「ね、博士クン赤点あったー?」
「オレ数学赤点だったからさー、夏休みの補習よろしくな?」
「うわ、ご愁傷様〜」
やいやい、やいやい、陽キャたちが騒いでいる――なぜか俺の机の周りで。
「だから博士クンじゃなくて、末広!」
原因はもちろん、朝倉の存在に他ならない。
気づけばいつの間にか、『朝倉のオキニ』なんて揶揄(からか)われつつ、陽キャ一軍たちにまで絡まれるようになってしまった。
朝倉と違ってこいつらはおっかないので、俺は内心ヒヤヒヤしているんだけど。
「末広だって赤点あるかわかんねーだろ! なあ?」
「いや……数学、赤点」
朝倉がいれば、それなりに過ごせている、と、思う。
「ほら、やっぱなー!」
陽キャたちが一斉に笑い出し、俺の赤点事情はクラス中に知れ渡ることに……ってまあ、だいたいの人間は知ってるか。
数学のテスト中、答案用紙の裏にチンタオサウルスを描いていて、みんなの前で先生に注意されたし。
「末広、なんかごめんな……?」
朝倉はそっと俺の顔を覗き込み、心から気まずそうに謝罪してきた。無駄に俺を庇ったばかりに、かわいそうに。
「謝られると余計いたたまれないんだが」
「それはこっちのセリフなんだが」
一瞬の沈黙のあと、どちらからともなく、ぶっと吹き出した。
「だめだろ! 勉強はしねーと!」
「まじでそうなの、俺もわかってんだけどなぁ……」
「なぁ……じゃねえ! 遠い目すんな、自分のことだろ?」
「ハイ」
「やることはやらねーと!」
「ハイ」
「ほんとに聞いてんの!?」
「キイテマス」
耳が痛い。朝倉の言う通りだ。やることはやらねーと、いけない。
俺も頭ではわかってるのになぁ……こう、紙と向き合って、ペンを持つと、だめなんだよなぁ。勝手に手が動いちゃう……なんて言い訳したら、また朝倉に怒られるな。
「将来まともに働く自分が想像できない」
「俺は想像つくよ、末広が一生絵描いてんの」
「それじゃ食ってけない……」
「食ってけるようにすりゃいいだろ?」
朝倉が言うと、それがすごく簡単なことに思えるから不思議だった。
絵で食べていくなんて、ほんの一握りの才能ある人間にしかできないことなのに。
当然自分はそっち側ではないし、そもそも俺は、恐竜以外描けないんだ。どこにも需要がないと思う。
テストが終わって、期間中の出席番号順の席から、普段の席に戻った。
目の前に、朝倉の大きな背中がある。
ずっとオーラで自分よりたくましく見えるのだと思っていたけれど、改めて観察してみると、たぶん肩幅だな。
俺はちょっと困るくらいのなで肩だけど、朝倉の肩は、骨っぽく角ばっている。それに厚みもある。ひょっとして、これがタンパク質の差だろうか。
その肩のラインから視線を上に辿(たど)ると、すっと伸びる長い首には、縦に二つ、ほくろが並んでいた。
「……綺麗だな」
「え? なんか言った?」
それで振り向いた顔は、この美形ときた。
「ずるいな、朝倉」
「は? なに? さっき勉強しろっつったこと、怒ってんの?」
「……怒ってないわ、べつに。ほんとのことだし」
ふいと目を逸らして、窓の外、夏雲を眺める。
テストも終わって、すっかり夏休みモードの今日この頃。
まだ俺たちの友達契約は、更新されているらしい。
たとえばアニメなら、答案用紙を引き出しの奥に隠したり、親に不出来をばれないようにするのが、子どもの『普通』だと思うけれど。
俺の場合は、違う。
玄関のドアを開けると、ふわっとコンソメのいい香りが鼻をくすぐった。
「ただいま」
「おかえりー」
この時間に夕飯の支度をしているってことは、今日は母さんは夜勤らしい。
「あ……そうだ、夏休みなんだけどさ」
そう切り出すと、母さんは肉だねをこねていた手を止め、薄目でこちらを見やる。俺がなにを言おうとしているか、勘づいている顔だ。
「赤点あったから、七月は補習になった」
手のつけようもない俺の成績について、親はもうなにも言わなくなっていた。
高校に入れたことは奇跡だ、せめて卒業はしろ、できれば留年はするな、と言われてはいるけど。それは世間では当然のことだと思うから、べつに落ち込んだりはしない。
