イケメン問題児の先輩に弱みを握られたと思ったら、溺愛され始めました。

 翌朝、目を覚ますと鳥のさえずりが聞こえた。
 昨日までの嵐はどこへやら。窓からは太陽の光が差し込み、清々しいほどの蒼が空を埋め尽くしている。
 ベッドのすぐ横にある窓からその光景を眺めていると、幻想的な景色が目に飛び込んできた。
「あ、深山先輩。虹、虹がかかってますよ!」
 まだベッドで横になっている深山先輩を興奮気味に手招きで呼べば、その腰を浮かせた。
「どこ?」
「あそこです。あそこ!」
 虹が消える前にこの感動を分かち合いたいと指で虹をさすが、僕の後ろから顔を覗かせている深山先輩には見えないよう。
「どこ?」
「あそこですって。もっとちゃんと見て下さいよ」
 後ろを振り返った瞬間、深山先輩の顔が間近にあり、心臓が跳ねる。
「あった」
 刹那、チュッと触れるだけのキスをされた。僕の顔はみるみる茹でだこのように真っ赤になっていく。
「ちょ、えっと、その、みや、虹……」
「可愛い」
 クスリと笑う深山先輩は、僕の顔の横から窓の外を眺め、七色に彩る虹を眺めた。
「虹も良いけどさ、俺は聖夜と一緒に星を見るのが夢なんだよね」
「星……ですか?」
「そう。しかも、クリスマスイブの日に」
「それって……僕の名前が聖夜だからですか?」
「そう。せっかく素敵な名前なんだから、生かさないと」
 生かす意味が全く持って分からないが、僕もクリスマスイブに深山先輩と共に過ごしたいとは思っている。一緒に星空を見たいとも思う。
「でも、深山先輩。今年受験ですよね。しかも、クリスマスなんて真っ只中だし。御迷惑なんじゃ……」
「問題ないよ。俺さ、友達関係全て断ってたでしょ? だからさ、することなさ過ぎて勉強ばっかだったんだよね」
「そうなんですね……」
 その事情は何度聞いても切ない気分にさせられる。やはり、真司さんは許せない。深山先輩の人生を狂わしただけでなく、きっとその友人らの人生も狂わしてしまったのだろうから。
 気分を落ち込ませていると、深山先輩は苦笑で頭を撫でて来た。
「聖夜がそんな顔しなくて良いよ。それでね、そんな顔させたいわけじゃなくて、何が言いたいかって言うと、実は俺、成績は学年トップなんだよね」
「は……? 学年、トップ、ですか……?」
「そう。この間の模試だってA判定だったし。受験は多分余裕だから。クリスマスイブは一緒に過ごそう。ね?」
 ニコリと微笑む深山先輩は、相変わらず格好良い。
 学校一の問題児が、学校一の秀才とは……誰もが驚きだ。
 我が校では、成績は表立って貼り出されることはなく、個人の通知表に記載される。故に、いつも二番や三番だった者は、誰が一番なのだろうと疑問だったに違いない。それを深山先輩だと声を大にして自慢したい。
 こんなハイスぺ男子と付き合えて、僕は幸せを感じ……ることなんて出来るわけがない!
 焦りが増してきた。
「深山先輩! 受ける大学、どこですか!?」
「え? K大だけど?」
「マジですか……超難関大学じゃないですか」
 それが余裕とは、さすが深山先輩。僕も一度は言ってみたい……ではなく、僕は虹を見るのをやめて、壁に干していた制服を触った。まだ湿っており、着たら不快感間違いなし。
「まだ濡れてるけど、帰るだけだし……いっか」
「聖夜、帰っちゃうの? 今日も明日も休みだよ。まだいたら良いじゃん」
「一分一秒、無駄に出来ないので」
「無駄……俺といる時間が、無駄? 無駄……」
 深山先輩が俯いた。
 僕としたことが、言葉選びを間違えた。深山先輩の顔を曇らすつもりなんて一ミリもなかったのに。
 すれ違う前にと思い、慌てて訂正する。
「深山先輩との時間が無駄ってことじゃなくて、深山先輩と一緒にいたいから、時間を有効に使いたいと思ってるだけで……」
 しかし、深山先輩の耳には入っていないよう。
「無駄、無駄……」
