言いふらしたい僕らの話


 ようやく補習が終わった。もう季節は八月になっている。
「風雅ー、優雅(ゆうが)ー! 二人、今日どこか行くのー?」
 一階から、母さんの声がする。お昼をどうするのか知りたいのだろう。
 どこにも行かない、と返事をしようと部屋のドアを開けたときだ。先に隣の部屋から、弟の優雅の声がした。
「友達くるー!」
「え」
「あれ、兄ちゃんも誰か呼んでた?」
 俺とはあまり似ていない、くりっとした大きな瞳がこちらを向く。
「まさか」
「じゃあいい? ……彼女、呼んでも」
「かっ……!」
「しーっしーっ!」
 大声をあげそうになった俺に飛びついてくる優雅は、まだ中学一年生だ。
 中一で彼女を部屋に呼ぶって……? しかもこいつ、なんとなく俺に、家空けとけよみたいな顔してんだけど?
「ま、まだ早いんじゃないのか……?」
「はあ? そんなこと言ってたら兄ちゃんみたいになっちゃうもん」
「なんっっ……おまえ今なんつった……!?」
 いくら俺が童貞だからって、そんなわかりやすくバカにするなよ。いつからこんなに生意気になったんだ、俺の弟は。
「……あーもう……図書館、行くー……」
 優雅は一向に引く気配がないので、しかたなく俺が折れてやることにした。
 けれど返事の声が小さかったらしく、母さんには「なんてー!?」と半ギレで聞き返される始末だ。
「図書館にっ! 行くよ!」
 そんな情けない兄の姿を見て、満足そうな顔を浮かべる優雅……。
「兄ちゃん、おまえをそんなふうに育てた覚えは――」
「育ててもらった覚えなんてありませーん」
 ばたん、と無情に閉められたドア。蹴っ飛ばしてやろうかと思った。すんでのところで踏みとどまったけど。
 まったく、この世は陽キャを中心に周っている。
 少なくとも俺の人生はそうだ。

 家から自転車で十分ちょっと。つい一年ほど前にリニューアルされて綺麗になった、市内でも大きめの図書館へ来た。
 ここなら昼になればキッチンカーが出るし、昼食にも困らない。小遣いはきちんと頂戴してきた。
「……げ、カード忘れた……」
 図書館カードを認証しないと使えない半個室のスペースが、俺のお気に入りの場所なのに。肝心のそれを忘れてしまった。それもこれも、この暑さと、スケベな弟のせいだ……!
 しかたないので、予約なしでも使える自習スペースに身を寄せて、俺はひっそり、恐竜図鑑を開く。
 俺が好きなのは、大人向けの文字だらけの図鑑ではなく、児童書コーナーにあるやつだ。幸いにして図鑑の種類が豊富だったから、一冊だけ拝借してきてしまった。
 高校生にもなってこんなの、ちょっと恥ずかしいけれど。
「……はあー……」
 図鑑を開けば、そんなことはすぐに忘れてしまう。
 ぱあっと目の前に広がる絶景に、うっとりため息が漏れた。ドキドキと胸が高鳴る。ページをめくる手が止まらない。
 慌ててトートバッグからノートとペンを取り出すと、夢中になって恐竜の姿を描き写した。
 見たことも聞いたこともない恐竜が、たくさん載っている。
 こうして今でも新鮮に十五歳の俺の心をときめかせてくれるのだから、恐竜研究の学者さんたちには、感謝してもしきれないなと思う。
 そして、そんな学者に自分もなりたい!という大志を抱けないのが、俺の残念なところだ。
「あ、やっぱ末広じゃん」
「……」
 ――……やっぱ末広じゃん……?
 ――……末広って俺のことじゃん。
 ぼんやりと耳に届いた声を反芻(はんすう)して、それからゆっくりと後ろを振り向く。
 俺の名前を呼ぶ奴なんて、そうそういないはずだけど。誰だ?
「う、わぁっ!」
「ごめん、集中してた?」
 そこに立っていた、爽やかすぎるイケメン――。
「朝倉っ!」
「声でかっ」
 私服姿の朝倉だ。
 ただの白いTシャツがハイブランドものに見えるくらい、素敵に着こなしている。汗ででろでろになってしまう真夏日でも、朝倉はなぜか、かっこいい。
「すげーな……」
 二人、声を揃えて同じ言葉を(つぶや)いていた。
「ん? なにが?」
 朝倉に先に聞かれてしまったので「夏でも汗かかないの」と聞くと「なわけ」と剛速球でレスポンスがあった。
「隣いい?」
「ん、いいよいいよ!」
 いそいそと隣の椅子を引くと、朝倉は唇に人差し指をあて、にこりとはにかむ。
「末広、アリさんの声な?」
 ――アリさん……?
