悪役の青春エスカトロジー

悪役の青春エスカトロジー

 あの日、私は最悪の全ての原拠で、この世の全ての罪を背負っていた。
 きっと前世で世界を一つぐらい破壊したのかもしれない。
 悪役に仕立てられていたのだと気づくのは、何回死んだあとだっけ。
「貴方がいなければ、颯斗くんはまだ野球やれた!」
 颯斗のことを思って泣いている可愛い彼女。
 その彼女を支えるように友人達が集まっている。
 大粒の涙を流しながら、私を睨み付ける。
 私はきっとどうしようもできない絶望の罪を全て背負わされている。
「貴方が怪我した方が良かった」
「めぐみ! 流石にそれは……」
「皆もそう思ってる。言わないだけで、そう思ってるよ!」
 誰も私を庇う言葉は出てこないけれど、彼女に寄り添っていた。
「私が変わってあげたい。私が代わりに事故に遭えば良かった。私が怪我すれば良かった」
「泣かないで」
「めぐみは悪くないよ」
「きっと隣に居てくれるだけで、颯斗くんの心の支えになってるよ」
 もう行こうって、私の横を通り過ぎていく。
 学校の渡り廊下で、わざと大声で泣いちゃってさ。
 私に言いたい放題言えてすっきりしたら、あっさり無視して居なくなっちゃってさ。
 ざわざわと突き刺さる私への侮蔑の視線。
 私がこのあと、この学校でどんな噂されたりどんな扱いされてもいいんだろうね。
 いや、それがあの子達の希望なんだろう。
 私が幸せなのはきっと許されない。
「どうしたんだ、巴」
 ギイギイとタイヤの音がする。廊下をゴムが摩擦で滑る音。
「……大丈夫か」
 車椅子で私の元に駆けつけるのは、先ほどまで泣いていためぐみちゃんの彼氏の颯斗。
 私を助けたために、下半身麻痺になり甲子園も諦めて推薦も消えたこの学園の元王子さま。
「あの神社に、行けなくなっちゃったね」
 悪意のある視線が私に刺さっているのを、颯斗は気付かない。颯斗が来たら消えたかもしれない。
「巴が手を繋いでくれないのか」
 颯斗は私と何も変わらないままでいてくれようとしてくれている。
 なので首を振った。
「ママが転校しようって。今、担任と学年主任とで話してる」
「三年の今転校?」
「家の窓が全部割られる前に、引っ越すよ。ママの心が壊れちゃう」
 二階の窓はまだ無事だけどね。夜ご飯食べるときに窓が割れるのはね。
 パパが単身赴任でただでさえ心細かったママはパニックで泣いちゃって大変だった。
 パパが今すぐ単身赴任先においでって。
 今日中に県外の話が通じる親戚たちが家に来てくれる。
 田舎で育って田舎の古臭い風習に染まった親せきは誰も助けてくれないから、県外の親戚しか頼れない。今だって私も心配して校門で親せきが待機してくれている。
 本当なら投稿も無理しないでいいって言われていたけど、荷物壊されたり捨てられていなければ回収したかった。
「俺のせいなのか?」
 目を大きく見開いた颯斗が青ざめていく。
 馬鹿だね。
 君は被害者なのに。
「ううん。私のせい。私が試合前の颯斗を神社に誘ってーー」
 事故に遭って、私を庇って颯斗が意識不明の重体になって、目が覚めたら下半身麻痺でしたって。
 なんてそれは結果に過ぎない。
 全ては、幼馴染みという距離に甘えて彼女ができたことで自分の気持ちを知って焦った私のせい。
 私が全部狂わせた。
 私さえ我慢して黙っていれば、颯斗の世界は幸せだったのに。
「私が飲み込んですべて我慢して、そして誰も好きにならなければ良かったんだ」
 誰も幸せにならなかった。
「めぐみ」
「もし颯斗がこの田舎で生きていくのが辛くなったら私の引っ越す都会においで。全力でその時はサポートするから」
 息が苦しくなるようなこの田舎で、車いすの彼はこの先どうなっていくのか。
 それだけが今は心配だよ。
 だってこの田舎のクソ共は、野球ができる颯斗を自分たちの町のアクセサリーのように自慢に使っていた。
 車椅子になって自慢できなくなった今、私へその怒りをぶつけているけど、私が居なくなったら壊れたアクセサリーをどうするのかな。
 修理しても直らないよ。宝石はもうついてない。売れないしもう自慢にもならない。
 誰も彼を見向きもしなくなる。
「めぐみ……ごめんな。辛いか」
 気づけば泣いていた。
 ハラハラと流れる涙を、車いすの彼では手を伸ばしても届かなかった。
 辛いのは、自分の事ではない。
 彼女からの暴言も、誰も助けてくれないこの状況も、家族さえも迫害されるこのクソ田舎も全然辛くない。甘んじて受け入れる。
 でも今まで努力してきて、成績も品行も優秀でそして人望もあって、性格なんてどうしたらそんなに完璧なのかって驚くほどの凄い人。
 彼が今後、車椅子という障害を持ってこの田舎の馬鹿ともからどんな扱いにシフトしていくのか考えただけで辛い。
 私がこんな扱い受けるぐらいなんだから、きっとこんなに世界中の素敵を詰め込んだような颯斗だって……。
「一緒に転校して。都会の方がいいリハビリ受けられるよ」
「そうだな。今は母の方が憔悴しきっているが落ち着いたら絶対にそうする」
 私の涙に伸ばしていた手を、宙でぐっと拳を作ってゆっくり下ろした。
「彼女と話してくる」
「え、それはやめた方が」
 今はあの悲劇のヒロインが唯一の颯斗の味方なのに。
 彼女を遠ざけたら一気に颯斗へ非難が集まってしまう。
 この田舎は誰かを悪者にして一致団結するようなクソの集まりだ。
 私が居なくなれば、ターゲットを颯斗に変える可能性はゼロではない。
「気づいたんだ。遅かったけれど、俺が誰を好きだったのか」
 誰を好きだったのか。
 それを言った颯斗の目が、熱い視線で見ていた。
 真っ直ぐ射抜くように、私の心を焦がすように。
「私はもうそんな資格ない」
 悪役に、もう幸せは誰も望んでない。需要はない。
 これがもし物語ならば、私が幸せになってはいけない。
「でも俺が幸せになりたいから、全て終わったらまた俺の気持ちを聞いてほしい」
 颯斗。
 幼馴染で、誰よりも一緒に居た時間が長い私の大好きな人。
 一緒に居たら、向日葵や朝顔が一晩で咲き誇ってしまいそうなほど、幸せな気持ちにさせてくれる人。
 恋愛感情を自覚するのが遅かったけど、私はきっとずっと颯斗が好きだった。
「ごめん。もう行くね」
 私も伸ばしてくれた颯斗の手を取りたかったよ。
 手が届かないなら、私が屈めばいいだけ。
 伸ばされた手を掴みたかったよ。
 ごめんね、ケガさせて。
 泣きながら職員室へ向かった。
「颯斗くんを連れていかないで」
 その背中を勢いよく押され、激痛を伴いながら階段を転がり落ちていく中、悲劇のヒロインがとても冷たい顔で私を見下ろしていた。