 無駄の二文字がしつこく深山先輩の脳内を支配している。
「深山先輩、聞いてますか? おーい。深山……先輩?」
 顔を覗き込もうとすれば、深山先輩の顔がパッと上がった。しかし、その顔はいつもと違う。口角は上がっているが、目が笑っていない。普通に怖いのだが……。
「聖夜。俺、決めた」
「何をですか……?」
「この間、聖夜が持ってたBLマンガ。あれに描いてあったこと実行しようかなって。そうしたら、聖夜の頭の中は俺一色に染まるような気がする」
 妹が僕に押し付けてきた表紙からして過激なBLマンガ。あれのおかげで深山先輩とこうして一緒にいられるわけだが、その内容を聞くのが怖すぎる。けれど、聞かずに実行するのも、それはそれで怖い。
「あの……あれ、僕読んでないんですけど、何が描いてあったんですか?」
「ふふ、知りたい?」
「ま、まぁ……聞きたいような……聞きたくないような……」
 アルカイックスマイルを浮かべた深山先輩に、肩を掴まれた。変な汗が背中を伝う。
「聖夜が俺のことしか考えられなくなるくらい、愛してあげるだけ。大丈夫、昨日みたいに優しくするから」
 そのまま押し倒された僕の顔を優しく撫でてくる深山先輩に、ほんの少し狂気を感じる。しかし、それでも好きなことに変わりないので、僕はよっぽど沼にハマってしまったのだろう。
 とはいえ、誤解は解かなければ、大変なことになりそうな予感しかしない。
「あの、深山先輩」
「ん? やめてってお願いなら却下だよ」
「やめなくて良いですけど、僕も深山先輩と同じ大学行くつもりなんで、勉強教えてもらって良いですか?」
 やめなくて良いと言ったのに、シャツの中に入って来た深山先輩の手が腹の上でピタリと止まった。絶妙なところに当たってくすぐったい。
「本当は帰ってしようと思ったんですけど、分からないところを深山先輩に聞く方が早いかなって。夏休みの宿題の時みたいに」
 先程までの作られた笑顔とは違って、極上スマイルを浮かべる深山先輩。分かりやすすぎる。そんなところも好きだ。
「ダメ……ですかね?」
「ううん。いつでも勉強しにおいで。だけど、聖夜はまだ一年生だし、そこまでこん詰めなくて大丈夫だよ。その為だけに帰るって言ったなら、今日はデートしよ」
「でも……」
「良いじゃん。図書館デートとおうちデートしかしたことないんだし、もっと二人の思い出作りに行こう」
 そんなことを言われると、返事はひとつしかない。
「はい! 行きましょう。デート!」
「どこ行こっか? 雨上がりだから、室内の方が良いよね。カラオケとか?」
「僕、苦手なんですよね……でも、深山先輩の歌は聞きたいです!」
「一緒に歌えば分かんないよ。行ってみる?」
「はい」
 二人の意見は一致したものの、肝心なことを忘れていた。僕の制服はまだ湿っている。帰るだけならと思ったが、正直着たくはない。
「あの……これ着たくないんで、やっぱりカラオケは今度で良いですか?」
「良いけど、なんなら俺の服貸すよ」
 そう言った深山先輩は、僕が着ているダボダボのTシャツを見て苦笑した。
「中で着るには色気マックスだけど、外には着て行けないね」
 色気マックスは余計だが、外に行く手段がないことは分かってもらえたようだ。このまま行くと言われたらどうしようかと思った。
「なので、乾くまで一緒にお菓子作りするのはダメですか?」
「お菓子……?」
「深山先輩の作るお菓子、すっごく美味しくて、一緒に作りたいなぁ……って、前から思ってたんです」
 はにかみながら言えば、またもやチュッとキスされた。
「可愛すぎるんだけど」
 この可愛いにも、いつ慣れることやら。
 そんなこんなで、ブレンチにもなるパンケーキを一緒に作ることになった。
 パンケーキはお菓子作りに入らないような気がするが、そこは反論しない。だって、深山先輩と何かを一緒に成し遂げることが大事なのだから。お菓子は二の次。

