イケメン問題児の先輩に弱みを握られたと思ったら、溺愛され始めました。

 北原真司。彼は深山先輩を悩ます他校のヤンキーだ。
 しかし、彼もある意味被害者のような部分があった。というのも、周囲の環境だ。
 母子家庭で育った真司さんは家庭内で色々あったようで、少しばかり捻くれた性格に育ってしまい、中学校に入学してからは、ちょっぴりヤンチャな先輩らとつるむようになった。
 しかし、真司さん自身は誰かに暴力を振るうことはなく、ただ髪色を金や赤に変えたり、学校の先生に反発する程度の悪だった。それでも、その目力のせいで周囲から怯えられていた。喧嘩が強いのだと噂されていた。本当は虫も殺せぬ臆病者なのに。
 そんな真司さんも一年経てば先輩になる。つまりは、後輩が出来るのだ。ヤンチャなヤンキーの後輩らが。
 ある時、深山先輩の友人と真司さんの肩がぶつかった。肩がぶつかるくらいどうってことはないのだが『後輩に格好悪いところは見せるなよ』と、先輩から耳打ちされ、後輩からは期待の眼差しでみられる。ガンを飛ばすだけでは許されない状況を作り出され、不当な慰謝料を請求し殴る羽目になった。ここで勝っていたら問題なかったのだろうが、真司さんは呆気なく深山先輩に返り討ちにあった。
 自分たちがこの街のヤンキー界隈を牛耳っていると勘違いしている先輩らは激怒した。深山先輩をどうにかして懲らしめろと。けれど、思った以上に深山先輩は強豪で、どうしても勝てなかった。
 とはいえ、これは真司さん自身が弱かったわけではない。自分が弱すぎるのかと思った真司さんは、先輩らとタイマンを張ってみた。すると、勝利したのは真司さん。十戦して十勝だ。喧嘩が強いという噂は挽回出来たが、深山先輩には勝てない。ならば、深山先輩の友人を狙えば良い。そう提案されたのだ。卑怯としか言いようがないが、相手が逆らわない状況を作り出すことが、ヤンキー界隈では重要なんだとか。
 それから最上級生になった真司さんは、後輩らから『残虐非道の真司』と謳われるようになり、お願いしてもいないのに深山先輩の交友関係を報告されるようになった。報告されれば行くしかなく、真司さんは保身のために毎度のように深山先輩の友人を叩きのめしてきた――。
「深山が高校に入ってからは、アイツ全然友達作んなくって、俺としてはラッキーって感じだったんだけど、どうしてこんなチンチクリンと付き合うかな」
 毛先をクルクルと弄られ、イラっとする。
「そちらの界隈のことは知りませんけど、随分と人を悲しませているのは事実ですよね? それで被害者面されるのは、僕としては大変遺憾です」
「いかんってなに?」
「納得がいかないってことです。真司さん、高校三年生ですよね? 馬鹿なんですか」
「はは、勉強してこなかったから」
 先程までの威圧はどこへやら。身の上話をし始めてからの真司さんは、親近感が湧く程に喋りやすい。思わずツッコミを入れてしまう程だ。見た目が悪い人ほど実は良い人というあの良く分からない理論は、目の前の男と後ろの図書館でアルバイト中の深山先輩を見ていると、超がつく程正しいのだと実感させられる。
「てか、真司さんも人を殴りたくないなら、ヤンキーやめたらどうですか?」
「そう簡単にやめられたら苦労してないし。この世界は一回入ると中々……」
「もしかして、海に向かってバイクを走らせて……みたいなのですか?」
「みたいなのですよ。大怪我した挙句に、結局抜けられてない奴も山ほどいる。まぁ、残り半年の辛抱かな」
「半年? 半年したら抜けられるんですか?」
 閉館のチャイムが鳴りだしたので、僕は図書館の中に目を向ける。自動ドアの前に閉館の札を立てに来たのは深山先輩ではなく、年配の女性だ。軽く会釈すれば、会釈で返された。
「ポチの知り合い?」
「違いますけど?」
「じゃあ何でお辞儀してたんだ?」
 真司さんは高校生の皮を被った子供だろうか。小学生以下だろうか。
「日本人は、すれ違ったりしたら大抵会釈するんです。挨拶代わりに会釈をするんです。真司さんは、したことないんですか?」
「会釈っていうか、これはあるぞ」
 真司さんが鋭い目つきでガンを飛ばしてきた。背筋がゾクッとした。
「大丈夫か? ポチ?」
「は、はい……。で、半年……とは?」
 お尻を少し真司さんから離して本題に戻れば、真司さんは憂いを帯びた表情で遠くを見つめた。
「俺、高校卒業したら、この街を出て行こうと思って」
「物理的に逃げる作戦ですか」
「そう。そうしないと、いずれ反社に流れ着きそうで流石に怖い」
 ヤンキーらのその先の末路は分からないので、僕は何も言えない。言えるとするなら、一つだけ。
「遠くに逃げようが勝手にしたら良いですけど、深山先輩には金輪際迷惑をかけないと誓って下さい。僕は、それ以外どうでも良いですから」
「おお、ポチのくせに言うじゃん。深山じゃなくて、俺にしたら?」
「何をですか?」
 キョトンとした顔で見れば、顎をクイッと持ち上げられた。
「深山の彼氏って聞いてたから、元々半殺しじゃなくて寝取る方向で考えてたんだよ」
「寝取るって……」
 深山先輩とも、あの誓いのキス以来何もしていないというのに、それ以上のことを目の前のイケメンと――。
「ムリムリムリムリ! 同じイケメンでも、真司さんとはムリ!」
 その手から逃れ、僕は図書館の入り口にある大きな柱の裏に隠れた。しかし、真司さんもそこにヒョコッと顔を出してくる。