「アンタはまったく……少しは落ち込みなさいよ」
今日の夕飯は、ハンバーグなのかな。ひき肉をパシパシ叩いて伸ばしてるのは、念入りに空気を抜くためだけだと信じたいところだ。
「ごめんなさい」
こんなちゃらんぽらんで。
「母さんに謝ったって仕方ないでしょ! 困るのはアンタよ」
「……うん」
「聞いてんの!?」
「キイテマス」
このやり取り、昼間、朝倉ともやったな。
俺の心ってたぶん、みんなのような綺麗なハート型にはできていなくて。なにを言われても、どんな目を向けられても、響く場所がない。だからいつも、諭してくれる人を苛つかせてしまうのだと思う。
「……夕飯、ハンバーグ?」
「ミートボール! パスタに乗っけて食べなさい!」
「カリオストロじゃん!」
「……ほんとにもう……心配よ母さん……」
心配かけてごめんなさい――たしかにその気持ちはあるんだけど。
大好物のミートボールパスタと聞けば、つい胃袋が躍って、さっきまで怒られていたことを忘れてしまう。俺はいつもそうだ。
せめてもの親孝行に、と、キッチンに立つ母さんの背に回って、肩を揉(も)んだり叩いたりする。
いつのまにか自分よりずっと小さくなった母さんの、白髪混じりのつむじ。それに責任を感じる心は、一応あるのにな。
俺はいまだに、母さんを困らせ続けている。
「ミートボールパスタ、食べたかったんだよ。ありがと、母さん」
「よく言うわよ、まったく!」
今の俺にはこんなことしかできないけど、いつかもっと、ちゃんと、親孝行できたらいいなって、いつも思う。
「ただいまぁ」
けれど、玄関先で弟の声がすると、ああ、なんて安心してしまった。
もし俺がちゃんとできなくたって、アイツがいる。
そんなふうに思ってしまう俺は、やっぱりお兄ちゃんぽくはないよな。
――朝倉は褒め上手だよなぁ。
俺のことも、俺の描いた恐竜のことも。
よく見ていれば、いつメンの手綱を握ってるのも、朝倉だし。ただの陽キャとは、ひと味もふた味も違う気がする。
夏休み、朝倉はなにしてんだろうな。明日会ったら、聞いてみようか……?
「風雅! 突っ立ってんならパスタ茹でてってば!」
「あっ、ハイ」
母さんの怒声ではっと我に返って、俺は大人しくパスタ鍋に水を張った。
蒸し風呂のような体育館で、わざわざ二列に並ばされ、あげく、校長の掴みどころのない長い話を、立ったまま黙って聞けと言われる。
終業式ってなんのためにあるんだろう……修行? 教室で放送でも流すとか、リモートだっていいと思うのに。
やさぐれ気分で前方に目をやれば、しゃんと伸びた清々しい背中が目に飛び込んでくる。あれは絶対、朝倉だ。こんな理不尽にも折れない、一本筋の通った背中。朝倉ってやっぱりまぶしい。それともあれか、光属性だし太陽光はエネルギーになるとか、そんなチート……。
「なーなー、末広クンさー」
「…………あ、俺か」
バカなことを考えていたら、隣の男に名前を呼ばれた。
「おまえ以外にいねーんだわ、末広って」
小さく肩を震わせたのは、俺と同じで数学補習組になった、馬渕だった。
陽キャ一軍が俺を呼ぶときは『博士クン』だから、まさかこいつに名前を呼ばれるなんて思ってもなくて。俺はちょっとびびる。
「な、なんか用?」
「なんだよ、好戦的じゃん」
「べつにそうじゃなくて……俺の名前呼ぶの、めずらしいから」
「あー? 海がしつこいからうっかりしてたわ、ごめんごめん、博士クン」
馬渕は背もでかいし、長い髪を後ろで一つに結わいていて、かなりおっかない雰囲気を醸し出している。けど、キリリとした目元は笑うとやわらかな糸目に変身して、まるで絵文字みたいな顔になるのだ。
そのギャップにやられる子が多いとかで、とてもモテるらしい。まあ、朝倉ほどではないと思うけど。
「いや、末広でいいんだけど……」
「めんどくせーな、なんでもいいだろ呼び方なんて。好きに呼ばせろよ」
「ハイ」
怖い。朝倉、助けてくれ……。
「補習だりーよなぁ」
「そうだね……」
「オレとおまえだけじゃん、補習なの」
「え……他にもいるでしょ」
「ちがくて。オレらの仲間内じゃオレとおまえだけじゃん」
――お、俺って、仲間に数えてもらってんだ……?
