エイム!―月野木高射撃部の姫と民草

「おれに勝てない理由を教えてやろうか。あんたには殺したい相手がいない」
 高校そばの、行き着けのゲーセン。ガンシューティングゲームの筐体前で、虫も殺せなそうな顔をした少年に言い放たれる。
 俺としたことが、他人の言葉に胸の中心を揺さぶられた。

 俺――草地勝太(くさちしょうた)は、このゲームをやり込んでいる。モニターに現れるターゲットをライトガン(光線銃)で撃っていく、いわゆるゾンビサバイバル。毎週更新されるスコアランキングでは全国一位を堅持している。
(自慢じゃないが。いや唯一の自慢か)
 学力も運動神経も芸術方面も、突出したものなし。夢とか人生の目標も特になし。
 容姿も癖毛以外はそれなりで、真っ暗ではないがきらきらもしていない高校生活は、二年目を迎えた。
 今日も放課後、ガンコントローラーを握る。俺が来ると小中学生が目を輝かせて見物に集まるの、ちょっと誇らしい。
(――え、誰?)
 それが二ゲーム目、同じ制服を着た少年が素知らぬ顔で百円玉を追加投入し、ガンコンを構えた。
 二人で協力プレイもできるけど……。
(俺に挑戦しようってか)
 これといった特色のない我が月野木(つきのき)高校に入学したばかりの一年生とみた。
 まあ遊んでやろう、と放っておいたのも束の間。
「!」
 少年は一体目のゾンビの頭部にエイム(照準)を合わせ、早業で撃ち抜いた。
(俺側のターゲットだったろ)
 横目に窺う。左利きらしく、半身で立つと背中合わせになる。しかもガンコンにやたら顔を近づけていて、表情が見えにくい。それでも。
 ――下手くそは引っ込んでな。
 と、言われてないけど思われてる気がする。
(こちとら十五週連続ランキング一位だが?)
 ガンコンを握る手に力がこもった。惰性もあったけど、みすみす負けたくないって気持ちが湧く。
 その後は、協力プレイどころかゾンビの奪い合いになった。
 生意気少年は俺並みにエイムが正確だ。筐体を取り囲む子どもたちが「すげえ」って感嘆を漏らす。
(いつもより人数増えてるじゃん。……あ、くっそ)
 少し気が散って、最終エリアで何体か倒し損ねた。そのぶんスコアが伸びきらない。
 リザルト画面に表示された数字はしょぼいものだ。一方少年のスコアは――俺でも出したことのない大台に乗っていた。「ハイレコード」の赤文字を目の当たりにする。
(うっそだろ。一位の座、取られた……)
 はじめて一位になるまで数か月かかったのに、失うのは一瞬だ。
 つい小さく開けた口を、閉じる。
(別に、たかがゲームだし?)
 俺は大人なので、称える一言でもかけてやろうと改めて振り返った。
 少年は百七十二センチの俺より五、六センチ背が低く、華奢だ。前髪ありのさらさら黒髪で、少女っぽい顔立ち。こんな子がゾンビ撃ちまくってたんか。
 意外さと敗北感が入り混じった何とも言えない気持ちでいたら、
「ランキング一位もたいしたことないな」
 少年が先に呟いた。顔に似合わぬ低い声で。
「おれに勝てない理由を教えてやろうか。あんたには殺したい相手がいない」
 いや訊いてないけど。
 いきなり何だ。殺したい相手? まさにこの生意気ガキを撃ってやりたいよ。
 でも公衆の面前では大人げない。野次馬が散るのを待っていたら、少年はさっさと踵を返した。
(おい、俺が勝つまでやらせろ)
 足をもつれさせつつ、後を追う。
 少年は歩くのが早い。電子音にまみれたゲーセンをすいすい出て、通りの反対側に渡り、ちょうど来た路線バスに乗ってしまう。
「あっ。待て!」
 俺も反射で走り出した。

「ぜえ、はあ、しんど」
 四月の陽射しも帰宅部の身には辛い。
 幸いにもというか不幸にもというか、勝ち逃げ少年は三つ目の停留所――「市立体育館前」で降りた。
(体育館に何の用だ? 運動部っぽさないけど)
 引っ込みがつかず、尾けていく。
 バスケとかバレーができる二面コートを素通りして、小さな一室に入った。
 扉の横に「射撃場」と掲示されている。
(射撃?)