 ***

 それは一番最近の記憶であり、その前はなんだったっけな。
気づいて目が覚めた時は、事故に合う当日の朝だった。
 何が起こったのかわからないけど、私は必死で神社に行くことを拒否した。
 絶対に行かないと泣きながら訴えた。だってあのバスは事故に合って崖から落ちてしまうんだもん。貴方は私をかばって抱きしめる。転がるバスの中で何度も何度も体中を強く打ってまで私をかばうんだよ。
でも颯斗は行くと譲らない。だったらバスに乗らず、代わりに彼女を連れて二人で行ってと言った。
 二人で行かせた結果、二人が乗った車はバスの後ろを走っていたらしく、急ブレーキをしたがバスと一緒に崖から転落。彼女だけが助かった。
 颯斗が居なくなった世界で、なんで私が行かせてしまったのか自分を責めたけれど、なぜか私は狂乱した彼女に、授業中に刺されて死ぬことになる。
 あの世界でも、彼女は大切な人を失ったヒロインだった。
 そして二人で神社に行けと促した私が悪だった。
 冷たく凍えていく私を彼女は見下ろしながら、それでも満たされない苦しさに泣いていた。

***
 その前はもうほとんど覚えていない。
 颯斗が下半身麻痺で車椅子にならない代わりに、私が下半身麻痺になっていた。
 多分事故に合う瞬間に時間が戻って咄嗟に颯斗をかばったんだったと思う。
 責任を感じた颯斗が彼女と別れて私を選び、私はまた階段から落とされたんだっけ。

