「指が6本生えてるヤツ。探してんだけど」
そいつは、中間テストの最中に突然やってきた。
性別の曖昧な顔立ちで、金髪の長髪をサイドテールに結んだその姿は一見すると学ランを纏った少女みたいだ。でも声を聞けば男のようなので、僕の情緒は少々混乱していた。
「指6本な。右手に生えてんの。なぁ聞いてんのか? 寝てんの?」
私語厳禁のテスト中だ。返事など出来ようはずもない。生徒も教師も誰も彼もが呆気に取られていた。
────僕以外は。
「はい、じゃあちょっと手ぇ挙げて。指6本ある人ぉ〜?」
そいつは右腕をバンザイするみたいに掲げた。
重力に引かれてずり落ちる学ランの袖 。露わになった“それ”を見て、僕は────
「うわっ……」
つい、声を漏らしてしまった。
そいつには“無かった”からだ。
────右手。肘から先が欠損していたのである。
「みっけ」
刹那、そいつは無いはずの“右手”で僕を指差した。
そばかすの浮いた白人の少女みたいな顔に笑みが浮かぶ。さっと顔を逸らしたが、気づけばもう目の前に立っていた。
「お前だろ。そうだよな?」
目を合わせちゃダメだ。僕はポケットに忍ばせた右手をぎゅっと握った。脈打っている。まるで心臓がそこにあるかのように。
「お前の右手、見せてみろ。俺のも見せてやっから」
そう言うと、ヤツは左手で右腕の袖を捲った。
つい、横目で見てしまう。包帯で患部は覆われているが、やはり右手はどこにも見当たらなかった。
「はい、じゃあ次はお前の番────」
「僕は違う」
否定した。僕にできる最大級の抵抗だ。
教室内はいまだ静まり返ったまま。それでも、生徒たちの視線も意識も僕らの方を向いている。
「お前がなんとかしろ」と言いたげな教師の無言の圧力も加わるが、これ以上どうしろというのか。
「違わねーよ。瓢 ヒデヨシ」
そいつは僕の名前を呼んだ。
どうして……あぁ、そうかテスト用紙に……そう思った時には、もう手遅れだった。まさに文字通り。
「ほーら、大正解だ。指6本、たしかにあるぜ」
テスト用紙に書かれた記名欄を隠そうと、ポケットから抜いて反射的に伸ばした僕の右手。
ヤツの言う通り、その手には「6本の指」が綺麗に並んでいた。
「豊臣秀吉は指が6本あったらしい。それにあやかって“ヒデヨシ”ってわけだろ?」
「そんなこと……離してくれ……!」
右手を引っ込めようにも、さっと差し込まれたヤツの左手に押さえ込まれて動かすことができない。
そういえば昔、アメリカの小説で読んだことがある。片腕を失うと、残った方の腕力は強くなるのだということ。
あれは事実だったんだな、なんてパニックを起こしそうな脳内の隅で妙に納得している自分がいて、どうにも可笑しい気分だ。
「何をコソコソしてやがる。もったいねえと思わねーのかよ」
ヤツはそう言うと、僕の右手を高々と掲げた。
カラダごと持ち上げられ、いまや目線がヤツとぴったり重なっている。
「お前には才能がある。その指が何よりの証拠だろ」
次第に教室内のざわつきが大きくなってきた。
まずい。このままじゃみんなに見られてしまう────!
「離せよッ!」
突き飛ばせばいい。
僕は自由の効く左手でコイツの胸を強く押した……が、なんとヤツはそれを右腕で防いだのだ。欠損しているその腕で。
不可抗力だった。僕は無意識に掴んでしまっていたのだ。患部を覆う包帯を。
スルリ……と包帯が解けてゆく。そして僕の目に映ったのは────
「……落花晶」
ガラスのように白く結晶化した、腕の”切断面“だった。
「それよそれ。そのナントカっつー病気になっちまってな、右手が砕けてこのザマだよ」
ヤツはまるで他人事みたいに不謹慎な笑みを湛えて言った。
だから……と付け加えて。
「お前、今日から俺の右手になれ」
なんなんだコイツは。なんで笑ってられるんだ。
意味がわからない。わかりたくもない。でも────
「eスポーツだ。格ゲーだよ。 言いたいことはわかるよな?」
「格ゲー……右手になれって……まさか……キミがバーを操作して、僕がコマンドを……?」
「大正解」
その瞬間、背筋の凍るような獰猛さがヤツの顔に浮かび上がった。
次いで、獲物を前にして獣が喉を鳴らすようにして、ヤツは静かにこうつぶやいた。
「決まりだな……俺はカルタだ。よろしくな、新しい右手くん」
まるでウサギになった気分だ。これから捕食される可哀想なウサギ。
だが不思議と、僕の心の中にはある”予感“が無視できないほどにざわついていた。
それは、ずっと望んでいたことで、でも訪れるはずもないと諦めていたもの。
────人生が変わるかもしれない。
予感がした。
いま、たしかにその一歩を踏み出したのだ。
片や右手を失い、片や6本の指を持つ────ぼくら、ふたりで。