びびり倒している俺をよそに、馬渕は「だから連絡先教えとけ」とスマホを差し出してきた。
「なんでそこに繋がる……?」
「休むときとか頼めんじゃん。いちいち学校に連絡すんのだりぃし」
「ああ、そういう……」
合点がいって、素直にスマホをポケットから取り出した。それを見て、馬渕はクスクス笑っている。
「なに」
「いや、嘘だから。べつにサボるために聞くわけじゃねーよ」
「どうだか……」
「……おまえ、見かけによらず結構生意気なのな?」
「いてっ」
鋭いデコピンが飛んできて、よろめいた。陽キャってなぜかデコピンとしっぺが異様に強い。なんで。
「こらー、そこ。静かに」
どこかから見ていたらしい先生の声がして、俺かよ、と心の中で唾を吐く。
校長の話を邪魔するほど騒がしくはしていないし、しかも俺、デコピンの被害者だぞ。
「怒られてやんの」
馬渕はなぜか、得意げな顔を浮かべていた。おっかないのに、素直に腹立たしいとも思う。
「馬渕のせいだろ……!」
「言うじゃん、博士クン」
「こら、二人とも前向く!」
とうとう背後に迫っていたらしい先生に見つかって、俺たちは背を押され、強制的に前を向かされてしまった。
……ださすぎる。
調子に乗って先生の手を焼かせている陽キャに、もう二度と冷たい視線を送れなくなった。というか俺は、陽キャですらない。ただの陰キャがイキったみたいで、まじで痛いわ……。
五分前に戻りたい気持ちでぼんやり前を眺めていると、あの背中がちらりと振り向く。
離れていてもわかる、意志の強い、まっすぐな視線。
「朝倉ぁ……」
妙にほっとしてしまって、つい情けない声で名前を呼んだら、なぜか隣の男が返事をする。
「海に助け求めんな、手のかかるオキニだなぁ」
おまえじゃない。俺が呼んだのは、朝倉だ。
「誰のせいで……!」
これだから陽キャは困る。なんでも自分のペースに持っていくのがうまくて、俺みたいなのは振り回されっぱなしだ。
終業式のあと、教室に戻るときだって、馬渕はあの調子で俺に絡んできて。すごく不愉快だった。
朝倉は俺を尊重……というか対等に扱ってくれるけど、馬渕はそうじゃない。あきらかに俺をバカにしている。
「補習組同士、意気投合でもしたの?」
やっと自席に戻ると、先に戻っていた朝倉は耳を疑うようなことを聞いてきた。
「え、なにを見てそう言ってる?」
「全体的に? なんか仲良さそうにしてるから」
「ど、どこが……!?」
教科書を鞄にしまう手を止めないまま「馬渕も楽しそうだったし」なんて、そりゃ、あっちは、からかってる側だから楽しいだろうけど。俺は全然楽しくない。朝倉の目にはそう映っていたのかと思うと、なんだかおもしろくなかった。
「……朝倉?」
「ん?」
夏休みなにしてんの? 連絡先聞いていい? ――べつに普通に言えよ、なにちょっと緊張してんの俺?
