだけど』
言い訳ではないと送り返すが、信じてもらえず。
『そんな見え透いた嘘、俺嫌いなんだけど。もしかして浮気?』
従えるものを深山先輩から他の人になんてあり得ない。高校に入っておちゃらけた友人なら二人出来たが、ヤンキーとは無縁の奴らだ。故に、僕自身もそう。ヤンキーに知り合いもいないのに、浮気もクソもない。
『僕には深山先輩しかいません』
それだけ伝えれば、短く返信がきた。
『それなら来て』
僕は宿題がしたいのに、こういう自分優先なところは噂通りなのかもしれない。
行かなければ痛い思いをするのだろうか。しかし、行けば確実に宿題が終わらない。夕方十七時までには帰宅し、寝ずにやれば問題ないかもしれない。しかし、それは流石に不安が付き纏う。
半殺しか先生に怒られるか……。
天秤にかけた結果、どっちも嫌で中途半端な選択肢を選ぶことにした。
◇◆◇◆◇◆◇
三十分後、勉強机が小学校から使っている年季の入った机から、おしゃれな丸テーブルに変わった。僕は深山先輩宅にお邪魔しつつ、課題をこなすことにしたのだ。
家に着いた時の深山先輩は不機嫌で、玄関に入るなり壁ドンなんてされてしまった。とはいえ、終わっていない宿題の数々を見せれば、きょとんとした顔になり、しまいには満面の笑みを浮かべられた。
クーラーの効いた涼しい部屋で、麦茶と八等分に切られたベイクドチーズケーキが出てきた。僕が宿題をやる隣で、それを更に小さく切り分ける深山先輩。
「もう、セイヤってば、宿題が終わってないなら先に言ってくれれば良いのに」
チーズケーキを「あーん」と差し出されたので、パクリと口に入れる。
「言いましたよね。一番に」
「だって、セイヤって絶対夏休み前に終わらすタイプじゃん? しかも、この間なんて『僕、そういうのは計画的にする派なんで』とか言ってたし」
「それは、計画的に最終日にするって意味です」
不機嫌そうに応えながらもチーズケーキが絶品で顔は緩む。そして、すぐに引き締める。
「そういうことなんで、邪魔しないで下さいね」
「はぁい」
なんとか誤解は解け、深山先輩は僕の後ろのベッドの上で壁にもたれかかりながら本を読み始めた。
――陽が西の方に傾き始めた頃、場所が変わっただけで深山先輩に邪魔されることもなく宿題も順調に進んでいる。進んではいるのだが、どうしても分からない問題に差し掛かった時に頭を悩ませる。これが我が家なら教科書やノートを引っ張り出して調べられるのだが、そうでないので全部後回しになってしまう。
後回しにしたものが多くなりすぎて家に帰りたい。いつもなら陽が暮れる前に自然と帰宅する話になるのだが、本を読んでいた深山先輩は眠ってしまった。勝手に帰ると怒るだろうか。しかし、起こす方が怒るかもしれない。深山先輩に目を付けられてからというもの、どうにか逆鱗に触れずに可愛がってもらっている節があるのに、どちらの選択肢を取るのが正解なのか。本日二度目の天秤はどちらに傾ければ良いのだろうか……。
(んー、起こして帰るか、起こさず帰るか……)
目の前のプリントの内容よりも頭を抱えて悩んでいると、耳元で声がした。
「どこか分からないとこあった?」
「え!? わッ、み、深山先輩!?」
眠っていたと思っていたのは勘違いだったのか、はたまた今起きたのか、そこは定かではないが、深山先輩が起きている。二度目の天秤も傾けなくて良くなって安堵する。
「えっと、分からないところを調べたいので、帰ってしようかと……」
「調べると時間かかるでしょ。教えてあげるよ」
「いや、でも……」
学校一の問題児というくらいだ。おそらく成績は下の下に違いない。聞いたところで時間の無駄な気がする。
「深山先輩のお手を煩わすわけには参りませんので」
丁重にお断りして筆記用具の中身を片付けようとすれば、深山先輩は隣に来て僕の手の上にその手を乗せてきた。ドキリと胸が跳ねる。
「気にしなくて良いよ。だって、俺たち恋人同士なんだしさ」
「で、ですよね……は?」
「ちょっと見せて。分かんないのは、この空白になってるとこ?」
「はい」
僕の手の上から深山先輩の手が離れ、その手がシャーペンを取った。そして、問題を一読してから英文の下に簡単に一つ一つの単語の意味を書き出し、文法の使い方を教えてくれた。
「どう? 分かった?」
「あ、はい。すっごく分かりやすかったです」