 って、オリンピックにも採用されてる競技だっけ。少し前、ゲームで言えば初期装備な「無課金おじさん」選手がSNSでバズっていた。詳しくは知らない。
 壁に窓があったので、そっと覗いてみる。
(弓道場を電子的にした感じ)
 静謐で、無意識に背筋が伸びた。
 手前に等間隔で五つ台が並び、モニターが載っている。奥の壁にある四角いものは的だと思う。白地に黒い円が描かれている。
 貸し切りなのか他に誰もいない。
姫宮(ひめみや)、まず一シリーズやろうか」
 と思いきや、視界に突然女性の後ろ姿が現れ、床にへばりつく。収まりつつあった汗がどっと出た。
(ゾンビサバイバルだったら死んでた)
 壁際に座っていて、立ち上がったらしい。ボブヘアに小柄だがきびきびした身のこなし……。
 今年度うちに着任した富士(ふじ)先生では?
「はい」
 再び窓に這い寄る。勝ち逃げ少年が、ガンダムに乗るときのパイロットスーツをダボっとさせたようなデザインの上下セットを着込んで、返事をした。
(あいつ姫宮っていうのか)
 台の前に半身で立ち、いかつい銃を構える。
 ガンコンじゃない。もっと銃身の長い、熊の駆除なんかに使う――ライフル。
(何者なんだ)
 こうしてコソ練してるから、ゲームでハイレコードスコアを出せたのか?
 凝視していたら、モニターに数字が表示された。
 10.5。
 発射音は聞こえなかったが一発撃ったらしい。数字の横に同心円も映り、ほぼ中心に赤い光が点いている。
(当たった場所と、得点ってこと?)
 10.4、10.8、10.6……。
 姫宮は姿勢を変えず、早いペースで撃ち続ける。
(10点満点じゃないの?)
 こっちはこっちで細かい疑問が湧き、ついスマホを取り出して調べ始める。
「君も撃ってみるかい?」
「ぎゃ!?」
 今度は悲鳴を上げてしまった。
 富士先生に窓越しに微笑みかけられている。
「二年の草地くんだろう」
 ゲームしか取り柄がない生徒の名前、憶えてくれてるんですか。
「私は富士。月野木高射撃部の監督だ」
 うちに射撃部なんてあったっけ。
(てか、いつからばれてたんだ……)
 居たたまれなさ過ぎる。
「いや、」
 苦笑いでその場から逃げようとした。
「おれははじめて撃ったとき、ど真ん中の10点台出したけど。自信ないの?」
 でも、ライフルを台に置いた姫宮が、富士先生の後ろで煽ってくる。
「あるわ」
 即答した。
 ここまで来たら敵の手の内を暴いてやる。
(それでランキング一位に返り咲くんだ)
 そう狙いを定めて射撃場に入ると、俺も競技用とおぼしき服を上だけ着せられた。
(何これ。生地が硬くて動きづらい)
「姿勢が安定する」
 そういうもんか。あれよと、姫宮の隣の台に連れ出される。
「監督のライフル、壊すなよ」
 私物を貸してくれるらしい。
 まじまじ見下ろす。木製のボディ。黒い銃身部分はカーボンだろうか。照準器(サイト)までついていて、当たり前だが本格的だ。ふと懸念が頭をよぎる。
「あのー、銃刀法とかって大丈夫なんですか」
「これはビームライフルだから問題ない」
 ビーム……ガンコンと同じ光線銃ってこと? そういうもんか。
 それならと気軽に持ち上げ、目を丸くした。
「おっも」
 二リットルペットボトル二本ぶんくらいありそうだ。落とさないよう両手で持ち直す。
「初心者は座って台に肘を着くといい」
 富士先生に言われるがままにする。階段状のレゴブロックみたいなスタンドに銃身を置かせてもくれた。これなら撃てそう。
「手もとのリアサイトを覗いて、先端のフロントサイトと的の中心とを合わせる」
 ふむふむ。エイムを合わせる感覚はわかる。
 今だ、とトリガーを引く。
(こっちはかっる)
 ほとんど力を入れずとも、傍らのモニターからパシュッと電子音が鳴った。数字も表示される。
 10.0。
「当たった! それも10点」
 高校入試で自分の受験番号を見つけたときにも上げなかった歓声を上げた。
 これがランキング一位の腕前よ。隣で仁王立ちしていた姫宮を、「ほら見ろ」と肘でつついてやる。
「……真ん中撃つのは別に難しくない。的は動かないし、ライフルも固定してるし、ビームはまっすぐ飛ぶし、距離はたった十メートルだし」
「こら、姫宮」
 姫宮は一拍遅れて負け惜しみを並べたものの、先生に諭されて口を噤む。でも口角は上がっていた。
(こいつめ。はしゃいだ俺を見下してんのか?)