 はっとして周囲を見渡すと、迷惑そうに眉をひそめる人たちと目が合ってしまった。うるさくして、すみません……。
「ごめん、うれしくて、つい」
 だって、まさかこんなところで会えるなんて、思ってもなかったんだ。
 結局俺は、夏休みが始まってから一度も、朝倉にメッセージを送ることができなかった。
 けどそれは、会いたくなかったわけじゃなくて。なんて送ればいいのか、わからなかったから……って、まったくヘタレすぎる。これだからぼっちなのだ。
「……俺あっちからさ、末広っぽいのいるなぁと思って見てたんだよ」
 朝倉はアリさんの声で、ぽつぽつ話しはじめる。
「すげえ一生懸命勉強してんじゃん、ああ見えてちゃんとやってんだなーとか思ってさ」
「う、うん……」
「感心しながらここまで来ました」
「ハイ……」
 あれ、もうなんか、話の着地点が見えてしまった。
「そしたら君さぁ、恐竜描いてんだもんね」
「ご、ごめん……」
「……末広ってほんといいよね」
「え?」
 きゅっと口角を横に引っ張る、朝倉の笑い方。隣から見れば、微笑んでいるっぽくは見えるけど。
 その視線は、俺の手元の幼児向け図鑑に向けられているのだから、褒められているのか、呆れられているのか……怪しいところだな。
 いたたまれなくなって図鑑のページをめくって誤魔化すと、朝倉の手がそれを(はば)む。
「これ、まだ途中でしょ?」
「いや、もう……うん、大丈夫」
「描いてよ。俺見てていい?」
「いいけど……そんなおもしろくないよ。あと俺、描いてるときあんま人の話聞いてないし」
「それ割といつもじゃね」
 たしかに――。
「描いて、末広」
 いつもより小さな声だからか、なんだか妙に耳に余韻が残る。
 こうやって朝倉は、自分の要望を通すんだな。俺はいつだって、この甘えた声に逆らえない。
「……わかった」
 渋々図鑑へと視線を戻したら、朝倉の綺麗な指はすっと引いていってしまう。
 それから昼過ぎまで、俺たちは肩を並べて、それぞれ好きなことをして過ごした。
 ふう、と一息ついて隣を見ると、朝倉がいる。優しい目で、俺の描いた恐竜たちを眺めている。きっとコイツらも、あんな目で見つめられたら嬉しいだろうな、とか、思ったりした。
 それから遅めの昼を外のキッチンカーで買って、飲食スペースで食べているときだ。口いっぱいにサンドウィッチを詰め込んだ朝倉は「あ!」と突然席を立つ。
「やべぇ! 俺バイト行くわ!」
「え、朝倉バイトしてんの?」
「そー、近所のスーパーで、夏休みだけな」
 初耳だ。そうか、バイトか……うん。ちょっと俺には無理そう。
「暑いから気をつけて」
「あんがとー、じゃまたね」
 手を振って見送ると、その背中が突然、ぴたっと止まる。
 それから、くるりと俺のほうに向き直って、強い眼差(まなざ)しに射抜かれる。
「俺もうれしかった!」
「……ん?」
「今日、末広に会えたらいいなって思って来たから!」
 その言葉で足元に火がついたみたいに、俺はしゃきっと椅子から立ち上がっていた。
「もしかして、前に話したこと覚えてたの?」
「まあね」
 いつか、休みの日はなにをしてるんだ、と聞かれたときだったと思う。
 特に用事なんてないから、家にいるか、外に出るならこの図書館に来るって話を、朝倉にしたことがあった。
 朝倉はそれを覚えていてくれて、今日、この酷暑日に、ここまで来てくれたってことか? そんなの――なんで?