教えて貰った通りに英文の訳を解答欄に記入する。記入はするが、先程の恋人発言はなんぞや? さっきの言い方では、僕と深山先輩が付き合っているみたいだ。しかし、いつ付き合った? そもそも僕らは男同士だし、告白をした覚えもされた覚えもない。ただ、キスだけはしっかりと覚えている。もしや、あのキスは――。
頭の中がパンクしそうなので、ここは聞かなかったことにしよう。僕の聞き間違いかもしれない。そうに違いない。
「セイヤ、こっちの要約に関してだけど、これは――――」
またもやスラスラとプリントにメモ書きをする深山先輩。恋人云々はさて置き、僕は彼の頭脳を見誤っていた。
「深山先輩、めっちゃ頭良いんですね!」
「はは、ありがとう。けど、これ一年生の問題だもん。分かって当然でしょ」
「いやいやいや、僕の両親なんて、中学の問題で匙投げてましたから!」
「現役とそうじゃない人の違いだよ。他の教科も大体分かるから、何でも聞いて。恋人なんだしさ」
先程スルーした恋人発言。二回も言われてしまったら、流石にスルー出来ない。
「あ、あの……」
「ん?」
「僕らって、そ、その……主従……関係ですよね?」
「主従……?」
きょとん顔の深山先輩は、暫し考えてニコッと微笑んだ。
「そうかも」
「で、ですよね」
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、深山先輩に頭からギュッと抱きしめられた。
「俺がセイヤを守るから、さしずめ俺はセイヤの下僕かな。あ、でも騎士とかの方が格好良いかな? どう思う?」
「どう……と言われましても……僕が下僕では?」
「なんで?」
「なんでって……」
これは確定だ。何がどうなっているのか分からないが、僕は深山先輩と付き合っていることになっている。僕を揶揄って遊んでいるのだとばかり思っていたあの誓いのキスも、可愛い発言も、優しい眼差しも、この優しくも強いハグも全部全部深山先輩の愛情表現。そう思うと、顔が熱くなってきた。
「あ、そうだ。俺がセイヤの宿題教えたらさ、ご褒」
付き合っているカップルでこの流れは、続きに来る言葉は『ご褒美に言うことを何でも一つ聞いて』『ご褒美にキスして』『ご褒美に〇〇』と、ちょっぴりエッチなお願い事をされると相場は決まっている。恋愛未経験の僕には荷が重い。故に、ご褒美をねだられる前に、それを遮るように声を発した。
「あ! 急がないと宿題終わらないんで、集中しますね」
「他に分からないところは? 大丈夫?」
「一旦大丈夫です。また聞きますので。あと、キリの良いところまで終わったら帰りますね」
「ずっといてくれても良いのに」
本気で残念がる深山先輩には申し訳ないが、人間暗くなればなるほど理性が飛ぶというものだ。やるべきことをすませ、一旦冷静にならなければ。僕と深山先輩の間に何があったのか振り返る必要がある。そして、その誤解を解かなければ、僕はこの先――――。
チラリと深山先輩の横顔を見れば、僕の視線に気付いて優しく微笑んだ。トゥンクと心臓が跳ねた。
トゥンクってなんだ。絆されるな。顔は良いが、この人は学校一の問題児。学校一の…………自分に暗示をかければかけるほど、この五日間の優しい深山先輩を思い出す。本気で分からなくなってきた。
皮肉にも、次の問いは『Seeing is believingを日本語にせよ』だった。僕は、回答欄にこう書いた。
――百聞は一見に如かず。
僕は勉強机に数学のプリントを広げ、端の方に現代文、古文、英語など、夏休みの課題を積み重ねる。
「よし、やるか」
皆意外だと言ってくるが、僕は最終日まで宿題を残しておくタイプだ。勉強が苦手などでは決してなくて、最終日の方が切羽詰まって物凄いスピードで出来ることに気が付いたのだ。それに、夏休み明けは実力テストがあるものだ。結局勉強し直さなければならなくなるので、この方がタイパが良い。とはいえ、計画的にコツコツとが一番であるのは間違いないので、誰かに勧めたりはしないけれど。
――早朝から始めて昼過ぎには宿題の半分を終えることに成功。この調子で一つ一つ片付けていけば問題ない。遅くとも日を跨ぐまでには終わりそうだ。そう思って、ひと息つこうとスマホを手に取った。
「げ……鬼電来てる。メッセも半端なッ」
相手は言わずもがな深山先輩だ。
五日前に図書館で不運な出会いをしてからというもの、僕は深山先輩の下僕的存在になった。来いと言われれば行くし、来たいと言われても行く。とにかく連絡があれば大抵会いたいという内容なので、僕は深山先輩の家に行くことになる。