 ビギナーズラックだって。
 だったら何回でも当ててやる。姫宮と背中合わせで構えた。
 射撃は十発で一シリーズという区切りだという。
 八、九発目になると集中がゆるんで7点台も出てしまう一方、息を止めて撃つと10点台が出やすいといった手応えも掴む。
(肝心の姫宮の点数見そびれた)
 あっと言う間に時間が経っていた。
「どうだった?」
 富士先生に問われて我に返る。グリップを強く握り締めていたようで、肩と背中がががちがちだ。手も汗ばんでいる。でも、身体とは裏腹に。
「おもしろい、です」
 わくわくしていた。高校に入ってはじめて。
(ただ的を撃つだけなのにな)
 大胆で繊細。感覚的で緻密。
 素直に答えると、先生は姫宮に視線を移した。対照的に汗ひとつ掻いていない姫宮は気づかないふりをする。
 だが、やがて観念してこちらを向いた。
 ぎこちなく口を開き――
「射撃部に入れてやってもいい」
 なんで上からなんだよ。「姫」か。
 姫宮が姫なら、俺は……民草みたいなものだ。
 中学でも帰宅部の、その他大勢。みんなで汗と涙を流して頑張ろう、というスポ根も刺さらなかった。
「俺なんかでも、いいんですか」
「君は筋がいい。どんどんうまくなる」
 俺の考えを読んでか、富士先生が断言してくれる。面映ゆさで胸がむずむずした。
(個人でスコア上げてく形なら、やってもいいかな。姫宮にリベンジもできるし)
 俺の胸の中心から射撃部まで、エイムが合ったように錯覚する。
「じゃあ、入ります」
「ありがとう。これは射撃競技(スポーツシューティング)のルールや装備を簡単にまとめたものだ」
 入部の意思を示した途端、A4資料を握らされた。
「ライフルは当面私のを貸与しよう。また学校でな」
 先週と同じくゲームを何プレイかして帰るだけの放課後のはずが、隠しルートに入ったみたいだ。
 夕飯と風呂を済ませてベッドに寝転がり、手を翳す。ガンコンとは違う、競技用ライフルのグリップの感触がまだ残っている。
 射撃部か。姫宮と二人。――ん?
(あいつだって殺したい相手なんかいないじゃん!)
 がばりと起き上がる。彼がゲームでハイスコアを出せたのは、単に射撃部員だったから。今さら気づいた。


 結論から言うと、俺は姫宮千璃(せんり)にまんまとターゲットにされた形だ。
 翌日、クラスで何となく射撃部の話をしたら、「民草」仲間に噂を山ほど聞かされた。校内のことに興味がなさ過ぎて、話題になっていると知らなかった。
「おい。おまえのために射撃部創部されたってほんと?」
「そうだよ」
 昼休みに当の本人に訊けば、事もなげに肯定する。城をもらって当然の姫か。
「『精密機械』って呼ばれるほどの有望選手で」
「そう」
 こいつもスコアランキング全国一位らしい。
「インターハイ優勝候補」
「そう」
 射撃部はれっきとした運動部で、全国大会も開催されている。
「将来はオリンピック金メダル目指してんの?」
「……別に」
 声が一段低くなった。そこの的は隠すのかよ。
「それより、今週の練習スケジュール」
 気まぐれな姫は、折り畳んだルーズリーフをぐいぐい押しつけてくる。LINE交換しようともしなかったせいで、わざわざ俺のクラスまでアナログで伝えにきたのだ。
 月水土は市立体育館で射撃練習。
 火木金は高校の部室でトレーニング。
(ぐえ、今日トレーニングの日じゃん。しごかれたくない)
 たちまち萎えた。
 昨日は半ば雰囲気に流されて入部したが、俺としては姫宮に勝てればいい――ゲームで。競技では勝てそうにないからじゃない。
 姫宮にゲームで勝つか、練習に飽きるかしたら城を辞そう。場違いだと追い出される前に。
(苦しい思いしたって、報われるとは限らない。まあ楽しいだけのこともあんまないって薄々わかってるけど……)
 などと算段する間に、姫宮はとっくに自分の教室に帰っていた。
 俺も机に戻って昼飯を再開する、はずが。
