二人で部屋を出ると、夜の空気がひんやりと頬をなでた。
さっきまで熱を帯びていた体に、その冷たさが心地よかった。
歩き出してすぐ、啓太朗が口を開く。
「次会えるのは……夏休みやな、多分。
サンサンパークのバイトの時かな」
「そうっすね。でも……
俺、受験なんで、多分去年みたいには入れないっす」
「ええよ、俺がそらに会いに行く。
勉強の邪魔はせん程度に、今年の夏はたくさん会おや」
横顔のまま、啓太朗が少し笑って続けた。
「まだちょっと昼は難しいけどな。夜、いろんなとこ行こ」
「……はい」
短く返事をしながら、視界が少し滲んだ。
(……楽しみやけど、次会えるのは夏休みか……)
現実味を帯びたその距離が、音もなく心を締め付けて切なくなった。
駅前のロータリーに近づくと、改札口からアナウンスが流れてくる。
スーツ姿の会社員や、買い物袋を提げた人たちが行き交い、
足音と話し声が混ざり合う。
さっきまでの柔らかい時間が、少しずつ現実の喧騒に溶けていく。
「長いっすね……夏休みまで……」
「うん……そやな………」
言葉と一緒に、頭をぽんぽんと撫でられる。
その手の温もりに、目の奥がじわりと熱くなった。
「俺はめっちゃ楽しみにしとるよ。
今年の夏は、きっといつもより楽しいで。
ちゃんといっぱい連絡するからな」
その言葉を胸にしまい込んで、そらは改札を通る。
振り返ると、啓太朗はまだその場に立って、
軽く手を上げて見送ってくれていた。
ホームに降り立つと、胸の奥からぐっと熱いものがこみ上げてくる。
視界が滲みそうになり唇をきゅっと結んで必死に上を向いてこらえた。
そのとき、ポケットの中でスマホが小さく震える。
画面を覗くと、そこには短く、「勉強、頑張れ」の文字。
たったそれだけの言葉なのに押し込めていた感情がほどけ、
涙がぽろりと落ちた。
ホームに響くアナウンスが「まもなく電車が参ります」と告げる。
そらは涙を拭い、深く息を吸った。
そして、もう一度前を向く。
「よし、頑張ろう」
蝉の声が降りそそぐ、夏真っ盛りの午後。
そらが控室の扉を開けると、
こもった熱気と、汗と制汗剤の匂いが押し寄せてきた。
中では、いつものメンバーがそろっていて、
Tシャツの裾をつまんで汗ばんだ肌に風を送っている。
笑い声や雑談が重なり合って、
控室はまるで夏そのものを閉じ込めたみたいにざわめいていた。
そのにぎやかな室内の中に、また扉を開ける音が響いた。
「久しぶり」
その一言が、喧騒よりもまっすぐにそらの耳に届く。
その声は、前より少し近くて、柔らかい。
駅のホームでこぼれた涙も、
夜の帰り道にのみ込んだ寂しさも、
全部、啓太朗の笑顔で報われた気がした。
啓太朗がゆっくり近づいてきて、そっと頭を撫でた。
「会いたかった」
――声にならない言葉が、その手から伝わるようで。
そらの胸の奥がふわふわとあたたかくなり、思わず笑みがこぼれる。
今年の夏は、去年よりずっと特別になる。
きっとまた、忘れられない夏になる――。
fin……



