Summer Blue ~君が残したシトラスの嘘と約束~



お盆休みのピークも終わり、そらは二日間公休だった。
思う存分寝て、
溜まりにたまった疲れが抜けたのか身体がいつもより軽い。
髪を軽く整えて、鏡をじっと見つめる。

(ほんまに、これで大丈夫かな……)

――休日。
いつもの近所の床屋に行こうとしたら、涼に真顔で全力阻止された。

「それはあかん。どうせ行くなら駅前のサロンにしとけ。
ちょっと金かかってもええやん。初恋かかっとるんやろ?」

涼の言葉で勇気を出して予約した駅前のサロン。
おしゃれな内装に飲み物サービス、やさしい美容師さん。
全部が緊張の連続で、そらは体が強張ったままスタッフに身を委ねた。

仕上がりは前髪とトップは少し長めに残して後ろはすっきり刈り上げ。
センターで分けると、
ぐっと大人っぽく見えるスタイルでまるで別人みたいに垢抜けたような気がした。


「おはようございます……」

控室のドアを開けた瞬間、バイト仲間の視線が一斉にそらに集まる。

「えっ、そら?」

「めっちゃ雰囲気変わってない?イケメンなっとるー」

「おまえ、さてはサロンデビューしたな?」

次々とかけられる言葉に、顔がみるみる赤くなっていく。

「そ、そんなんちゃうし……たまたまやし!」

褒められて嬉しい気持ちはあるけれど、
本当に見てほしいのはたったひとり。
そして、控室の奥。
壁際のパイプ椅子に座っていた啓太朗が、そらを見て立ち上がった。

「……そら。おはよ。いいね、似合ってる」

それだけ言って、頭を軽くポンポンとふたつ。
そしてそのまま控室を出ていった。
ふわっと残るのは、あのシトラスの香り。
優しく触れた手のひらの感触がそらの頭皮にじんわりと熱を染み込ませる。
さっきまで笑っていたのに、目の奥がじんとする。
涙が出そうになる。

——好き。やっぱりどうしようもなく好きだ。
いろんな感情が大渋滞してフリーズする。

「……っっっ、ムリ……!」

そらは膝から力が抜け、思わずその場にへたり込んだ。
頭、ポンポン。——ぽんぽん?

「え? そら?」

「大丈夫?」

心配そうに駆け寄ってくる仲間たちを前に、
そらは「うんこ!」と叫んだ。

「……え?」

「だから! うんこやねん! マジでうんこ!」

そのままダッシュで控室を飛び出し、
トイレに駆け込む。
便座にドスンと座って、
両手で顔を覆いながら耐え切れずに叫んだ。

「ちょ……え? 今の何? マジで何?
え、頭ポンポン? 俺、振られてんねんけど?」

脳内で警報が鳴り響いてる。思考回路がショートしそうだ。

「でもめっちゃ優しかったし、香水の匂いエグいし……
いや乙女ゲームか? 誰がヒロインやねん! いや、俺か!」

(……仕事どころやない……誰か地球止めて……)

そのとき、ポケットのスマホがブルッと震えた。

『そろそろ朝礼始まるよ〜うんこ大丈夫?』

「うわっ!」
スマホで時間を見ると、
そらはアニメのヒロインのように飛び上がった。

「やばいやばいやばい!!」

息を切らして全力で走りながら、彼は心の中で何度も唱えた。

「……俺はゾンビ、俺はゾンビ……
感情はない……ゾンビ……ゾンビ……」