「さっきの一年の姫宮くんだよね。可愛いし将来かっこよくなりそう。草地、知り合いだったの?」
 女子にしつこく探られ、ちっとも味わえない。昨日まで俺に見向きもしなかったくせに。
 姫宮とは深く関わりたくない。耳の中で警告音が鳴り響いた。

「射撃部入ってやったけど、おまえにゲームで勝つまでだからな」
 放課後。とりあえず体育ジャージを手に部室の扉を開けるなり、宣言した。
 言ったら言ったでちょっとかっこ悪い感じがしたけど、もう取り消せない。
 トレーニングはセルフらしく、富士先生はいない。
 ロッカーの前に敷いたストレッチマットに寝そべる姫宮は民草の言葉なぞ無視、と思いきや、
「あんたは団体戦のために入れたんだ」
 しれっと新情報を投下される。
 まるでぼやけたエイムを合わせ直すみたいに。
「え、射撃って個人戦じゃないの?」
「射撃部はおれの入学に合わせて創部された。ただし表向きは学校の活性化も兼ねてる。団体戦出場が創部かつ存続条件だ」
 もしかしなくても射撃部はめずらしい。特色のないうちの高校と利害が一致したわけか。
 それを踏まえ、昨日の姫宮の言動を思い返す。
「だったら普通にスカウトしろよな」
 部活前にゲーセンをうろつき、俺のプレイに割り込んできたのは、ガンシューティングゲームの「ランキング一位」を仲間にしたかったからだろう。なんで煽ったりバスを追い掛けさせたりしたんだ。
「……思ったより下手だったし」
 は? むかつきが倍増する。
 余っているマットを勝手に拝借し、最大限離れた場所にどすんと座った。
「てかおまえだって殺したい相手なんかいないだろ」
「いるよ」
 姫宮はすかさず反論してきた。
 百八十度開脚した上に上半身もべったりマットにつけていて、表情は見えない。
 ただ声は結構深刻だった気がする。一応先輩として、姫宮のさらさら髪に手が伸びかける。
「学校とか家とかで『死んじゃえばいいのに』と思った人を、的の前に立たせる。で、眉間をど真ん中に見立てて確実に処刑するイメージで撃ってる」
 でも、淡々と続く説明を聞いて引っ込めた。
 これが「精密機械」の実体だと、一体何人が知っているのやら。
「物騒……」
「みんな口に出さないだけで思ってるだろ。バスの列割り込むやつとか、やらしい目で見てくるやつとか、言ってることとやってること違うやつとか」
「いやそこまで他人に執着してないわ」
 訝しがらざるを得ない。
 夢とか目標がある人間って、怒りや不満も大きいのか? 俺には想像もつかない。
 姫宮ははっとした様子で、銃口にカバーをかけたライフルを手に、全身鏡の前に立った。
「……。話を戻すと、ああいうゲームのスキルと競技、ほとんど関係ないから」
「え?」
 間抜け顔の俺は放置で、フォームをチェックし始める。
 確かに、重いライフルを肩に載せて支え、ボディに頬を押しつけるようにしてサイトを覗く撃ち方は、ガンコンの扱い方とまったく違う。
 じゃあなんで俺を唆したんだろう。
(誰か殺したそうに……何かにエイム合わせたがってるように見えた? なぁんてな)
 とにかく、トレーニングは俺が思ってたのと少し違った。「ルールを学んでいます」って顔で、富士先生がくれた資料に目を通す。
 ――んん?
「団体戦は三人で行う、って書いてあるけど」
「土曜にもう一人誘う。あんたも来い。十時に駅前」
「あのさ、俺先輩な?」
 急展開にもかかわらず、決定事項として指定された。
 つくづく、姫だ。


 土曜に予定があるかといえば、ない。
 射撃練習もするかも、とジップパーカーにスウェットパンツという出で立ちで姫の迎えに上がる。
(え)
 姫宮はカーディガンに襟付きシャツで、ご丁寧にウエストインしていた。そういう感じなら先に言えよ。
「おはよ」
「待たすな」
「五分前だけど」
 溜め息を吐き、ちぐはぐなまま歩き出す。
 商業ビルに入った。姫宮は黙ってエレベーターを降りる。着いたのはお行儀のいいカフェでもゲーセンでもなく――
(屋内サバゲー店?)