ちなみに、あれから深山先輩と対立するヤンキーらとは遭遇していない。幸い、僕は深山先輩のようにすぐに覚えてもらえるような顔でもないし、一人で歩く分には逆に安全な気がした。ただ、深山先輩は僕を一人で歩かせたくないようで、毎回途中まで迎えに来るし、帰りは近くまで送ってくれる。故に、家の場所は何とかバレていない。
それは良いのだが、不思議なことに金銭の請求がないのだ。コンビニで買い物をすれば自分の分は自分で払う。僕が支払ったのはそれくらい。そして、毎度のように深山先輩の手作りおやつを頂けるのだ。それも無償で。
更には、話す内容も至って平和。ほぼ日常会話だ。強いて友人らと比較するなら、無駄に可愛いと言って僕を揶揄って遊んでいることくらいか。
今や、学校一の問題児という深山先輩の噂が信じられなくなってきている。本当は至極良い先輩なのではないだろうか……。
そう思ったのもさっきまで。今の鬼電には折り返すのが面倒で、メッセージに返信してみた。
『すみません、今日は宿題を終わらせないといけないので……』
初めて誘いを断った。すると、秒で来た返信がこうだ。
『言い訳は聞きたくないんだけど』
言い訳ではないと送り返すが、信じてもらえず。
『そんな見え透いた嘘、俺嫌いなんだけど。もしかして浮気?』
従えるものを深山先輩から他の人になんてあり得ない。高校に入っておちゃらけた友人なら二人出来たが、ヤンキーとは無縁の奴らだ。故に、僕自身もそう。ヤンキーに知り合いもいないのに、浮気もクソもない。
『僕には深山先輩しかいません』
それだけ伝えれば、短く返信がきた。
『それなら来て』
僕は宿題がしたいのに、こういう自分優先なところは噂通りなのかもしれない。
行かなければ痛い思いをするのだろうか。しかし、行けば確実に宿題が終わらない。夕方十七時までには帰宅し、寝ずにやれば問題ないかもしれない。しかし、それは流石に不安が付き纏う。
半殺しか先生に怒られるか……。
天秤にかけた結果、どっちも嫌で中途半端な選択肢を選ぶことにした。
◇◆◇◆◇◆◇
三十分後、勉強机が小学校から使っている年季の入った机から、おしゃれな丸テーブルに変わった。僕は深山先輩宅にお邪魔しつつ、課題をこなすことにしたのだ。
家に着いた時の深山先輩は不機嫌で、玄関に入るなり壁ドンなんてされてしまった。とはいえ、終わっていない宿題の数々を見せれば、きょとんとした顔になり、しまいには満面の笑みを浮かべられた。
クーラーの効いた涼しい部屋で、麦茶と八等分に切られたベイクドチーズケーキが出てきた。僕が宿題をやる隣で、それを更に小さく切り分ける深山先輩。
「もう、セイヤってば、宿題が終わってないなら先に言ってくれれば良いのに」
チーズケーキを「あーん」と差し出されたので、パクリと口に入れる。
「言いましたよね。一番に」
「だって、セイヤって絶対夏休み前に終わらすタイプじゃん? しかも、この間なんて『僕、そういうのは計画的にする派なんで』とか言ってたし」
「それは、計画的に最終日にするって意味です」
不機嫌そうに応えながらもチーズケーキが絶品で顔は緩む。そして、すぐに引き締める。
「そういうことなんで、邪魔しないで下さいね」
「はぁい」
なんとか誤解は解け、深山先輩は僕の後ろのベッドの上で壁にもたれかかりながら本を読み始めた。
――陽が西の方に傾き始めた頃、場所が変わっただけで深山先輩に邪魔されることもなく宿題も順調に進んでいる。進んではいるのだが、どうしても分からない問題に差し掛かった時に頭を悩ませる。これが我が家なら教科書やノートを引っ張り出して調べられるのだが、そうでないので全部後回しになってしまう。
後回しにしたものが多くなりすぎて家に帰りたい。いつもなら陽が暮れる前に自然と帰宅する話になるのだが、本を読んでいた深山先輩は眠ってしまった。勝手に帰ると怒るだろうか。しかし、起こす方が怒るかもしれない。深山先輩に目を付けられてからというもの、どうにか逆鱗に触れずに可愛がってもらっている節があるのに、どちらの選択肢を取るのが正解なのか。本日二度目の天秤はどちらに傾ければ良いのだろうか……。
(んー、起こして帰るか、起こさず帰るか……)
目の前のプリントの内容よりも頭を抱えて悩んでいると、耳元で声がした。
「どこか分からないとこあった?」
「え!? わッ、み、深山先輩!?」
眠っていたと思っていたのは勘違いだったのか、はたまた今起きたのか、そこは定かではないが、深山先輩が起きている。二度目の天秤も傾けなくて良くなって安堵する。
