イケメン問題児の先輩に弱みを握られたと思ったら、溺愛され始めました。

 こんなに上手くいって良いのだろうか。
 そう思う程に復縁するのは簡単だった。もっと駆け引きが沢山あると思っていた。
「すみません。先輩の服、借りちゃって」
「ううん。ちょっと大きかったね」
 先にシャワーを浴びた僕は、深山先輩のTシャツと短パンを借りている。ふた回り大きいそれは、いわゆる彼シャツというやつで、このまま深山先輩に押し倒されるのだろうか。そんな妄想が頭の中に膨らむ。
 妙な妄想をしていると、机に置いてある深山先輩のスマホが光った。メッセージが届いていることを知らせる表示の背景に、未だ僕と深山先輩のツーショット写真があることに安心感を覚える。それは、僕らが離れ離れになっていた時間も、深山先輩が僕のことを考えてくれていたという証だから。
「誰からですか?」
 スマホを操作するのを横目に見ながら聞いてみれば、深山先輩は悪戯に笑って見せた。
「気になる?」
「べ、別に……」
「そう」
 強がったばっかりに、深山先輩はそれ以上何も話さずメッセージを返信した後に画面を閉じた。そのまま着替えを持って部屋を出ようとするものだから、僕は負けた。
「あの、さっきの……誰だったんですか?」
 ついこの間までは、深山先輩が誰と連絡を取り合おうが気にもならなかったのに、今はどうしてこうも気になるのか。
 不安げに問えば、深山先輩は満更でもない顔をしながら応えてくれた。
「父親。この台風で電車ストップしちゃって帰って来られないって。だから、今日は会社に泊まるらしい」
「そうなんですね」
 安堵してはいけないところなのに、メッセージの相手が友人関係でなかったことにホッと胸を撫で下ろしてしまう。
「ちなみに、母さんは夜勤だから、今日は帰って来ないよ」
「それは……」
「二人きりだね」
 何故か小声で言われ、ちょっぴり恥ずかしい気持ちになってしまう。
 図書館からの帰り、僕の家に帰る道が冠水しており、深山先輩の家にお邪魔することになった。あの時は、深山先輩の家にお泊りできてラッキーと思ってしまったが、それは御両親がいる前提の話だ。いないと分かった今、ドキドキが止まらなくなってきた。深山先輩が風呂から出たら、僕らは一体何をして過ごすのか。恋人同士が、しかも好き同士と分かってしまった僕らがすべきこと――。