 こんなの地元にあったんだ。
 サバイバルゲームは、俺がやってるのと違ってリアルだ。敵味方に分かれてフィールドを動き回り、プラスチック弾の入ったソフトガンで撃ち合う。
 こっちのスキルは射撃競技にも活きるってことか。
「ここに目つけてるやつがいんの?」
「あのひょろいのだ」
 姫宮が受付横の、脱落者用と順番待ち用を兼ねたモニターを指差す。
(ひょろ草呼ばわりかい)
 ゲームはもっと早くに始まったらしく、映し出されている戦況はまさに佳境だ。
 殲滅戦――どちらかのメンバーがいなくなるまで撃ち合うルールで、赤チームは五人中三人、青チームは一人しか残っていない。
(青のひょろ草くんが死んだら(撃たれたら)終わりだ)
 そこを見計らって声を掛けるんだろうと思いきや。
『ヒット』
 二人対一人になった。まだわからない。
 ひょろ草くんは長身をうまく障害物に隠し、挟み撃ちを凌ぐ。
『ヒット』
 隙を逃さず出てきて確実に敵を撃ち、また引っ込む。これで一騎打ちだ。
『フリーズ』
 完璧に敵の背後を取り、降参を促す。
 大逆転で生き残ってのけた。
(え、かっこいいんですけど)
 俺にはあんなそつなくクレバーな動きはできない。
 しかもフィールドから出てきた実物は、身長百八十センチ以上ある上に着痩せするタイプ。おまけにゴーグルと黒いフェイスガードの下は爽やかイケメンという逆マスク詐欺だったのもあって、委縮してしまう。
悠真(ゆうま)
 姫宮のほうは怯む素振りもない。サバゲー仲間に囲まれているのも構わず突撃する。
「ちー、どうしたのぉ?」
 目当ての男――悠真とやらは、姫宮に気づくなり柔和な笑みを浮かべた。
「ちーじゃなくてセンリ」
 姫宮は対照的に声の棘が増す。
 この空気感、付き合い長め?
「なに、校内で声掛けてくれていいのに」
「『ちー』とか子ども扱いするからごめんだ」
 それでわざわざ週末に店まで出向いたのか。
「ワガママ姫だなぁ」
「子ども扱いか姫扱いの二択、やめろってば」
 悠真は悪びれない。むしろ彼のペースだ。
「あ、一年の天王寺(てんのうじ)です」
 口を挟めず突っ立っている俺に目を配り、会釈までしてくれた。
 天王寺。「王」だ。姫に対抗できる。
 俺はすでに彼に入部してほしい気持ちでいっぱいである。「本題」と姫宮をつつく。
 姫宮はしぶしぶといったふうに口を開いた。
「十二時から市立体育館の射撃場予約してある」
 だからなんでそう上からなんだよ、おまえは。
「射撃部入れってこと? いいよ、鞄取ってくるから待ってて」
 悠真が寛大で頭の回転がよく体力おばけだったおかげで、かろうじて勧誘に成功した。

 ファストフード店で昼食を調達して、市民体育館へ移動する。
 ホワイエの丸テーブルを三人で囲んだ。
「勝太先輩はゲーマーなんですねぇ」
 悠真はコミュ力が高いタイプのイケメンだ。でないと姫宮の友達なんかやってられないだろう。
「うん。サバゲーみたいに射撃には関係ないけど」
「サバゲーも関係ないと思いますよ? 狙撃の腕より俊敏性とか持久力とかのが重要です」
 大きな口でハンバーガーを頬張る悠真が、あっさり否定する。
「え、じゃあなんで」
 悠真と姫宮を交互に見ざるを得ない。
 てっきり即戦力と期待したのだと思っていた。
「ふふ。僕ビーム撃ったことあります。体育館で体験会やってて。それでちーと知り合ったんですよぉ」
「……」
 まさかのプチパンケーキをテイクアウトした姫宮は、咀嚼に懸命で回答は丸投げだ。「ちー」呼びの訂正も諦めている。
「小学生のちー、可愛かったねぇ」
「おまえは可愛くなかった」
「親父さん元気?」
「あいつの話出すな」
「はいはい」
 親父さん? 姫宮が今日いち低い声で凄む。
 悠真は撤退が早い。俺は姫宮の弱みを握れるならと、テーブルの下でスマホを操り[姫宮千璃 父]と検索してみた。全国ランキング一位の選手なら何か情報が転がってるかもしれない。
(この人、か?)
