Summer Blue ~君が残したシトラスの嘘と約束~



六月二日。
朝からスマホに届いた啓太朗のLIMEを何度読み返す。

『十時半の新幹線乗ったよ。
そっちつくの十三時半ぐらい。そらはオープンキャンパス楽しんで』

たったそれだけの文なのに、気持ちが宙に浮いたまま戻ってこない。

そらはすでにオープンキャンパスの真っ最中
。説明会の会場は思った以上に広く、人の熱気であふれていた。
真剣に話を聞く学生や、案内してくれる先輩たちの笑顔を見ていると、
自然と自分もこの場所に立っている未来が想像できる。

(ええな……。ここに行きたい。しかも、啓太朗さんの会社からも近いし――)

ふと頬が緩んだ瞬間、自分でハッとして首を振る。
いやいや、俺はちゃんと勉強しに来とるんや。
不純な理由ちゃうし……と言い聞かせた。
説明もひと通り聞き終え、校内を一周回ったところで、
そらは駅に向かうことにした。

新大阪駅、新幹線の中央口。
到着したのは、待ち合わせの三十分前。
大きな案内板の下、行き交う人波の中でそらは改札の前に立った。
胸の鼓動は、時間が近づくたびに速くなる。
ただ待つだけのに、体のどこかがずっと落ち着かない。
スマホの画面に浮かぶ「十三時半ぐらい」と書かれたメッセージを見るたび、
胸の奥がぎゅっと縮こまる。
ふと、ショーウィンドウに映った自分の顔が、
やたらニヤけているのに気づいて慌てて口を結んだ。

(――やばい、完全に挙動不審やん、俺……)

心臓はさっきからずっと、
待ち合わせの瞬間を見越して準備運動してるみたいに暴れっぱなしだった。
そして、スマホが震えた。
画面には、『もうすぐ着く』と、たった一行。

「やばい……会える!」

思わずスマホを掲げて、叫んだ。
すると隣にいたサラリーマンがちらりとこちらを見た。
無言のまま冷たい視線を浴びせられて、そらはハッと我に返る。

「……あ、すみません」

誰にともなく小声でつぶやき、
慌てて姿勢を正す。
でも、胸の中の高鳴りだけは、どうしたっておさまらなかった。
スマホを握りしめ、視線は時計と改札口の奥を行ったり来たり。

あと何秒で会えるんやろ――。
そう考えるたび足先までそわそわしてしまう。
そして、ふっと顔を上げたそらの視界にあの笑顔が飛び込んできた。

「啓太朗さん!」

考えるより先に、体が動いた。人の流れをすり抜けて、
一直線に駆け寄る。
そして、勢いのまま思いっきり抱きついた。
胸の奥に溜まっていた会いたい気持ちが一瞬で溢れ出す。

「そら、三週間ぶり。元気やった?」

「はい。……めちゃくちゃ、めちゃくちゃ元気っす」

顔を上げて笑うと、啓太朗の目尻もやわらかく緩んだ。

「よかった。そら、どっか行きたいとこある?」

「あっ……」

聞かれて、口を開いたものの言葉が出ない。
会いたい、触れたい、声を聞きたい――。
その気持ちばかりが先に出てきて、頭の中が真っ白になる。

「俺……会えることで浮かれてて、
どこ行きたいとか全然考えてなかった……」

 自分で言って、ちょっと焦る。

「そうやと思ったわ。俺、適当に調べといたから、そこでええ?」

「もちろんです! お腹空いてますよね?」

「うん。なんか、近くで自分でたこ焼き作って食べれるとこがあるらしいねん。
そこ、行かへん?」
「えっ、めっちゃ面白そうっすね! 行きましょ!」

 店に入ると、鉄板を囲んだテーブル席に案内された。
丸い鉄板の穴に生地を流し込み、
具材を入れて、竹串でくるくる回す。
焼ける匂いと立ち上る湯気。
うまくできたときは「見てください、完璧ちゃいます?」と自慢し、
形が崩れれば「うわ、やらかした!」と笑い合った。
熱々を頬張って口の中でソースと生地の香りが広がるたび、
自然と笑顔がこぼれる。

「じゃあ次は……景色がきれいに見える展望台、行こか」

 電車とエレベーターを乗り継ぎ、
展望台に上がると、足元から街の景色が一望できた。
ビルの群れの間を縫うように川が流れ、遠くまで広がる青い空と白い雲。
太陽の光に照らされた街は初めて見る色できらめいていた。
その眩しさがふたりの未来と重なり輝いて見えた。

「……なんか新鮮やな」

 啓太朗が窓の外を見ながら呟く。

「ですね。夜景しか見たことなかったけど……昼もいいっすね」

 そらも、目の前に広がる景色に見入る。
しばらく、二人は無言のまま景色を眺めていた。

「……そら、今日は帰らなあかんやろ」

「え……?」

「今のうちにちゃんと電車の時間、
決めとこ。高校生やしな。親御さん心配するし」

 そらは、明るいうちから数時間先の別れの話をされ、軽く凹んだ。

「そもそも、そら……あと残り時間、分かってる?」

「……え?」

「今日の目的、分かってる?」