「おまえ、聞くだけ聞いて連絡してこねーんだもん」
「そ、それは……! 補習もあったし……」
 と言い訳しようとしても、まっすぐ俺を見つめる視線に、嘘はつけなかった。
「いや……ごめん。なんて連絡したらいいか、わかんなかった」
 かっこ悪い。けど、朝倉はきっとそれをバカにしない。
 本物の陽キャは案外優しいのだと、朝倉に出会って初めて知った。
「普通に連絡すりゃいーじゃん、今日何時間寝たとかでもいいし」
「そんなんでいいの……?」
「いいよ、べつになんでも。こないよりはいい」
 そうはっきり言い切って、一度は離れたはずの朝倉の足が、一歩ずつ俺へと向かってくる。
 突然のことにどぎまぎしてしまって、俺はたまらず顔を伏せた。
「末広?」
 目の前で、朝倉の足が止まる。
 おそるおそる顔を上げると、大きな瞳が、じっと俺を見下ろしていた。
「………次、いつ会える?」
 朝倉のアリさんの声が、ぐるぐる、ぐるぐる、耳と頭を行ったり来たりする。
「い、いつでも、明日もあさっても、永遠に暇だけどっ!」
 そして気づけば俺の口は、ひとりでに喋り出していた。
「ぷっ……じゃあ明日でいい?」
「笑うなよ、もう……!」
「はいはい、ごめんごめん!」
 たしかに、超ダサい返事をした自覚はあるけど。勝手に声に出てたんだから、笑うなっつうの。
 また朝倉にお兄ちゃんムーブをかまされ、頭を撫でられてしまった。すぐこれだよ。
「じゃあ、また明日な。時間、今日くらいでいい?」
「ん……大丈夫」
「帰ったら連絡しろよ」
「ハイ」
「なんて連絡すんの?」
「えーと……帰り何分かかった、とか」
「ん、それでよし!」
 なにがだ、ほんとうにこんなのでいいのか、これじゃ業務連絡じゃ……?
 半信半疑の俺を置いて、朝倉の背中は遠くなっていく。
 ――けど、また明日も、会えるのか。
 なんだか学校みたいでいいな。また明日、それって素敵な響きだ。

 昨日より、ほんの少し早く起きて支度をした。
 馬渕に、よく寝癖がついている、とバカにされたばかりだから、せめてそれくらい直しておこうと思って。
 昨日も朝起きてそのままの頭だったから、せめて約束……した日くらい、身だしなみを整えておくべきだよな、きっと。
 お気に入りの『DINO!』とロゴの入ったTシャツは、優雅にはいつも白い目で見られるので、泣く泣く封印した。
 なんの変哲もない無地の黒Tシャツに袖を通し、やっぱり昨日より少しだけ早く家を出て、俺は図書館へと向かう。
「末広! おはよ」
「わ、おはよ。朝倉、早くね?」
「電車、ちょうどこの時間だったから」
 そうしたらちょうど入口で、朝倉と鉢合わせた。
 今日は朝倉も黒Tシャツ……おなじに見えるのに、自動扉に映った俺たちは明らかに違うから、モデルって大事だな。
 それから昨日と同じ、自習スペースに二人並んで座る。今日は図書館カードを持っているけれど、半個室は一人用だ。
「……なぁ、これ、ちょっと発音してみて」
「え?」
「こ、れ」
 朝倉は、俺が開いていた図鑑の、ある翼竜を指差す。
「ケツァルコアトルス」
「けっ……け?」
「ケツァルコアトルス」
「……なんてぇ?」
 ふにゃっと笑って、朝倉はどうやら諦めたらしい。
 気持ちはわかる。けど、こいつはかなり王道の翼竜だ。恐竜博士の弟さんも知っているだろうし、兄貴が覚えて帰ってきたら、きっと驚くと思う。……いやわかんないけど。
「がんばれ、言えるよっ」
「やめろ、励ますな」
「ケツァルコアトルス。勢いが大事、一文字ずつ読んじゃだめ」
 朝倉は、すう、と深く息を吸った。
「けつぁるこあちゅっ! る、す……」
「……ちゅる……す……」
 だめだめ、笑っちゃだめだ、笑っちゃ……。
 一生懸命口の中に笑いを閉じ込めようとするけど、だめだと思うと、なぜか五倍はおもしろくなる。……もう、我慢の限界。
「くくっ……!」
「笑うなよ! 末広が言ったんだろ、勢いだって!」
「しーっしーっ、アリさんの声だよ、朝倉」
「だるぅー!」
 案の定、周囲の冷ややかな視線が突き刺さる。ごめんなさい、って思う。
 けど――楽しい。夏休み万歳、友達万歳、スケベな弟万歳だな。
 浮かれ心地で図鑑を取り替えて児童書コーナーから舞い戻ると、席には朝倉の姿がなかった。
 ――トイレ?