「んー?」
一向に話し出さない俺に、とうとう朝倉の綺麗な顔が振り向く。
「えーと……」
「なんだよー」
朝倉は椅子をまたいで、身体ごと俺のほうを向いた。そんなふうに真正面から見つめられると、余計無理だ。……いや無理ってなんだ。
一応、たぶん、友達……のはずなんだから。普通に言えばいいだけ……。
「……俺ら連絡先、知らない、よな」
「そうな?」
「あの……だから……」
「知りたい?」
むっとして視線を持ち上げると、にんまりほくそ笑む朝倉と目が合った。
「……知りたいから聞いてんの!」
「聞いてねーだろ、まだ」
なんだか今日の朝倉は、意地が悪い。いや、いつもが優しすぎるだけか。
「おしえてよ、連絡先」
「なんで?」
なんでって……そんなの。
「会いたいから」
それ以外ないだろ。それともあれか、寝落ち電話でもせがまれると思って、警戒してんの? さすがにないわ。
「……ふはっ……かわいー末広。いい子いい子」
いや、なんでそこでかわいいになるんだ。さっぱりわからない。
朝倉の手がすっと頭に伸びてきて、二回、三回と、優しく髪の毛を撫でてくる。ああ、これ――。
「朝倉……俺のこと、五歳児だと思ってんだろ」
その優しそうな微笑み、絶対弟に向けてるやつだ。よしよし、って慈しみの顔。同級生に向けるそれじゃない。
「思ってないよ、いい子だなって褒めてんの」
「それがお兄ちゃんムーブだっつってんの」
そのとき、ぽこん、という間の抜けた通知音が鳴り、スマホに目をやる。
朝倉から届いた初めてのメッセージを開くと、トーク画面に映し出されたのは、国民的あんぱんのスタンプだ。……なにが『よくがんばったね!』だよ。
「やっぱ五歳児だと思ってんじゃん!」
「はははっ! 末広うっせー」
あーあ、もう。朝倉の笑顔はずるい。朝倉が笑うと、かなわないなって思う。
とにかくこれで夏休みも朝倉に会えるんだから、まあ、いっか――。
ほっとしたら、なんだか無性にあんぱんが食べたくなってきたな。
夏休みに入って、一週間が経った。
毎日毎日ぶっ倒れそうになる炎天の下、俺は真面目に自転車を走らせ学校に通っている。
「あっちー! まじで危ないって、ほんと死人出るって!」
「赤点取らなきゃいいだけだろうが。はい、今日も始めるぞー」
普段よりもキンキンに冷えた教室の中で、馬渕は野次を飛ばしているけれど。先生の言う通りだと思う。
きちんと授業を聞いていれば赤点なんて取らないだろうに、それをしない生徒たちのために、この暑さのなか出勤させられて。教師って大変な仕事だ――。
「末広ー、絵ぇ描くなよー」
「ハイ」
……見透かされてた。
描きだそうとしていた手を止めて、俺は膝の上で固く拳を握る。
「……スエ」
「……俺?」
「あだ名つけた」
「縁起悪そう……」
「あ?」
いちいち凄まないでほしい。『スエ』なんて世も末って感じで縁起悪いだろ、普通に。
なぜか連日隣に座ってくる馬渕は、俺を横目に見やって、小声で問いかけてくる。
「おまえ、なんでそんな落書きしちゃうの?」
「知らな……俺が知りたいよ、そんなこと」
「集中力ねーんだ?」
それは馬渕だって同じだろうが。
「授業聞いてないと、さすがにやばいって」
俺に咎められるって、相当だぞ。なのに馬渕は不服さを隠さず「ちっ」と舌打ちをしてくる。もう怖いから嫌だ。
「なー、帰り、アイス食ってこ」
「……俺に言ってんの?」
「マエセンのこと誘うわけねーだろ、バーカ」
たしかに俺はバカだけど。おまえだって同レベルだからこうして補習にいるわけで――。
「末広、馬渕ー。今日は満点取るまで帰さないからなー」
「げえ……」
馬渕のせいで……いや、こればっかりは俺のせいか。前田先生は、俺のほうに視線を合わせていた。
大人からしたら、不真面目そうなバカより、真面目そうなバカのほうが、なんとなく腹立たしいんだと思う。理由はよくわからないけど、十五年の人生経験に基づいて、そんな気がしてる。
結局その日、俺はいつまでも満点が取れなくて。付き合って待っていてくれた……しかも最後にはカンニングまでさせてくれた馬渕に、もう反抗なんてできるわけもなかった。
「スエってまじもんのバカなんだな」
「……うるさぁ……」
「いや、逆に天才か? 絵はまじで上手いもんな。バカと天才は紙一重って言うし」