 ◇◆◇◆◇◆◇

 それから二時間後。
 ベッドの中に入って、二人で背を向けながら無言で本を読み進めている。
「…………」
「…………」
 これまで会話が無かったわけではない。
 深山先輩の風呂も終わり、さっぱりした僕らは二人でカップ麺を食べながら、世間話をした。真司さんとのやり取りも話した。話した結果、互いに同情なんてするはずがなかった。深山先輩の友人が酷い仕打ちをされたのは、紛れもなく真司さんがしたことだから。反省はしてもらわねば。
 とはいえ、ヤンキーグループから抜け出せない今の現状には同情する。早く高校を卒業して自由になって欲しいと、切に思った。
 しかし、そうなると深山先輩も卒業するわけで、僕は深山先輩のいない高校生活をおくることになる。それは自然の摂理なので、どうすることもできない。それでも、深山先輩はその摂理に逆らいたいようだ。
『俺、留年するよ』
 深山先輩は、そんな突拍子もないことを言い出した。
 そこからだ、僕らが言い合いを始めたのは。僕は猛反対し、深山先輩もガンとして譲ろうとしない。
 僕を好きでいてくれて、一緒にいたいと願う気持ちは嬉しい。けれど、深山先輩の人生を狂わせてまで一緒にいたいとは思わない。あくまでも人生のオプション。僕はそれで良いのだ。いや、これは僕に限ったことではなく、世のカップルは皆そうなのではないだろうか。それなのに、深山先輩ときたら……。
 せっかく両想いになれたというのに、僕らの心はバラバラになって別れ話に勃発しそうになった。そんな不本意な結末を僕らは望んでおらず、一旦互いに黙ることにしたのだ。本でも読んで一旦冷静になろうと――。
 既に時計は二十一時をさしており、このまま眠ってしまうのも良いかもしれない。そう思って文庫本を閉じて目を瞑った瞬間、カーテンの向こうで稲光が走り、数秒後に落雷が鳴った。反射的に体がぴくッと震える。
 深山先輩の前では恰好つけて平気なフリをしているが、実は雷は苦手な方だ。女子のようにキャーキャー騒ぐほどでもないが、それなりに苦手。頭まですっぽりと布団にくるまりいたいところだが、今は二人で掛け布団を共有しているため出来ない。それに、もしも頭までくるまったりなんかしたら、自ずと深山先輩に雷が苦手なことがバレてしまう。そんな情けない男は願い下げなんて言われたら、目も当てられない。
 何度も鳴る落雷に、体を丸めながら目を瞑ってやり過ごす。すると、突如として先程まであった背中の温もりが消えた。一気に不安が増す。
「深山先輩……」
 後ろを振り返って今はどこにも行ってほしくないことを伝えようとした時だった。温もりが戻って来た。それも、頭全体を覆ってくれている。
「俺の前ではさ、我慢しなくて良いよ」
「先輩……」
 僕はそこにある深山先輩の胸板に耳をくっつけた。
 後ろを振り返った瞬間の出来事だったので、思い切り深山先輩と抱き合う形になって若干照れるが、それよりも安心感が増した。深山先輩の心臓の音の方が落雷よりも大きく聞こえ、心が落ち着く。体の強張りもなくなる。
「気付いてたんですか?」
「当たり前じゃん。俺、聖夜のこと大好きなんだよ」
 深山先輩の鼓動が早くなったのが分かった。
 いとも簡単に好きだと言っていたのかと思ったが、実は深山先輩でも好きの二文字を言うには勇気がいることなのだろうか。それなら、僕もきちんと想いを返さなければ。
「深山先輩。僕も……好き、です」
 深山先輩のそれを追いかけるように、僕の心臓も負けじと早く動き出す。競争したら僕の勝ちだろうか。
「聖夜はさ、本当に俺で良いの? 俺、多分思った以上に愛が重いよ」
「多分じゃないですよ。絶対重いですよ」
 耕平君に肩を組まれただけで嫉妬し、僕と離れ離れになるのが嫌で留年しようとまでする。それで重くないと言えるはずがない。
 いつかその愛に押しつぶされそうになる日が来るかもしれない。ほんの些細なことで嫉妬し、喧嘩に発展するかもしれない。どうして信じてもらえないのかと、別れ話に発展するかもしれない。それは、復縁を願った時に覚悟は決めていた。
「でも、それだけ愛してもらえるのって最高だなって……僕は思うんです。留年してでも一緒にいたいって言ってもらえて嬉しかったです」
「『嬉しかった』って、過去形で言うのやめて。別れるみたい」
 深山先輩の腕の力が強まった。絶対に離さないと言った風に長い脚が体に巻き付いてきた。
「ちょ、深山先輩?」
「俺、別れる気ないから。一生」
「僕もないですよ。ないですから、少し力を緩めて下さい。苦しいです」
「本当に? 本当の本当にどっか行ったりしない?」
 念を押すように確認され、苦笑で返す。
「そんな最強のビジュしてるのに、どうして僕が良いんですか? 他にもっといますよね?」
「いないよ。聖夜が一番可愛い」
「可愛いかな……」
「可愛い。証明してあげよっか」
 深山先輩の絡みついてくる力が緩んだ。そして、ゴソゴソと布団の中で動いたと思ったら、僕の上に覆いかぶさるように乗って来た。言わずもがな、その美しすぎる顔が僕の目の前にある。顔の横に手を付かれ、逃げ道はない。
「聖夜」
 その何とも色っぽい声にドキリとする。顔が熱くなる。
 泊まる段階で覚悟はしていた。覚悟はしていたが、いざその場面になると怖気づいてしまう。逃げたくなる。
 両手で口を押さえてしまうと、拒絶をしているようで悲しい気持ちにさせることになる。だから、僕は口はどうぞと言わんばかりに両眼を手で覆う。少しでもこのみっともない顔を見られまいと隠す。
「聖夜。もっと、顔見せて」
「嫌です。絶対、今変な顔してますし」
「変な顔なんてしてないよ。可愛いよ」
「嘘です。僕が可愛いなんてあり得ないですから」
「可愛いよ。俺にドキドキしてくれてるところが最高に可愛い。それに、この髪、そんなに天パだったんだね」
 いつもはドライヤーでどうにか伸ばしている髪の毛。今日も入浴後にしっかりと伸ばしながら乾かしたが、湿気でどうしても跳ねてしまう。
「今度、ストパーかけにいってきます」
「良いよ、そのままで。可愛いんだから」
「可愛くないですって……」
 羞恥でいっぱいになっていると、明るかった照明が間接照明へと切り替えられた。
「これなら顔出してくれる?」
「深山先輩って、意地悪ですね」
「そんなことないよ。普通だよ」
「普通なら、早くしてください。僕の心臓が破裂しちゃったら、深山先輩のせいですからね」
「じゃあ、俺の心臓が破裂したら聖夜のせいだからね」
 僕の顔を隠していた両手は深山先輩によって取られた。そして、そのご尊顔が近付いてきた。
「好きだよ。聖夜」
 愛の囁きと共に、僕の唇に深山先輩の唇が重なった――――。