イケメン問題児の先輩に弱みを握られたと思ったら、溺愛され始めました。

 陽が西に傾いて陰が伸びる。それが二つになり、絶対に交わることのなかった二つが会話する。
「お待たせ」
「いえ、全然待ってません」
 バイト終わりの深山先輩は僕と同様に高校の夏服を纏っている。さっきまで学校があったような錯覚に陥る。
 深山先輩は歩き出し、クスリと笑った。
「俺ら、さっきまで学校行ってたみたいだね」
 僕も半歩後ろを歩き、控えめに同調する。
「僕も、同じこと……思ってました」
 意見が一致すると、苦手な相手でも嬉しく思ってしまうのは何故だろう。
 しかし、相手は深山先輩。あの問題児の深山先輩。いくら顔が綺麗でも騙されちゃいけない。自分に言い聞かせながら、今後の僕の在り方について考える。
(ここは、一旦謝罪するのが無難か? でも、何に?)
 謝る理由もないのに謝罪など出来るはずもなく、結局黙ることに。すると、深山先輩が聞いてきた。
「勝手にこっち歩いてるけど、家逆だったりしない? 大丈夫?」
「はい。僕もこっち方面なんで」
「それなら良かった。ちなみに、セイヤの家ってどこ?」
「あー、東の方です」
 曖昧に応えれば、深山先輩は頭を掻きながら困った顔をした。
「東って、どっちだっけ?」
「こっちです」
 指をさして応えるが、絶対に住所だけは知られないようにしよう。両親や妹にだけは迷惑がかからないようにしなければ。いや、元凶の妹には少しばかり痛い目を見てもらっても……ダメだ。可愛い妹を売るなんて出来るはずがない。
「セイヤは、付き合ってる人いるの?」
「いませんけど」
「じゃあ、付き合ってた人は?」
「いません」
「てことは、俺が初めて……?」
「初めて……?」
 意味が分からず、深山先輩の顔を目をパチクリとしながら見つめた。身長差が十センチはあるので、見下されている感覚に陥る。しかし、その目が優しく細められた。
「俺さ、一途な人好きだよ」
「あ、それは僕も……好きです」
「素直で可愛いね」
「か……」
 可愛いなんて言われたのは初めてで、顔が熱くなる。
 戸惑っていると、深山先輩が頭をクシャッと撫でてきた。
「案外、女の子より良いかも」
「それは、どういう……」
「俺、ケバケバした女の子苦手なんだよね。だから、セイヤにする」
「僕に……?」
 さっきから何の話をしているのか。
 話についていけず困惑していると、深山先輩がスマホを取り出し、上に掲げた。
「はい。セイヤ、こっち向いて。ピース」
 そして、僕の頬に深山先輩の美しすぎる顔がくっついた。
「ピ、ピース?」
 言われるがままピースサインをして口角をぎこちなく上げる。パシャッと音がすれば、その顔が離れて行った。呆気に取られるのは勿論だが、心臓はバクバクだ。
 満足げな顔で深山先輩がスマホを操作している。
「じゃ、今日が記念日ってことで。宜しくね」
「は、はい。宜しくお願いします」
 終始意味が分からないが、喋ってみると案外悪い人ではないような気がしてくる。しかし、これが彼のやり口なのだろう。だから、一刻も早くフラグをへし折らなければ。
「あの、さっきのマンガなんですけど。あれは本当に、マジで、妹のでして」
「良いよ。言い訳しなくても」
「言い訳じゃなくて、ですね……」
「大丈夫だよ。誰にも言わないし」
「え!? 本当ですか!?」
 思わず顔を綻ばせてしまったが、『誰にも言わない=口止め料を払え』だということにすぐに気付く。
「でも、僕はバイトもしてないですし、お金もないので……」
「それはさ、デート代を俺に全額払えって言ってんの?」
「え、そうじゃなくて。で、デート?」
 まさかの深山先輩と、その彼女とのデート代を僕が支払わなければならないのだろうか。
「そりゃ、俺の方が先輩だから払いたいのは山々なんだけどさ。俺もそんなにお金あるわけじゃないし。割り勘じゃダメ?」
 彼女の分を僕に払えと……それはそれでどうなんだ。
 渋っていると、深山先輩は閃いたとばかりに言った。
「じゃあ、おうちデートにしよう! それならお金もかからないでしょ?」
「そ、そうですね」
 勝手にしてくれ。僕にとばっちりがこないのであれば、それで良い。
「そうと決まれば、俺んち、すぐそこだから」
「え?」
「俺の親、いっつも帰って来るの遅いし」
 手を引かれ、悪戯な笑みを浮かべながら深山先輩は耳元で囁いた。