 いい加減学習しなよ、私。
 階段、颯斗、事故、彼女。
 今後、気を付けないといけないことは沢山ある。
 もし、もしもだよ。
 もしやり直すことができるならば、ヒロインの幸せルートを壊したら駄目だ。
 私が消えてしまうことになる。
 きっと彼女が幸せにならない世界は、私の死で壊されていく。
 この世界は、彼女と颯斗が幸せになるための物語なんだ。
 そして私は、二人の純粋な恋を壊す悪役。

「めぐみ」

 じりじりと肌が焼けるような夏の日だった。
「めぐみ、ずっとスマホが鳴ってるよ」
 縁側でずっと震えているスマホには目もくれず、入道雲が支配する空を見上げていた。
「めぐみってば」
 縁側に寝転ぶ私を、視界がぐらつくぐらい揺さぶってくる相手に、私は手を伸ばす。
「大丈夫。颯斗からだから。甲子園の開幕試合の抽選会だったの、今日」
 もう三回目だから知ってるよ。
 開幕試合の抽選でなんとうちの高校に決まってしまう。
 抽選日の三日後に甲子園の第一試合。
 つまりこの三日間で颯斗がケガしなければ、私は運命がきっと変わる。
 きっとヒロインを邪魔しない私は、殺されるルートを外されるだろう。
「でも今回はいつもより過去に飛ばされたなあ。いつもは事故直前だったから」
 事故直前だったら運命が変わらないって物語の創作者が気づいたのかな。
 てか、このつまんない物語の創作者って誰だよ。
「めぐみってばあ。抽選会だったんなら颯斗だって緊張してるだろ、出てやりなよ」
 ピタリ。
 冷たい何かが頬に押し付けられ、飛び起きた。
「もう。冷たいよ、時尊(みこと)」
 半分に割られたアイスを頬張りながら、ミコトが私の頭をぐしゃぐしゃにかき回してきた。
「だって何回名前を呼んでも無視するからさ。暑くて熱中症で倒れてるのか心配してあげたんだよ」
 アイスを食べながら、全く心配してなさそうなくせにさらりと本当っぽく言っているこの目の前に男。
 色白で中性的で、男のくせに化粧しているかのような恐ろしく綺麗な男。
 私と颯斗が高校受験で訪れた神社の境内で、貧血で倒れていたのが出会いだが、閑古鳥の鳴くこの錆びれた神社の一人息子で、私と颯斗の秘密基地の提供者で、そして悪友だ。
「アイスは嬉しいけど、この神社って確かに冷房がどこにもないよね」
 苔で緑に染まった長い階段を上がり、苔の服を身にまとった狛犬に挨拶をすると、風が吹いたら飛ばされそうな神社がある。
 少し前までは小さくて髭がもじゃもじゃの神主さんがいたと思うけど、腰を痛めて入院中。
「奥に壊れて、幽霊の叫び声みたいな悲鳴を上げて回る扇風機があったよ。持ってこようか?」
「いや、いいよ。肝試しにはまだ早い」
 ミコトはここの遠縁の親戚の子供らしい。
 偶に入院中の神主さんの代わりに、この神社をお掃除したり部屋に風通ししたりするらしい。
 だからその日に私と颯斗はミコトに会いに行っていた。
 なんとなくいつも一人で寂しそうに見えたし、この神社を好きに使っていいよって秘密基地として使わせてくれるからね。
 合格祈願で訪れてからだから、もう三年近くこの生活を楽しんでる。
「もう。まあ縁側は日陰で寝転べば風は気持ちいいよ」
 いそいそと漫画を持って木の陰に隠れた縁側に座ると、アイスの棒をかじりながら漫画を開く。
「あれ、ミコトって眼鏡してたっけ」
「……うん。漫画読むときだけね」
「ふうん?」
 私が三回ほど過去に戻されるたびに、ミコトはどこか怪我してたり病弱だったりと少しずつずれてるんだよね。
 初めて会ったときは貧血で倒れていた病弱体質の美少年出たはずが、足を怪我して引きずっていた時と心臓が生まれた時から弱くてフラフラだった時と、そして今、眼鏡をかけている状況。
 だったら次にまた時間が巻き戻すときは、ミコトの体の負担が一番軽そうな時がいいな。