 いかめしい射撃選手がヒットした。警察官だ――隣県の。
 もしや姫宮は遠距離通学してる?
 そもそもトップクラスの射手なら、なんで強豪校じゃなく射撃部のないうちなんぞに入学したんだろう。姫宮にメリットがない気がする。
「富士先生来た、行きましょ」
 タイムリミットだ。慌ててポテトを口に詰め込んだ。

 富士先生は自分のビームライフルを悠真に好きに撃たせた。
 悠真はさっきの話どおり撃ち方を知っている様子だ。ただかなり自由で、射座――的前の台があるところでコーラをがぶがぶ飲んでいる。
 それでも9~10点台を叩き出す。十メートル先のターゲットの大きさ、たった直径八十ミリですけど?
(いろんな意味で王だわ)
 俺は部室で教えてもらったフォームを保つのでも結構しんどい。独特の姿勢だし、ライフルは重いし。
 何とか「王」と交替でひとしきり撃った後、
「三人揃ったから、六月のインターハイ県予選は団体戦も申し込もう」
 と部活らしい話をされた。神妙に聞く。
(六月って、油断してたらすぐだよな)
 いわゆる公式戦の経験はない。もう緊張してきた。姫宮の足を引っ張りたくない。いやゲームでは勝つつもりだけど……。
「ビームだけですよね?」
「ああ。エアは現実的じゃない」
 高校生の種目はビーム(光線銃)エア(空気銃)に分かれる。エアライフルは資格が必要だったり、初心者には敷居が高い。
「じゃあ僕用のビームライフル買ってもらおっと」
「え」
 順応の早い悠真と裏腹に、固まった。
 競技用ライフルは十数~数十万円する。民草はおいそれと親にねだれない。他にもあの動きにくい競技用コートとか、グローブとか……ゲーセン禁止してバイト代を貯めたとて足りるか?
「貸与ので公式戦も出られる。コートもビームなら必須じゃないから、安心しなさい」
 金勘定がすべて顔に出てしまっていたらしく、富士先生に肩をぽんと撫でられた。
 深々と息を吐き出す。
(そりゃあ自分のライフルがあったほうがいいだろうけど、すぐ辞めるかもしれないし?)
 姫宮の左利きカスタマイズライフルは、あまり見ないようにした。
 ――そのせいか。
 射撃練習前にパーカーのポケットから出した家の鍵を、そのまま置き忘れてしまった。
 母さんは買い物に行くって言ってたし、父さんは絶対昼寝してる。締め出しはごめんなので足早に射撃場へ戻る。
(ん?)
 姫宮が飽きもせず射座に立っていた。
 銃身の短い――それこそ警察官が携帯していそうな、ピストルを構えている。
 競技で使うのは、ライフルとピストルの二種類。
 ただしインターハイは「一人一種目まで」って決まりだったような。
 いや、そんなことより。
 的を見据える姫宮の表情が険し過ぎる。処刑とか何とか言ってたけど、あやうくすらあった。
「二刀流なの?」
 たまらず、どうでもいい質問をする。
 死角からの声に集中が弾けたのだろう、モニターに4.7というあり得ない数字が表示された。
 姫宮が左腕を下ろす。邪魔するなとどやされると思った。甘んじて聞こう。
「個人的な目標だ」
 だが意外にも、答えが返ってくる。
「果たせたら射撃をやめてもいい」
「っ!」
 本気か? それでしがらみのないうちの高校に来たのか。でも俺が言うのも何だけど、この男から射撃を取ったら何も残らなさそう……。
 向けられた背中からは感情は読み取れない。
(あ。もしかして、俺が部室で言った「おまえに勝つまでだからな」の意趣返し?)
 ふと閃いて、肩の力が抜ける。そうに違いない。
 だいたい姫宮は「殺したい相手」とか表現が大げさなんだ。
「おまえの好きにしなよ」
 俺もゲームでリベンジするのと、団体戦でとりあえず足を引っ張らないことだけ考えて帰路に就く。
 始動した月野木高射撃部の目標とは別に、姫宮が昏い野望を抱えているとは、このときの俺には知る由もなかった。