 図鑑を読みつつ朝倉の帰りを待つけど、なかなか戻ってこない。
 心配になって電話しようとスマホをなぞったとき、やっと朝倉の姿が見えた。奥に併設されている、カフェテリアのほうから歩いてくる。
 不思議に思っていると、そのすぐ後ろを、かわいらしい女の子がトコトコついて来ていた。ぺこりとお辞儀をして、その子は反対方向へと歩き出す。
 俺の元へと向かってくる朝倉の足取りは、なんだかやけに重そうに見えた。
「なに、どうしたの?」
「ごめん、なんか呼ばれて」
「え? 俺らがうるさいから?」
「違う違う」
 朝倉は椅子に腰を下ろすと、ずりずりとずれ落ちていき、とうとう俺の肩に頭をもたれてくる。
「え」
「ちょっとこうさせて」
 アリさんの声……だけど。いつもの覇気(はき)がない。一体どうしたっていうんだ。
「なんで呼ばれたの? カツアゲじゃないよね?」
「まさかねーわ。ほんっとおもれー男だな」
「じゃあなに……友達じゃないでしょ?」
「んーまあな……」
 朝倉は黙り込んでしまい、言葉が続かない。そんなの余計に気になる。けど、こういうときは黙って待つもの……だろう、たぶん。
 だから図鑑のページをめくって朝倉の返事を待つけど、どの恐竜も、あまり魅力的には見えなかった。
「……俺のこと好きなんだって」
「……なんて?」
「知らない子なのに、俺のこと電車でずっと見てたらしいよ」
「ああ、そういう……」
 やっと答えが返ってきた。なるほど、罪な男だ。
 こうやって無防備な姿を見せるから、そういうのに好かれやすいんじゃないのか――なんて非モテの卑屈をかましてる場合ではない。
 あの朝倉が落ち込んで?いる。励ましたい、たまには俺だって。
「大変だな、モテる男も」
 あれ。励ましじゃないな、これ。皮肉じゃん。
「末広は、誰かを好きになったことある?」
「ない」
「即答~」
 好きとか、そうじゃないとか、人間との関わりが薄いので、そもそも思い悩んだことすらない。
「朝倉はあるの? 好きになったこと」
「んー……ないかも。付き合うときも、嫌いじゃなかったらまぁいっか、みたいな感じだし。で、結局フラれる」
「次元がちげぇ……」
 だめだ、口を開けば皮肉しか出てこない。根っからの非モテでどうしようもないな。
「あの、ごめん朝倉。べつに俺、皮肉を言いたいとかそういう気持ちはなくて……ほんとに大変なんだろうけど、ちょっとうらやましいって気持ちがどーしても透けてしまうというか……」
「わかってるよ、末広はそんな器用じゃないもんな」
「わかられてんのもそれはそれで……あれだけど……まあいいや、今は。今はね」
 ぷらっと足を遊ばせて、ちょっとの不満を主張するにとどめておいた。今俺のことはどうでもいいんだから。
「ははっ……末広といると落ち着くわぁ」
 朝倉は俺の腕にぐりぐりとおでこを擦(こす)りつけて、そのたびに、とにかくいい匂いがした。洗剤? シャンプー? なんの香りかわからないけど、朝倉の匂いだ。俺もこの匂い、落ち着く。
「でもさ……嬉しくないの?」
「え?」
 ようするに、告白されたわけだろ。しかもいわゆる、一目惚れってやつで。
 そんなの俺ならきっと、めちゃくちゃに浮かれちゃうけど。
 朝倉はだらん、と俺の肩にもたれたまま、時折「はあ」と大きくため息をついている。俺には、ぴんとこない反応だ。
「知らない子かもしれないけど、告白されたわけじゃん。嬉しくねーの?」
 いつまでも返事がないので、ひょい、と隣を覗き込むと、きょとんとした朝倉と目が合った。
「……あ! まって、ごめん!」
 その顔を見て、ようやく気がついた。
 ――俺、童貞丸出しなこと聞いてんな……!?
 やばい、恥ずかしすぎる。今すぐどうにかして朝倉の記憶を消す方法はないか。ないよな。ああもう、最悪だ……!