「エッチなことも出来るよ」
「……は?」
 顔を離した深山先輩だが、手だけは離してくれず嬉しそうに歩く。
「でも、俺も男の子は……って言うか、女の子ともしたことないんだよね」
「えっと……」
「先輩だし、リードしたいんだけどね。今日はさ、気楽にお互いの話でもしようよ」
「あ、は、はい」
 もう訳が分からない。こうやってペースを乱され、油断した隙に急に豹変するのだろうか。
 呆気に取られながら手を繋いで歩いていると、背後から声がした。
「あれ? 深山じゃん。何してんの?」
 後ろを振り返れば、どうみても僕とは無縁の不良グループにいるような男が三人ほどいた。
「セイヤ。下がってて」
「は、はい」
 手を離して深山先輩の後ろに隠れた。
「深山。今、手ぇ繋いで無かった?」
「とうとうそっちに走っちゃったのかよ」
 深山先輩は、先程とは打って変わって冷たい視線を彼らに向けた。
「悪い?」
「うわ、マジか」
「てか、それなら俺達も混ぜてよ」
「それ良いかも。どうせ暇つぶしなんだろ?」
 金髪をツンツン立てた男が後ろに回ってきて、馴れ馴れしく僕の肩の上に腕を置いてきた。思わず肩をビクッと震わせれば、彼は小馬鹿にするように笑った。
「案外可愛いじゃん」
 深山先輩に言われた可愛いとは違って、恐怖を感じる。
「深山先輩……」
 助けを求める相手が違うかもしれないが、僕は深山先輩のシャツの裾を握りしめた。そして懇願するように見上げると、深山先輩は固まった。時が止まったかのように固まった。
 これは失敗した。深山先輩を完全に怒らせた。男のくせに助けを求めてきやがって、という顔をしている。しかも、深い溜め息まで吐かれてしまった。
「これ、俺のだから。気安く触んないで」
 僕の肩に乗る手を払いのけた深山先輩は、そのまま僕の肩を抱き寄せた。
「おー、怖ッ」
「用がないなら、さっさと消えてくんないかな。俺ら、忙しいんだけど」
 その冷めた口調に怯えながらも、僕はうんうんと心の中で頷いた。
 とにかく、何でも良いからこの人たちから解放されたい。
 長髪を後ろで束ね、顔には傷跡が残っている男が舌打ちをして、吐き捨てるように言った。
「チッ。まぁ良いや。せいぜい楽しんだら?」
「だな。真司(しんじ)さんに狙われないように気を付けるんだな。セ・イ・ヤ・君」
 クスクスと笑う三人は、踵を返して去っていった。その後ろ姿を深山先輩は苦虫を嚙みつぶしたような顔で見ている。
「深山……先輩?」
 恐る恐る声をかければ、深山先輩は我に返ったように先程までの笑顔を見せてきた。
「ごめんね」
「い、いえ……さっきのは、お友達」
「な訳ないじゃん」
「ですよね……」
 だったら、今のは何だったのだろうか。そして真司さんとは一体?
 聞きたいことは山ほどあるが、怖くて聞けない。いや、聞きたくない!
 そう思うのに、ゆっくりと歩き始めた深山先輩は困った顔で口を開いた。
「ごめんね。やっぱり俺に関わらせるべきじゃなかったね」
「それは……」
 僕も急いで深山先輩の横について並んで歩く。
「最近は大人しくしてたから、大丈夫だと思ったんだけどな。けど、こうなったら全力で守るから」
「守る……もしかしてですけど、僕、狙われた感じですか?」
 きっと彼らは深山先輩と対立するヤンキーのグループなのだろう。そっちの界隈のことはサッパリだが、これは深山先輩の手下と勘違いされてしまった可能性大だ。
 今日は厄日も厄日だ。お祓いにいった方が良いだろうか。いや、時既に遅し。もう、取り返しが付きそうにない。明日から引き篭もり生活だ。僕に残された道は他にない。
 不安げにしていると、深山先輩は安心させるように優しく、それでいて力強く言った。
「セイヤ、大丈夫だよ。俺から絶対に離れないで」
「離れないで……と言われましても」
 それは無茶な相談だ。
 困惑しながら応えていると、深山先輩は路地を曲がったところで立ち止まった。
「深山先輩?」
 その顔は、今にも泣きそうで複雑そうな表情をしていた。
「大丈夫……ですか?」
「お願い、俺が守るから。絶対、守るから」
 そんな顔で言われたら、返事は一つしかできない。
「分かりました」
 深山先輩の大きな手が僕の頬に添えられ、ドキリとした。そして、徐々にその顔が近付いてきた。
「えっと……」
「誓いのキス」
「キ……」
 僕の唇に、深山先輩のそれが重なった――――。