「そんな拒絶されると、逆に燃えるんだけど」
「燃えないで下さい。僕が好きなのは、深山先輩だけですから! キスをしたい相手も深山先輩だけですから!」
 大きな声で宣言した時だった。図書館入り口の横の従業員通用口の扉の前に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした深山先輩の姿があった。
「あー、深山先輩……」
 一度はフラれた相手。復縁する為にこれから行動を起こそうと思っていた。思ってはいたが、ド直球に想いを告げるつもりは更々なかった。少しずつ距離を縮めて、改めて告白したところにOKをもらえれば良いと考えていた。僕らの間に障害があるというのなら、それをも乗り越えられる絆を深めていこう。そう計画を立てていたのだ。それなのに、思い切り愛を叫んでしまった。
「えっと……深山先輩。バイトが終わる時間、まだですよね?」
「台風、酷くなる前に帰ろうってなって……それより、聖夜。今のって……」
 呆気に取られている深山先輩だが、真司さんの顔が視界に入ったよう。驚きの表情から、般若の形相へと変貌した。
「聖夜! 逃げて!」
 そう言いつつも、僕が動くよりも早くに深山先輩は動き、僕をその背に隠した。そして、真司さんの腹部に正拳突きを食らわした。
「ッぐは。深山、てめぇ……」
 見事にクリティカルヒットしたそれは、至極痛そうだ。真司さんは腹部を押さえながら、その場に蹲った。
 横殴りに降って来る雨が真司さんの顔に当たり、深山先輩のワイシャツも少しずつ色を変えていく。
 一瞬時が止まったような錯覚に陥る中、深山先輩が動いた。
「聖夜。無事?」
「は、はい。僕は……」
 先程までの怒りは正拳突きと共に置いてきたのか、深山先輩は今にも泣きそうな顔で壊れ物を扱うように触れてきた。
「こいつに正体バレて逃げてきたの? やっぱり、俺が二十四時間一緒にいるべきだった……ごめん」
「いえ……これは、深山先輩のせいでは」
 僕が自分から正体を明かしたのだ。しかも、真司さんの身の上話まで聞いてしまった。
 ただ、これはチャンスかもしれない。ズルいと言われようが、構わない。僕は深山先輩のことを好きだと自覚してしまったのだから――。
 俯き加減に不安げな表情を作ってみる。
「すっごく、怖かったです」
「聖夜……ごめん」
 優しくハグをされ、頭を撫でられた。
 久々のその温もりに、本気で涙が出てきた。
「マジでごめん。怖かったよね。もう、離さないから」
 コクリと頷き、僕と深山先輩の周りにポヤポヤとした空気が流れる。
 それをぶち破るのは、そこに蹲っている真司さんだ。
「おい、ポチ。俺、何もしてねぇだろ。そいつにちゃんと説明しろよ。今回ばかりは、やられ損だ」
 確かに……と思いつつも、どんな形であれ深山先輩が僕の元に戻ってきたのだ。貪欲になっている僕は、この手を離したくない。
「深山先輩。この人、僕を寝取るって……」
「は?」
「ちょ、ポチ。そんなこと言ったら余計」
「だって、本当のことだし」
「そうだけど……」
 嫉妬深い深山先輩の鋭い瞳は、真っすぐに真司さんを見据えた。
 この先の行く末は一目瞭然。だから、僕は深山先輩の顔を両手でそっとこちらに向けた。
「深山先輩。傘、持ってます?」
「傘……?」
「僕、傘持ってなくて、良かったら入れて欲しいんですけど」
「それは、もちろん。だけど、これをどうにかしないと」
「真司さんは、もう深山先輩を苦しめませんよ。ですよね、真司さん?」
 真司さんはバツが悪そうに立ち上がって、控えめに前髪を掻き上げた。 
「俺の探してる『セイヤ』は、南高にいなかったからな。他の奴らには引くよう言っとく」
「は……? 意味分かんないんだけど」
 深山先輩は、真司さんを見てから視線を僕に戻した。
「どういうこと?」
「セイヤって、僕らの学校に二人しかいないんですよ」
「それは知ってる。でも」
 納得のいかない深山先輩の向こうで稲光が走った。
「先輩。早く帰りましょう。これからもっと酷くなる予報ですし」
「そうだね」
 僕から離れた深山先輩は、傘立てから黒い傘を取りつつも真司さんを警戒する。そして、端にあるビニール傘も手に取った。
 まさかの二つ持ってきていたパターンだろうか。せっかく相合傘が出来ると思ったのに……。
 天災に遭っている最中にも関わらず、そんな不謹慎なことを考えていると、深山先輩はビニール傘を真司さんに差し出した。
「これ、貸出用の傘。今度、晴れた日にここに返してくれたら良いから」
 なんと……敵に塩を送る深山先輩に感無量だ。好きだ。
「ちなみに、僕は……」
 不安げに待っていると、深山先輩は黒い傘をパッと開いた。
「おいで。一緒に帰ろう」
「はい!」
 外はこんなにも嵐なのに、僕の心は晴れ晴れとしている。
「聖夜。月が綺麗だね」
「深山先輩と見るから綺麗なんですよ」
 そんな僕らの会話を聞いた真司さんもビニール傘をさしながら空を見上げた。
「月なんてないだろ。お前ら、南高のくせに馬鹿なんじゃね?」
「馬鹿は真司さんですよ。夏目漱石くらい知ってた方が良いですよ。ね、深山先輩」
「だね。でも、聖夜。アイツをあんまり挑発するのはやめてね。何されるか分かんないから」
 本気で心配してくれる深山先輩の傘を持つ手に、僕のそれを添えた。
「大丈夫ですよ。深山先輩が全力で守ってくれますから」