「いーから、とっとと食えよ……!」
学校近くのショッピングモールのフードコートで、俺は馬渕にアイスを奢った。けれどこれはカツアゲなんかではなく、俺から申し出たことだ。さすがに迷惑をかけすぎた自覚がある。
「でも、先帰っててよかったのに……」
「アイス食うって約束したじゃん」
約束……? 俺の目は、点になっていたと思う。
陽キャにとって、自分の誘いが断られることって、想定しないんだろうな。
思い返せば、朝倉もそうだ。友達になろうと言われて、俺は頷いた覚えはないのに。今では、朝倉は何味のアイスが好きなんだろう、なんて考えてしまうくらいには、友達っぽいものになっている。
「はー、うまかった。ごちそうさん」
「いーえ、こちらこそ……ありがとう、カンニングさせてくれて」
「言うな言うな」
へらっと口元を緩めて、馬渕は結わいた髪の毛をほどいた。その髪は鎖骨くらいの長さで、内側にシルバー? 白? のカラーリングが見え隠れしている。
「おしゃれだなぁ……」
「スエもやれば? 夏だけ限定。来週で補習も終わんだし」
「俺はいいよ……なんか痛々しくなりそうだから」
「厨二病っぽいよな、髪しょっちゅう寝癖ついてっし」
「いちいち言い過ぎなんだよ、もう……!」
馬渕は目を細めて「おもしれー」なんて呑気に笑ってやがる。
「なんか、海がかまいたくなんのもわかるわ」
「え!?」
どうしてここで朝倉の名前が出てくるんだ。びっくりして、うっかり声が上ずってしまった。
「アイツが自分から絡みにいくなんて、相当レアだぜ。つか初めて見たかも」
「そ、そうなの……?」
聞くと、馬渕と朝倉は中学から一緒らしい。
「なんつうか、ああ見えて淡泊なとこあるだろ、海って。来るもの拒まず、去る者追わず的な? 中学んときからそうなんだよなー」
「それはわかんないけど……朝倉は優しいよ」
まだ朝倉と話すようになって数か月だし、馬渕の言ってることはよくわからない。ただ、こんな俺にも声を掛けてくれたんだから、優しいのは間違いない。
「ははっ、おまえにはな」
むかつく。鼻で笑われた。
そのあと馬渕は「はーあ」とわざとらしいため息を吐いて、嫌な目つきで俺を見てくる。
「知らねーだろ? スエにかまってばっかりだって、杏里たちが騒いでんの」
「……なんとなく、気づいてはいるけど」
杏里サン、がどの女子かははっきりしないけど、陽キャ一軍女子たちの刺々しい視線には気づいている。
そりゃおもしろくないと思う。最近じゃ昼まで俺と一緒で、馬渕たちのところに行かなくなっていたから。どうしてあんな陰キャのところにいるんだ、と恨まれるのは、しかたない気がする。
「ま、おまえに何言ったって、海がそっち行くんだからどうしようもねーけど!」
馬渕は大きく伸びをして、「ねみぃから帰ろうぜ」と持ちかけてくる。自分から誘っておいて、まったく自由人だな。
「……あの、馬渕。今日、ありがとうな」
「ん? なにが? カンニングのこと?」
「それもだけど……あ、あそんで? くれて?」
言い終わると同時、ずり、っと肩から鞄がズレ落ちて、なお情けないことになった。ぼっちの定型文かっつうの……いやまあ、実際そうなんだけど……。
絶対また大笑いされると思ったら、馬渕はぽかんと口を開けて立っているだけだった。
「……レッサーパンダみてえだな、おまえ」
「だからなんでそう、ちっこい動物に……」
あ、でも、朝倉が言うハムスターとかリスより、少しは大きくなったか。
「知らねえの? レッサーパンダって威嚇すると超凶暴なんだぜ。そゆとこも似てるわ」
「べつに威嚇してな……!」
「いーよ、また遊ぼ」
最後まで聞けよ……! 馬渕のグーが腕に押し当てられると、ほんの少しよろけてしまった。
「あは、おまえ、ひょろすぎ!」
「うるせーな、もう!」
嘲笑いながら颯爽と去っていく背中に、俺は控え目に手を振った。
後ろに目でもついてんのかな、馬渕はちょっと行ったところで振り返って。白い歯を見せて、大きく手を振り返してくれたんだ。
馬渕には友達になろう、なんて言われたりしてないけど……友達、なのかな。友達っぽい、ような。
むずむずする気持ちを誤魔化すように、俺はせっせと自転車のペダルを回して、家に帰った。