 朝倉はそんな俺の焦りを横目に、ふは、と小さく吹きだして、それからまた俺の腕におでこを擦りつけた。
「嬉しくないって言ったら失礼だけどさぁ。でも、意味わかんなくね? 話したこともないのに好きって。それでいきなり付き合ってとか言われても、段階すっ飛ばし過ぎだし。結局――」
 と言いかけたところで、朝倉は口をつぐんだ。結局、なんだろう? わからないけど。
「まあそれは……朝倉がかっこいいからじゃないの」
「かっこいいって……末広から見て俺ってかっこいいの?」
 おいおい、いまさらなにを言ってんだ? その顔、毎日鏡で見てんじゃないのか。
「誰がどう見ても真っ当にかっこいいですよ、アナタは」
「……へえー……」
 納得なんてこれっぽっちもしていなさそうな声。それから朝倉の指先は、俺が落書きしたテリジノサウルスをいじいじと撫で回していた。
 ――話したこともないのに好き、かぁ……。
「なんか俺、ちょっと気持ちわかるのかもしれない」
「ん?」
「女の子の」
「……どしたよ急に……」
 姿形だけを見て、どんどん、どんどん、好きな気持ちが膨れてく。俺もその気持ちを知っている。
「俺が恐竜を好きなのと、きっと一緒だよ」
 いや、違ったらごめんなんだけど。一緒にされたくないって異論も、全然受け付けますけど。
「見た目に惹かれて観察してるうちにさ、どんどん、自分のなかでイメージが膨らんでいくんだよ。あの子の中ではすでに、朝倉ってこんな人なんだろうな、みたいなイメージがあるっていうか」
 俺もそうだ。たとえばこのテリジノサウルスだって、俺は初めて見たとき、肉食恐竜だと信じて疑わなかった。この長い爪で、獲物を仕留める。その姿を想像して、すごく落書きが捗った。
「たとえば、この恐竜、テリジノサウルスっていうんだけど。植物食恐竜なんだよ。この爪、狩りに使ってたわけじゃなくて、高いところの葉っぱ取るのに使ってたなんて、意外すぎ……」
 ――って、俺はまた話が恐竜のほうにシフトしてんだろーが。
「ごめん、そうじゃなくて……つまり、実際の朝倉のことはよく知らなくても、あの子の中には理想の朝倉がいて、見た目以外にも好きになる要素があるんだよ、きっと」
 ひょっとすると、朝倉にとってああいう告白は、適当な気持ちに思えるのかもしれない。けど、たとえイマジナリー朝倉へ向けたものだとしても、好きだという気持ちは、きっとそこまで軽いものじゃないはずだ。……たぶん。
 少なくとも俺から恐竜への愛は、適当なんかじゃない。この目で本物を見たことがなくたって、どこまでも真剣な愛だ。
「……でもそれ、実際の俺のこと知ったら解釈違い起こさねえ?」
「まあ……そういうこともあるかもしれないし、ないかもしれないし……?」
「なんだよそれー! 結局見た目じゃんか!」
 実際俺も、テリジノサウルスが肉食恐竜じゃないと知ったときは、ちょっとがっかりした。だから完全に否定はできないけれど。
「け、けど! テリジノサウルスって人気だよ。お腹とか、ぽにっとしててかわいいじゃん」
 俺なりのフォローはどうやら通じなかったらしく、朝倉はとうとう机に突っ伏してしまった。自由になった右肩が、やけにそわそわして落ち着かない。
「……素の朝倉のこと知っても、それがいいって言う人だって、絶対いるって」
「どこにだよ」
「どっかだよ、どっか!」
 とっさに思いつかなかっただけで、探すまでもなくいるに決まっている。
 見た目だけじゃない。朝倉は優しいし、おもれー男だ。こんなに人気者なのに、なにを不安に思うことがあるんだろう。
「じゃあ末広は? おまえ俺の素、知ってんじゃん。俺のことどう思う?」
 机に片肘(ひじ)をついて、機嫌悪そうにこちらを見やる朝倉。俺に聞いたって、なんのなぐさめにもならないだろうに。相当まいってるな、これは……。
「いいと思う、素直で、俺なんかとも仲良くしてくれるし、陽キャのわりに話しやすいし」
「んだよそれ~、好きか嫌いかだろ!」
「究極の二択じゃん」
 まあその二択なら……。
「好きだよ」
 ――……あれ?
 するりと出てきた言葉に、次第に脈が速くなっていく。
 まるで今、自分が告白でもしたかのような……当然そうじゃない。好きか嫌いなら、ってだけの話で、なにをそんなに焦ってんだ、俺の心臓は……!
 とにかく早く落ち着いてくれないと困る。もしまた朝倉が頭をもたれてきたら……心臓の音、バレる。
「ふふっ……へー、そうなんだ?」
「あ?」
「俺のこと好きなんだ?」
 すると朝倉は、なんでかご機嫌な様子で、俺をからかう方向にシフトしやがった。
「その二択なら、な! 普通があれば普通だし」
「うそうそ! 俺も好きだよ、末広のこと」
「……へ、へぇー……」
 きらきらと輝く朝倉の瞳が、じいっと俺を見つめる。
 そんなふうに人と目を合わせるから、知らない人からも簡単に好かれるんだぞって教えてやりたいけど。そしたらきっともう、この視線は俺にも向けてもらえなくなるんだろうなぁ……。
 ――言わんとこ……。
 夏の盛りの真昼間に、俺は顔から湯気でも出てるんじゃないかと心配になったけど。
 朝倉はそのあと、ずっと笑顔でいてくれた。だから、まあいっか、と思った。