「えっと、分からないところを調べたいので、帰ってしようかと……」
「調べると時間かかるでしょ。教えてあげるよ」
「いや、でも……」
学校一の問題児というくらいだ。おそらく成績は下の下に違いない。聞いたところで時間の無駄な気がする。
「深山先輩のお手を煩わすわけには参りませんので」
丁重にお断りして筆記用具の中身を片付けようとすれば、深山先輩は隣に来て僕の手の上にその手を乗せてきた。ドキリと胸が跳ねる。
「気にしなくて良いよ。だって、俺たち恋人同士なんだしさ」
「で、ですよね……は?」
「ちょっと見せて。分かんないのは、この空白になってるとこ?」
「はい」
僕の手の上から深山先輩の手が離れ、その手がシャーペンを取った。そして、問題を一読してから英文の下に簡単に一つ一つの単語の意味を書き出し、文法の使い方を教えてくれた。
「どう? 分かった?」
「あ、はい。すっごく分かりやすかったです」
教えて貰った通りに英文の訳を解答欄に記入する。記入はするが、先程の恋人発言はなんぞや? さっきの言い方では、僕と深山先輩が付き合っているみたいだ。しかし、いつ付き合った? そもそも僕らは男同士だし、告白をした覚えもされた覚えもない。ただ、キスだけはしっかりと覚えている。もしや、あのキスは――。
頭の中がパンクしそうなので、ここは聞かなかったことにしよう。僕の聞き間違いかもしれない。そうに違いない。
「セイヤ、こっちの要約に関してだけど、これは――――」
またもやスラスラとプリントにメモ書きをする深山先輩。恋人云々はさて置き、僕は彼の頭脳を見誤っていた。
「深山先輩、めっちゃ頭良いんですね!」
「はは、ありがとう。けど、これ一年生の問題だもん。分かって当然でしょ」
「いやいやいや、僕の両親なんて、中学の問題で匙投げてましたから!」
「現役とそうじゃない人の違いだよ。他の教科も大体分かるから、何でも聞いて。恋人なんだしさ」
先程スルーした恋人発言。二回も言われてしまったら、流石にスルー出来ない。
「あ、あの……」
「ん?」
「僕らって、そ、その……主従……関係ですよね?」
「主従……?」
きょとん顔の深山先輩は、暫し考えてニコッと微笑んだ。
「そうかも」
「で、ですよね」
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、深山先輩に頭からギュッと抱きしめられた。
「俺がセイヤを守るから、さしずめ俺はセイヤの下僕かな。あ、でも騎士とかの方が格好良いかな? どう思う?」
「どう……と言われましても……僕が下僕では?」
「なんで?」
「なんでって……」
これは確定だ。何がどうなっているのか分からないが、僕は深山先輩と付き合っていることになっている。僕を揶揄って遊んでいるのだとばかり思っていたあの誓いのキスも、可愛い発言も、優しい眼差しも、この優しくも強いハグも全部全部深山先輩の愛情表現。そう思うと、顔が熱くなってきた。
「あ、そうだ。俺がセイヤの宿題教えたらさ、ご褒」
付き合っているカップルでこの流れは、続きに来る言葉は『ご褒美に言うことを何でも一つ聞いて』『ご褒美にキスして』『ご褒美に〇〇』と、ちょっぴりエッチなお願い事をされると相場は決まっている。恋愛未経験の僕には荷が重い。故に、ご褒美をねだられる前に、それを遮るように声を発した。
「あ! 急がないと宿題終わらないんで、集中しますね」
「他に分からないところは? 大丈夫?」
「一旦大丈夫です。また聞きますので。あと、キリの良いところまで終わったら帰りますね」
「ずっといてくれても良いのに」
本気で残念がる深山先輩には申し訳ないが、人間暗くなればなるほど理性が飛ぶというものだ。やるべきことをすませ、一旦冷静にならなければ。僕と深山先輩の間に何があったのか振り返る必要がある。そして、その誤解を解かなければ、僕はこの先――――。
チラリと深山先輩の横顔を見れば、僕の視線に気付いて優しく微笑んだ。トゥンクと心臓が跳ねた。
トゥンクってなんだ。絆されるな。顔は良いが、この人は学校一の問題児。学校一の…………自分に暗示をかければかけるほど、この五日間の優しい深山先輩を思い出す。本気で分からなくなってきた。
皮肉にも、次の問いは『Seeing is believingを日本語にせよ』だった。僕は、回答欄にこう書いた。
――百聞は一見に如かず。