 でもできれば車にはねられたり階段から突き飛ばされたりナイフで刺されたりと死ぬ瞬間は痛みが壮絶なので、今回きりで終わらせてほしいのだけどね。
 痛みはない方が助かる。
「まあいいや、俺が出るよ」
「あ、ミコト!」
 出ないでいいのに!
 出たらダメなのに。
私が縁側で眠ってしまっていて電話に出ない。
 すると電話をあきらめた颯斗はバス停に向かう。
 そこで待ち伏せしていたヒロインのめぐみちゃんが「甲子園頑張ってください」と颯斗に手紙を渡す。
 その手紙は熱烈な愛の告白といつも颯斗が頑張っている姿を見ていたと努力を認める熱烈な内容の三枚の手紙。
 三回殺された私からしてみれば今は執着していて恐怖でしかないが、最初颯斗が見ていた時に後ろからこっそり覗いて内容を見たときは感動した。
 この子は本当に颯斗が好きで、そして真っすぐで本気なんだろうって。
 颯斗は野球に集中したいって断ろうとしていたけど、私がその手紙の本気さを説き伏せ、周りがプッシュして二人は付き合いだす。
 そう。
 私が電話に出たらその手紙を受け取るはずの場面が狂うかもしれない。
「もしもし颯斗? 巴なら今、俺の隣で寝てるよ」
「ミコト、変な言い方しないで」
『俺も今からそこに行くから!』
 私にまで聞こる大声は、ミコトの耳をキーンとさせた。
 こいつ、声まで剛速球か。
「まあ、来るのはいいんじゃないの」
 それでバス停にいけばちゃんとヒロインと出会えるんだから。
「先生が送ってくれる? じゃあ気を付けて来なよ。未来の有名野球選手なんだから」
「は?」
 先生の車?
 職員の裏口と校門前のバス停は正反対だ!
 こんな展開、四回目で初めてだ。
「ミコト、代わって」
「もう切れたよ」
 慌ててスマホを奪うけど、電話に出ない。
 この神社は山奥なので途中のトンネル付近では圏外になってしまう。
 それまでに電話でバス停へ行くように促さなきゃ。
『電話に出てくれなきゃ、えっと嫌い!』
 慌ててメッセージを送ると、後ろから画面を覗き込んでいたミコトが爆笑している。
 すると颯斗からやっと電話が折り返してきた。
『もしもし、嫌いってなんだよ』 
四回目のやり直しで初めて聞く颯斗の声。
小さく笑っている彼が脳裏に浮かんだ。
「先生に秘密基地がばれるの嫌だから、バスで来てよ」
 バスじゃなきゃいや。
 それかせめて校門から出てほしい。
 すると運命力とヒロインの執着力できっと手紙を受け取るはずだから。
 これまで三回とも手紙はきちんと受け取ってきたでしょ。
『何慌ててるの?』
 ひやり。
 え?
 先ほど、頬に押し付けられたアイスみたいに颯斗の声が低くなって背中が冷えた。
 そんな低くて感情のない声が出るんだ。
『俺がバス停に行かなきゃいけない理由でも、ある?』
「え、あ、だ、だから先生に秘密基地を……」
『巴に聞きたいことがある』
 颯斗の声からは表情も感情も分からなくて怖かった。
 怖い。
『俺はもうあの手紙は絶対に受け取らないよ』
 ガタガタ。
「ほえ、巴!」
 足を踏み外して縁側から落ちそうになった瞬間、ミコトが両手で右手を受け止めてくれた。
 弧を描いてスマホが宙を舞うと、縁側に音を立てて落ちる。
 クルクルと回るスマホには、まだ通話中の颯斗の名前が浮かんでいる。
『もう誰かの手の上で踊らされるのは、嫌だ』
「何の話? 野球じゃなくてダンスの話?」
 ミコトが携帯を手に取ると、私の耳に当ててくれた。
 スピーカーにして話の内容を聞こうとしているが、もうパニックで止める言葉さえ出なかった。
『野球でもダンスでもない。俺と巴の運命の話だよ』
 ああ。
 嗚呼、嗚呼。
 私は瞼を閉じた。瞼の裏には颯斗を奪われて狂うヒロインが浮かぶ。
 今世の私は、いったいどんな風にヒロインに殺されてしまうのだろうか。
 嗚呼、嗚呼、ああ。
 どうか、どうか今回は苦しくなくて痛くなくて、一瞬で終わらせて。