 ◇◆◇◆◇◆◇

「これは……」
「どうしたの?」
 二の次だと思っていたお菓子。いや、お菓子に入らないと思っていたパンケーキだが、深山先輩の手にかかれば、それはもう、どこぞのカフェの看板メニューを飾るほどの、映えるパンケーキが出来上がった。
「これは、もはやお菓子ですね。我が家で作る朝食とは、まるで違います」
「そう? 普通だよ」
 白身をメレンゲ状にしたおかげか、ふわっふわの生地が焼き上がり、その上には生クリームがこれでもかと言わんばかりに盛り盛りに盛られ、冷凍のカットフルーツが色とりどりに飾られている。しまいには、チョコソースを上にトッピング。これが普通だと言うなら、僕が食べているバターとハチミツだけのペラペラなパンケーキは、食パンだろうか。実は食パンにバターとハチミツをかけているだけなのだろうか。
「じゃあ、これは聖夜が食べてね。僕は、聖夜が作ったの食べるから」
「わ、分かりました」
 生地は既に混ぜられている。残るは焼く工程と飾り付けのみ。簡単だ。
 そう思ったのも、フライパンに生地を流し入れるところまで。何故か同じように作っているはずなのに、ペシャンコになってしまった。なんなら、普通に作るよりもペシャンコで固そうだ。
「すみません。もう一枚焼いても良いですか?」
「良いよ。あと二枚は焼けるかな。母さんも帰って来たら食べるだろうし」
 つまりは、次も失敗してしまったら、僕の失敗作を深山先輩、若しくはそのお母様に食べて頂くようになるのか。それは絶対にダメだ。絶対に失敗出来ない!
 
 ——五分後。意気込んだのに泣きそうだ。
 パンケーキすら上手く焼けない男に嫌気をさして深山先輩がどこかへ行ってしまわないだろうか。
 しゅんとしていると、いつものように優しく頭を撫でられた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……お母様のは、深山先輩が作ってください。そして、こっちのゴージャスでデラックスなのは深山先輩が自分で食べて下さい……」
 そういうと、深山先輩がニコッと微笑んで「良かった」と呟いた。
「良かったって、なんですか? やっぱり僕が作ったものなんて食べたくないってことですか?」
 今の発言は、不貞腐れても仕方ないと思う。絶対に深山先輩の失言だ。しかし、深山先輩は変わらずニコニコ笑顔だ。
「違うよ。聖夜が上手に作っちゃったら、もう一緒に作ろうとか言われなくなるかと思って」
「先輩……」
「これからも、沢山一緒に色んな思い出作りたいって言ったでしょ? 失敗したのも良い思い出。次に成功したら、それもまた思い出。それに、ペタンコなだけで、パンケーキなんて味は一緒だし」
 僕の焼いたパンケーキを手でちぎって食べる深山先輩は、それはもう幸せそうだ。
 僕はこの笑顔をずっと見ていたいと思った。この先、深山先輩が卒業してしまっても、この笑顔を独占出来るのは僕だけだと思うと自然と僕の口角も上がった。
「味っていうか、食感が違うので、絶対深山先輩の作ったやつの方が美味しいですよ!」
「そう?」
「そうですよ」
 深山先輩の作った生クリームたっぷりのパンケーキを見て思い出した。
「そういえば、深山先輩。知ってました? 今日が何の日か」
「知ってるよ」

 ——最悪な出会いをした僕らの一ヶ月記念日。